2010年9月1日
イタリアンカラーの冷製パスタ。材料切るだけ&混ぜるだけ。ローマの夜の思い出の味が簡単に再現できましたよ♪
・・・・
電子コミック『旅くらげゆらゆら』(講談社)を読んでくださった方はご存知だと思うんだけど、ラッフェーラというイタリア人の女友だちがいるのです。
会うたびに嵐を巻き起こしては去ってゆく、ちょっとトホホだけど愛すべき友。
彼女は私のことを「神様」と呼ぶ。
そのゆえんを、ちょっと聞いてやってください。
・・・・
出会ったのは5年前。新宿西口のマクドナルドのトイレ前にて、

彼女はいつまでたっても開かぬドアの前で、

限界を迎えていた・・・
・・・
で、すぐさま別のトイレへ連れて行ってあげて間一髪、窮地を脱したというわけです。
「おお、おかげで助かりました。あなたは神様に違いありません」
「苦しゅうない、近こう寄れ」
というわけね。めでたし、めでたし。
・・・
ラッフェーラはローマから来たファッション・ジャーナリスト。九州での取材を終えて、帰国前に東京見物しようと思ったのに、言葉や土地勘がちんぷんかんぷんで困っていたんだそうな。
それはまさに、時おり外国で途方に暮れる私の姿。
だからトイレを出たあとも何かと世話を焼き、私の神様としての地位が確立されたのでした。
・・・
そのラッフェーラから、こんなメールが届いたのがその翌春のこと。
「神さま~~~♪ この夏、姉といっしょに日本へ行くことにしました。今度は仕事じゃなくてプライベートで。もちろん神様に会うために決まってるでしょっ。
ついては《①安くて②快適で③交通の便が良いホテル》に泊まりたいんで、よろしくね。
1億万回のキッスと世界最大級の愛をこめて、迷える子羊ラッフェーラより」
・・・
・・・・・そんな都合のいいホテル、このメガロポリス東京にあるわけないやろが!
しかし、↑そう心でツッコミながらも、けっきょく神様はあの手この手で奇跡的なホテルを準備してあげたのでした。ぱちぱち。
(でもそれは、ほんの序章にすぎなかったのですがね)
・・・
日本へ再上陸したラッフェーラ(中央)とお姉ちゃんのマリアピア、翻弄されまくる神さまの図。
・・・
「神様、ユカタを着てみたい」
浴衣はフリーサイズだから大丈夫と思いきや、姉妹の豊満ボディにフィットする市販品はないと判明。そこで神様は・・・
ご近所のミシン魔術師に泣きついて、二部式浴衣(上衣+巻きスカートの2パーツ)を作ってもらってあげました。
狂喜乱舞で試着するラッフェーラ姉妹
マジックテープつきで巻くだけのワンタッチ帯も。市販の作り帯よりお洒落ざましょ。
日本人としての誇りをかけた神様の執念の賜物。
・・・
「神様、これを着て京都を歩いてみたい」
京都生まれの優秀ガイド(漫画家のグレゴリ青山夫妻)を依頼して、付き添ってあげました。
送り火(大文字焼き)に姉妹大喜び。
・・・
「神様、ゲイシャになりたい」

願いを叶えてあげました。
・・・
「神様、それからね、神様・・・・・」
そして夏は終わらない。
・・・・・・・・
愛知県犬山市の鵜飼い見物の屋形船にも。お金を払ったのは神様の姑舅。

船上にて、ローマのママから携帯に電話が。「日本の皇室のお妃様がさっき男の子を出産したんだってねえ!」とママ。えーっと沸く船上。奇しくもローマ経由で悠仁親王さまの誕生を知りました。
・・・
帰国前夜。ラッフェーラは言いました。
「神様、本当にありがとう。神様のおかげで私たち幸せだった」
ぐったり微笑むワタシ。ははは…そりゃよかった。ご満足頂けまひたか~?
「ええ。ところでね、神様」。
続けるラッフェーラ。
「百貨店のトイレの壁に設置されてるザーッて水の音がする機械、あれがほしいんだけど」
は。それはもしかして小用の音を水流の音でごまかす《TOTO音姫(オトヒメ)》のことかいな? 欧米の人は自然現象の音はあんまり気にしないもんだと思ってたんだけど・・・。
「とんでもない!お客さんが来てるときなんか、みーんな気兼ねしながらショボショボ用を足してるんだから」
へえー。ならばなぜ普及しないんだろう?(TOTOさん、どうなんですかねそのあたり)
「それがね、神様。買おうと思ったんだけど、ヨドバシカメラでは今在庫切れって言われちゃって。でも私たちもう明日ローマへ帰らなくちゃいけないし・・・」
・・・・・・・・・
・・・
時は過ぎ、2年後の5月。神様は成田発イタリア行きの機中におりました。
向かう先はローマ。
なぜか。
それはずばり。ラッフェーラから借金を取り立てるためであった。

・・・

ローマのフィウミチーノ空港にて神様(借金取り)を歓迎するラッフェーラ姉妹。「コンニチハ YUKO ヒサシブリ」の歓迎ボードが泣かせる。
・・・
はい。要するにあののち姉妹はTOTO音姫をゲットして、「音を気にせず思いっきり小用」な暮らしを手に入れたのです。
ヨドバシカメラで手配して、海を隔てて尽力した神様のおかげで。
そのお金を神様が立て替えてあげてたわけなんですよ。
TOTO音姫、代金12000円なり。
ラッフェーラはもちろん払う気満々で、「インターネット上でお金のやり取りができるPay-pal(ペイパル)という安全なシステムで払うから、神さまの名前と口座を登録して」とせっついてきたんだけれど、
開いてみたペイパルの画面が…
↑だったもんで、

つい放置してしまって。
だから直接取り立てに行ってあげたってわけなんですよ~~~(もちろんそれだけが目的の旅じゃなかったんだけど、わざわざローマ経由のアリタリア航空を使ったのはそのため。あほか私は・・・)。
・・・

姉妹は歓迎サービスの一環として、「神様のためのドライブ・ツアー」を計画してくれておりました。

お姉ちゃんのマリアピアの運転で、夜のローマをぐるりひとめぐり。

暗闇に浮かび上がるコロッセオ。静まり返ったバチカン市国。
カーラジオからDJが飛ばす、ローマ方言の冗談。
「あれが私のクライアントの出版社、おばあちゃんが眠ってるのはこの巨大墓地。でね、あの窓がマリアピアが半年前に別れた元彼の部屋…」
2000年前からこの夜のために準備されていた、ローマの道をかっ飛ばす。
楽しかったなあ。
・・・
説明が長くなりましたが、今回の主題は、

その夜にラッフェーラが自宅で作ってくれた冷製パスタ、という話なんですよ。

イタリア人は冷製パスタなんか邪道って言うと思ってたよ。「ひと昔前まではね。今はぜーんぜん。むしろ流行ってるかな、今のローマでは」
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ローマの夜の冷製パスタ レシピ/材料↓
パスタ
ツナ缶(軽く油を切る)
生クリーム(お好みの量。四人分で50ccくらい。私は100cc入れてちょっと多かった)
トマトざく切り
モッツァレラチーズ(適当にスライス)
バジルの葉(または塩漬けオリーブ)
・・・

① パスタを茹でる。ラッフェーラが使ったのはちょうちょ型のファルファッレ。私はふつうの長いのを使いました。

② ゆであがったら、氷水にさらしてざるで水切り。オイルやバターは不要(このあとツナ缶をまぜるので)。

③ 具をすべて混ぜ、塩コショウで味をととのえて、できあがり。
・・・
ラッフェーラはオリーブのスライスを具に使っていたけれど、私が作った日の客人にオリーブ嫌いな子どもがいたためバジルを使いました。
混ぜるだけでパパッとできるので、ランチやブランチに最適。スパゲッティサラダよりもお洒落でイタリアンっぽいから、パーティーの一品としてもよさそうですね。ツナ缶でなくアンチョビを使えばより大人のテイストに。ぜひお試しあれ。
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泊めてもらった姉妹のフラット。さすがはイタリア、インテリアがお洒落ねえと誉めたら、「全部イケアよイケア。スウェーデンづくし。世界はもはやイケアに征服されてるのよ」・・・ちょっとがっかり。

別棟に住むママ。おたくの娘さんたち、だいぶ世話させてもらいましたでー。

こんなバスルームが二つもある。そのうちのひとつが・・・↓

見学者も来るほど好評というパーフェクト・トイレ。すべて日本での収穫物(③も含む)。
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結局これに負けるんです。ヤツのこの笑顔に。
マンマミーア(なんてこった)!
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以上、トマトおじさんの宿題によって蘇った、思い出のトマト味3つでした。
宿題、完了っ!
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25年前に初めて訪れたローマのリストランテにて、一人で昼食中の激シブ紳士。これぞ伊達男って感じでしょう。

厨房のおじさん。イタリアでは茹であがったパスタを一本天井に放り投げ、貼りついたらアルデンテという風に判断すると聞きましたが。「ほっほっほ、俺はやんないよ、そんなこと」
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2010年8月29日
フライパンで焼くひと口大のトルコ風ケバブもどき/名付けて「トン(豚)でイスタンブ~ル♪」。超簡単でうまい! レシピは下のほうに記載。
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トマトといえば思いつくのは、さて みなさんはどの国でしょう?
私にとっては、もう断然トルコなのです。
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老舗食堂。トマト使ってないもの探すほうが難しい?

イスタンブールの家庭でおっちゃんの手料理をごちそうになったときも、生でも焼きでもトマトざくざく。


市場の彩り・つけあわせにも、トマトの赤。
とにかくトルコではトマトがなければ始まらないのです。トマト嫌いにとっては地獄とも言えますな。
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で、トマト宿題に取り組むにあたって思いついたのが冒頭の料理で、その発想の元となったのがトルコ名物のこれ↓、という話なのですよ。

ドネル・ケバブ。日本でも屋台なんかで見かけますね。ドネル=回す、ケバブ=焼く、が語源。ぐるぐる回しながらグリルして、剣みたいな包丁で切り落とす。どどーんとでっかい肉のかたまりは薄切り肉を重ねて作るんですよ。間にはさみこむスパイスや脂身の配合が、それぞれの店の腕の見せ所なのです。

これをサンドイッチなんかにするんですね。我が娘に「日本以外の国に住まなきゃならないとしたらどの国?」と質問したとき「トルコ。ドネルケバブのサンドイッチがあるから」と言わしめた。
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そして、時々見かけるのが、てっぺんにトマトを突き刺したもの↓
そう! ここからヒントを得た「えせドネルケバブ」をフライパンで作っちゃったってわけなんですよ♪
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さっそくレシピをご紹介。 準備するのはトマト・豚肉・玉ねぎ・にんにくのみ。
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① 豚切り落とし+玉ねぎのみじん切り+塩コショウ→まぜまぜ
※よりトルコっぽくしたい場合は肉の味付けにクミンやオールスパイスを混ぜ込むといいでしょう。

② 熱して油をひいたフライパンに、指先でひとつかみぶんの豚肉を、こんもり小山を盛るように配していく。最初はちょっと強火で底面がカリッとしたところで中火に。

③ 輪切りトマトをてっぺんに乗せて、にんにくのスライスをパッと適当に散らして、フライパンにふたをして蒸し焼き。
水分はトマトのじゅわじゅわ汁だけで充分で、これが肉をやわらかーくし、旨みを引き出すという寸法です。
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わが家では仕上げにブラックペッパーとスダチの絞り汁をピピッとかけました。
簡単でおいしくて、今年開発したレシピではいちばんの大ヒット。家族から「また作って」のリクエスト殺到中なのです。
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トルコの人たちからは大ブーイングでしょうけどなあ。でもまあ大目に見てもらいたい。私イスラム教徒じゃないし。でもネーミングは悪乗りがちょっとすぎてるとは思います。
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じつはこれを思いついた日、スーパーでひと口カツ用の厚切りの肉が特売になっていたので手を出そうとしたら、娘から大抗議されたんですよ。

「えー。トマトと肉っていう組み合わせなら何でもいいやん」と言ったら、「だめっ!重ねた薄切り肉の層の間にうまみがじゅわじゅわ~~っていうのがドネルケバブなんだから!」ですと。
で、結論から言えばこの娘の言い分が大正解だったのです。たとえボーナスや宝くじが当選したあとでも、リーズナブルな切り落とし肉をお使いください。
見た目も華やかだし、子どもにも大人にもウケるし、お手ごろな切り落とし肉をごちそうに変身させるパーティーメニューとしてもおすすめです。ぜひ作ってみて下さいね。
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同じ発想で作った合い挽き肉のハンバーグもうまかったですよお。フライパンで表面を軽く焼いたハンバーグを、テフロンの鍋に移してトマトをどっさりのせて蒸し焼きに。トマトソースを作らなくても、うまみたっぷり。
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『旅行人』編集長の蔵前仁一氏がかつて「泣かせる街だぜ」と表現したイスタンブール。ちなみに庄野真代さんが1978年の大ヒット曲『飛んでイスタンブール』を現地路上で歌ったとき、この曲だけはウケなかったそうな。なお、歌詞に「光る砂漠でロール・・・」とありますがイスタンブールに砂漠はないんですのよ。

イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側を結ぶ、ボスポラス海峡のこのフェリーは、現在日本の企業が掘っている海中トンネルが完成したら姿を消す。かわりゆくトルコ、街角のぐるぐるドネルだけは消えないでっ。

実は私がトルコで最も感動したのは、パンのおいしさ。ずばり、トルコのパンが世界一おいしいと思う。小麦の自給率が100%(日本は14%)で常に新鮮な小麦が使用されていること、「クオリティと安価を保つ義務」が政府からパン屋さんに課せられていることが、おいしさの根拠らしい。トルコ国民は安くておいしいパンが国によって保障されてるんですね。

意外にもパンがまずかったのがスイス。スイス在住の学者さんの話によると、「食品自給率が低い=自己防衛能力が低い、ということで、スイス政府は危機に備えて小麦をたくさん備蓄してるんです。スイスのパンがまずいのは、備蓄した古い小麦から消費するから」なんですって~! 永世中立国の国防が、パンの味と結びついてるとはねえ。
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2010年8月27日
きらきらきらっ。夏の太陽をたっぷり吸いこんだ熟れ熟れトマトなり~!
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おほほほほ。おいしそうでしょう~♪ どっさりいただいたんです。完熟トマト。
並みのトマトとはちょっと違うんですよ。なんせトマトを知り尽くした専門家のおじさまから頂戴したのでね。裏ルートで。
業務用・加工向けに改良された品種らしくて、味も甘みより酸味が勝つと。ふだん買うトマトとは姿も違って、実も比較的ぎっちり詰まってる。
「通常の流通には乗せられない、100パーセント完熟させきったものだよ」
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ほくほく喜ぶばかりの私に、トマトおじさんは二つの課題を突きつけたのだった。
① 早く食べること。完熟ものだから。
② どのように調理して食べたか、事後報告すること。
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うへえ。①はともかく、②はけっこうプレッシャーではありませんの。
「森さんの手にかかったらどうなるか楽しみだな。お手並み拝見だね」
トマトおじさんはうししと笑って新宿の雑踏へ消えていったのであります。 むむむ。むむむむむ。
↑こんなの生のまんま食べるのがうまいに決まってるやん~~!
と心の中で叫ぶも、挑まれたからには応えぬわけにはいかんじゃろうて。
というわけで私なりに思考錯誤した「こうやって食べました」を、ここで数回に分けて報告させてもらうのです。
・・・
加熱調理に向く品種といっても、さすがにグダグダに煮込むのはもったいないと思いまして。
そこでまず思い出したのが、イギリス南部のNorwichという町に住む友人・白雪姫(日本人)の家で食べさせてもらった、典型的なイングリッシュ・ブレックファースト(英国式朝食)でした。
みなさまもご承知の通り、英国といえば朝食なのです。
ソーセージやベーコンなどの肉製品に、あたたかい卵料理、パンやマフィンにはたっぷりのジャムを添えるのが基本(いわゆる大陸式コンチネンタル・ブレックファーストは温かい料理がつかない)。白雪姫の朝ごはんには、フライド・トマトも加わっていたのです。
朝食はどちらかといえば簡単に済ませる国や民族が多い中、ボリュームのある温かい料理を時間をかけて楽しむのが独特の英国流。ビクトリア王朝時代に富裕貴族が好きなだけ寝てゆっくり起きてきてから召し使いが作った料理をのんびり食べた・・・といったところから始まった流れだそうな。

食の専門家に今なお読み次がれている『世界の料理』のイギリス料理編(タイムライフ刊/エイドリアン・ベイリー著)の、ほぼ冒頭にこんなページがあります。「日に3度食べたい朝食」って。へへ。やっぱりイギリスにはそれしかないってことかいなと、ついいぢわる言いたくなっちゃう。

調理中の白雪姫。自宅で日本料理教室を開く腕前。
トマトはソーセージとマッシュルームに8分め火が通ったところで投入。卵は別のフライパンで調理。トマトの酸味と肉汁がまざりあって・・・ひ~たまらん。
・・・・・・・・
ここで少し、友人の白雪姫について解説させてもらいましょう。
白雪姫は、私の高校時代のクラスメイト。雪のように肌が白く、しかもお姫様並みのお嬢さま育ちだから白雪姫なのです。
学生時代からイギリスびいきで、どうやら中一のころから英語がペラペラだったらしいのだけれど、これがねっちねちの英王室英語=クイーンズ・イングリッシュで。アメリカ人教師(米・オレゴン州出身)による英語の授業でも、もう嫌味なくらいにクイーンズ・イングリッシュを貫いた、いやーな生徒でねえ。

成績抜群だからかえって癖が悪い↑
わが道を行くっぷりは超一級。たとえばこういう↓質問をしても

返ってくるのが

凡人にはちーっとも参考にならん回答だったりして、要するに変人なんだけど―――なぜだかどっぷり四半世紀ものおつきあいが続いておるんですねー。
ディスコ、大阪のガイジン社会、嘉門達夫、大相撲・・・あらゆる感化を彼女から受けたもんだ。
・・・
そんな彼女が高校時代からつきあっていたリチャードという英国人と数年前に結婚して、現在暮らしているのが英国南部のNorwich。二年前、欧州旅行の最後にちょっくら足を伸ばして行ってきたのです。
とうぜん私も高校時代からの顔見知りで「すけべりっちゃん」と呼んでいるリチャードと、ダルメシアンのクリスピン(クリぼっちゃん)が白雪姫の家族。高級住宅街の典型的な英国式邸宅(日本庭園つき)で、姫は日本語教室や日本料理教室を開催。(日本人の語学留学・ホームステイも受け入れています。詳細知りたい方は森までご連絡ください)
で、もはやネイティブ英国人よりよっぽど英国人らしい姫による英国式朝食をいただいたわけですが・・・実はこれが、私にとってはじつに思い出深い朝食なったんですよね。
なぜなら・・・前夜にこんな↓ことがあったからだっ。

二週間のハードな旅の末にはるばる辿り着いたら、テーブルに味噌汁・だし巻き卵・サバの塩焼き・ほかほか炊きたてコシヒカリ・漬物など素晴らしい和定食が準備されていた・・・のだ・・・が、

うわあ、メインディッシュが~~!!!
泣く泣く訴えたものの、

返ってきた言葉は↓

(みなさん。ペットの過剰な溺愛は第三者に大きな被害をもたらします。ご注意ください)
・・・
それだけに、
ヤツ(過保護クリぼん)から死守した朝食は、
フライド・トマトの酸味と緊張感の相乗効果でひときわうまかったという話なんです、よっ。
・・・・・・
ロイヤル英語と泉州弁のバイリンガルである宿敵クリぼんは「なんでお前にひっぱられなあかんねや」と不満顔。
再現した白雪姫ブレックファースト。ベーコンとマッシュルームにトマトの酸味と卵黄のとろ~りが混ざって激うま。加熱するならフルーティーなものより酸味の強いトマトのほうがいいと確信。
とうぜん生でもいただきました。皮がしっかり厚めで「これぞ元祖トマト」な懐かしい味。きっと最近のトマトはずいぶん甘みが増したんだなあ。
食パンにトマト+チーズをのせてトースト、が女子中学生のお気に入り。
そういえば「おやつ代わりにトマトに砂糖をかけて食べた」って人、いますか? 北海道育ちの知人は「うちだけの変な習慣と思ってた」って言うんだけど、私の大阪の実家でもたまに父がやっていたのよね、昔むかーし。
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2010年8月23日
じゃかじゃーん。
長年愛用した10インチ君が息を引き取ってからテレビのない日々を過ごしていた我が家に、助っ人が現れました!
「いよいよ買ったのか!」と言えば・・・のんのんの~~ん。
近所の電気屋さんが「納得のゆくテレビが見つかるまでどうぞ使ってください」と、10インチのブラウン管テレビを譲ってくださったのです~~。
・・・
それがなんと、故・愛器と同じ型のSONY10インチ。後継機の弟ぶんだあ(二年若い1996年製)!
「うちの店で、テレビが故障したお客様への代替機として使ってるものなんです。でも今はほとんど出番がありませんし、よかったらどうぞ」
あああ。
あああああ。
本当にありがとう、ありがとう。
・・・・・・
「あとのことは頼んだぞ・・・弟よ・・・」「おう、兄貴」
長年の定位置から退いた10インチ君。おつかれさんやったねー。
・・・・・・
テレビのない日々は静かで、それなりに快適ではありました。
しかしね。やはりですね。
新聞とラジオと電車の中の吊広告だけがニュースソースという日々は、紀子さまのご実家みたいに「能動的にテレビを持たない・見ない」という信念でもない限り厳しいものがあるなあ・・・と実感したのです。
べつに「テレビが見られないとイライラする」ってほどではないんだけれど、ふとした瞬間に「ありゃ、ワタシなんかちょっと社会とズレてる?」って感じるような。うっすら隔絶感みたいなものがあるというか。
朝夕にしかつけないテレビからでも、やっぱり日々なんだかんだと情報やら感化やらを受けているものなんでしょうなあ。
・・・・・・
それにしても、現代っ子の中二娘がテレビなし生活中に不満不満を一度もこぼさなかったことには、ちょっと「へえー」だった。
大好きな嵐が登場する『ひみつの嵐ちゃん』や、首を長くして放映を待っていた松潤主演のドラマ『夏の恋は虹色に輝く』が見られなくても、「中途半端なテレビを妥協して買うくらいなら」ってね。
・・・
さすがに8日目ぐらいに、

って、いきなりノートパソコンでDVDを見始めたのには笑っちゃったけど。

うちにあるDVDソフトはインド映画がほとんどだから、ソフトボールの部活から帰ったら→インド映画→夏休みの宿題にいそしむ→夕飯の味噌汁をすすりながらインド映画、って感じですごした女子中学生の夏(^^;)。

うちにある数少ない日本のDVDソフトはこんな感じです。わかる人にはわかるね。わからん人にはまったくわからんね。
・・・
そんなわけで、わが家にテレビのある生活が戻ってきたのです。
助っ人君に電源が入った瞬間。「おおーっ」「社会とつながった!」「文明だ!」「まばゆいー!」
・・・
↑このときに感じたこと。
かつてはあたりまえに眺めてたテレビが、久々に目にすると妙にけばけばしくエネルギーが強すぎるように感じられ、また、こう言っちゃナンだけど「こんなの放送する意味あんの? 日本はこれでいいの?」って気分になった(その時たまたま映ったバラエティ番組が特にうるさかったせいでもあるけど・・・)。
それがテレビなし生活から数週間ぶりに復帰した瞬間の、率直な感想でした。
晴れて『ゲゲゲの女房』も『おはよう日本』も『ひみつの嵐ちゃん』も見られるようになってバンザーイ。
だけど、以前よりも点ける回数や時間が減り、見たい番組が終わったらさっさと消すようにはなったですよ。
・・・
この助っ人くんが活躍できるのは、地上アナログ放送が終了する2011年7月24日までだから、あとわずか330日あまり。
それまでにはなんとかしなくちゃという状況に、変わりはないんですが。
・・・
テレビといえば、先日JR名古屋駅で見かけたテレビ愛知の番組PRポスター(『3時のつボッ』)には胸が震えました。だって司会が、つボイノリオ氏なんですってよ。1975年に発売からわずか20日で放送禁止となった名曲『金太の大冒険』の作者&歌手、ラジオの名パーソナリティとして知られるあのつボイ氏によるお茶の間情報番組だって(氏は愛知出身)。こういうテレビ番組はぜひ見たい。録画でも有料でもいいから見たい。
・・・
ブラウン管テレビの後ろ側。すでに懐かしいでしょう。
・・・
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2010年8月20日
関西のおみやげの定番、551蓬莱の豚まん。一個160円。
・・・
551という三桁の数字を言ってみる。
「何それ?」「郵便番号?」「リーバイスのジーンズ?」なんて答えてしまう人は非関西人。
「蓬莱の豚まん」と答えた人は関西人、あるいは博識で立派な方。
・・・
関西人に「肉まん」と言ったら、「えっ? ああ、豚まんのことな」といちいち面倒くさく訂正されるってことはご存知でしょう。とにかく関西人にとっては551といえば豚まん、豚まんと言えば551という話なのです。
というわけで、非関西人の方のために蓬莱の豚まんのイロハをちょっと語らせてもらいまっさ。


ちょっと甘めの、ぼってりした皮。タマネギと豚肉のシンプルな具。
これがなんと一日に14万個売れるそうですよ(@@;)。武道館の観客×14杯分のお客さんがハフハフかぶりついている計算でっせ。どひぇ~。
これこれ、この行列。新大阪の駅ビル内の店は、常にこんな感じ。といっても回転は速い。隣のクッキー屋さんが繁盛してないように見えてしまうのが気の毒(ふつうに売れてるのに)。
JR新大阪の駅には販売所が三箇所あり。作りたてホヤホヤが買えるのは新幹線の中央改札を出て左(東)へ40メートルほど進んだところにある店舗(ほかはたしかお土産用のチルド販売が中心)。
551の数字の由来は、創業者が「味もサービスもここ(55)がいちばん(1)、を目指そう」と店名につけたのが始まりとか。そもそもはカレーライス屋で、豚まんの誕生は創業翌年の昭和21年。
1個160円、4個640円、10個1600円と、たくさん買っても割引にはならないところがかえってわかりやすくて気持ちいい。シュウマイや餃子も売られてるけど、「シュウマイも必ず買う」という声は聞いたことなし。
その場で手作り→販売が基本。厨房のお兄ちゃんの手は一瞬たりとも休みまへん。
蓬莱の豚まんの隠れた魅力は、どっさりつけてくれる辛子の小袋。
手づかみで↓

っと入れてくれる。「辛子はいくつおつけしますか?」みたいなケチな会話はなし。
たとえば20個買ったある時は・・・
数えてみたら27個だった。
たのめばおてふき(ウェットティッシュ)もつけてくれる。「おてふきもらえますか?」で、これまたガサッとひとつかみで・・・
このときは9袋。豪快ですねん。
・・・
とーぜん我々も帰省のたびにゲット。姉が東京へ出張に来るときも、わざわざリクエストしなくても「これがおつとめ」とばかりに買ってきてくれます。
ただしねえ。蓬莱の豚まんにはひとつだけ困った要素があるんですわ。
それは―――におい。
できたてのほっかほかは「わて豚まんですねん」というにおいを放散するのです。

関西のローカル沿線の車内ではもはや当たり前のにおいで、車内の空気は「551含有率」が高いから、べつに問題ない。
しかしこれが新幹線車内となると・・・窓も開かず、扉も数十分おきにしか開閉しない半密閉空間で「わて豚まん、わて豚まん」と自己主張する生温かいにおいは、博多や広島からの乗客にとっては半ば暴力みたいなところがあり。
それゆえチルドという商品が開発されたのだとは思います。
が、しかし、「たとえ冷めても自分で温めるより店で加熱されたものがいちばんうまい」という信条を抱く我々は、なんだかんだいってチルドには手を出さないのであります。
同じ信条を持つ姉の東京行きには、だから下記のアイテムが必須となるのです。
① ブランドの紙袋
ずばり、目くらまし用。豚まんが入ってるとは想像しがたい「いかにも高級おブランド」であることが重要。
② 45ℓのペール用ポリ袋
豚まんの箱ごとくるんで、口をしっかり結ぶ。
・・・
これによって、「豚まんなんか持ち込みやがって」な視線はある程度回避できると姉は申します。
それでもやっぱり近くの席のお客さんには「誰かが豚まんを持っている」と気づかれる程度のにおいは漏れてしまうらしく、それゆえ姉は・・・
↑このような作戦で状況を撹乱し、東京までの2時間半を乗り切るんだそうな。
姑息な手段と思う方もあるかもしれんけど、私に言わせれば姉なりの処世術。エチケットをわきまえた模範的な大阪人やと誇りに思いますね。
・・・
蓬莱のホームページには、おいしい温め方や、豚まんをアレンジしたレシピなんかも紹介されています。http://www.551horai.co.jp/
カレーライスにもソースをかける父親世代はソースをつけて食べることが多いですが、私は辛子をべっとり表面にぬりたくってあとは何もつけない派。人によってけっこう違うんですよ、好みの食べ方が。
ここで、森家流に編み出した「蓬莱の豚まんのおいしい食べ方」をご紹介。
冷凍したものは蒸し器で蒸すのがいちばんうまいに決まってるけど、面倒ですやん。ふつうはラップして電子レンジでチンしますやん。
●電子レンジでの解凍方、うちの場合はこう↓

注:びしょびしょにしたらあかん。あくまでもサッが鉄則。冷凍のさいに巻きつけたラップははずす。耐熱容器で軽くふたをして、蒸気を逃すぐらいがちょうどいいと思う。
●食べごろを逸して冷蔵庫でパサついた場合↓
中高時代は、お弁当にもこれ↑が一品のおかずとしてよく入ってたもんです。
・・・・ ・・・
個人的は「何も足さない。何も引かない。温かいうちに食べるか、冷めたら冷めたで常温で食べるのがいちばん」やと思っておるのですよ。
でもまあ、中には・・・

↑こんな変人もおりますけどな。
・・・
大阪へお出かけの際は、ぜひお求めを。あるいは買ってきてもらいましょう。
通販もあるけどね。個人的にはやはり、新幹線でコソコソ運ぶプロセスがあればこそのおいしさや、という気がしますねん。
・・・・
蓬莱のアイスキャンデーの「あずき」は超名作。井村屋のあずきもうまいけど、ごめん、私の中では蓬莱の勝ち。最近「あたり付き」になった。今当たればキティちゃん蓬莱バージョンストラップがもらえるんやて。ふーん。キティちゃんね。
・・・
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2010年8月18日
関西の夏といえばこれでしょう。甲子園球場のかちわり氷。最近のはもう金魚すくいの袋みたいなきんちゃく型じゃなく袋にパックされております。頭を冷やすも水を飲むも、確かにこのほうが使い勝手がいいよね。情緒はちょっと↓だけどね。
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みなさ~ん、お盆はどないしてはりましたか~?
私はいわゆる帰省組として、大阪・京都・名古屋をどわどわ―――っと廻ってきましたよ。
そーそー、そーですねん。関西育ちの私にとっては、まさにどんぴしゃの「ソウル・フード食文化圏」。堪能した「むっちゃ美味~!!」な数々を、ちょっと自慢させたって下さい。
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『一芳亭(いっぽうてい)』のしゅうまい
新大阪駅に着いたら→父の車で→大阪・ミナミ→船場センタービルへ直行、が定番コース。
『一芳亭』のしゅうまいのために決まってまんがなー!
5個310円。ほんのり黄色い、薄焼き玉子の皮が特長。エビ+豚肉+タマネギが具。絶妙、撃沈。こっ、これや~!
しゅうまい定食/750円。八宝菜定食とか、えび天定食とか、どの定食にも必ずしゅうまい5個がつきますねん~~♪
断言。一芳亭のしゅうまいは世界一うまい。香港で食べたぷりぷりのエビしゅうまいも上海で食べた蟹ミソしゅうまいもおいしかったけど、これはもはや「一芳亭のしゅうまい」という別格の1カテゴリーを築いております。
創業昭和8年(1933年)からの名物メニューってことは、父と同い年ってことか。若い頃から食べている父曰く「昔に比べてひとまわり小さくなったよーに思うけど、味は変わらへんわ」。
個性があるのに飽きない。ただうまい。そんな一芳亭のしゅうまいみたいな人間に、私はなりたい。

持ち帰り用15個950円、20個1270円。クール便での通販もあり。
難波・船場『一芳亭』↓
http://www.ippoutei.com/index.html
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京都祇園・円山公園『いもぼう』
約300年、元禄・享保の頃から続いて14代目という「さすがは京都どすなあ」な老舗。
この店の名物といえば、えび芋と棒だらを炊き合わせた、ずばり『いもぼう』。
甘辛いけどあっさりってところがいかにも京都どすなあ~。
棒だらといえば、母がおせち料理を作るたびに「棒だらは砂糖喰いの時間喰い。砂糖をいくら入れても足れへんし、時間も手間もかかるくせして、やわらかく仕上げるのは至難の業」と嘆いていたものだ。そうそう。母は正月早々家族から「今年ははずれやな」「今年はぼちぼち」なんてジャッジされてたんだった。
その棒だらがほっこりやわらかく、しかもえび芋が煮崩れてないのは驚異的。
とろろの海苔巻きは、ねっとりモノに目がない娘にヒット。さらに祇園豆腐、ゆばなどがつく「花御膳」3150円。

デザートに冷やしぜんざい。515円。生麩が入ってます。
「へえ、おおきに~」本物の京都弁やあ!
「○○風」「○○系」ではない、「ほんまもん」がひしめいているのが京都の素晴らしさ。いもぼうの店内にも、お手洗いに続く通路にいきなりこんな大木が生えていたりして「おおお、さすが京都やー!」。
京都祇園・円山公園「いもぼう」http://www.imobou.net/
・・・・・・
めはり寿司
高菜の浅漬けでびっちりくるんだおにぎり。三重と和歌山にまたがる熊野地方の郷土料理として有名だけど、これは滋賀県の多賀サービスエリアのお弁当コーナーで普通のおにぎりと並んでふっつーの顔で並んでおりました。これはやや小さめですが、もともとはソフトボール大のでっかさゆえにかぶりつくときに大きく目を見ひらいちゃうからとか、目をみはるほどおいしいからというのが名の由来らしい。中のご飯は山椒ちりめんだった。すでにスタンダードかもしれんけど、古来のめはりずしに言わせればニューウェーブやな。
・・・・・
生八ツ橋、あんこなしの皮だけ。
多賀サービスエリアのレジカウンターで、売り切れ寸前の最後の一個をゲット。
こういう味をしみじみうまいと思うようになったのは、40すぎてからですわ。
・・・
飛騨牛。霜降り~っ。
テレビ番組『ひみつの嵐ちゃん』に出ていた野菜たっぷり焼肉(赤坂『やさい村大地』)を義姉夫婦も観ていたらしく、「あれ食べたいよねー」と、スーパーで野菜をしこたま買い込む。サンチュに大葉やエゴマの葉やミョウガやカイワレ大根など、どっさり野菜に霜降り肉をちょっとという感じで巻き込んだら驚くほどすいすい口に入って、いつもの倍は食べてしまったなあ。
大葉は義父母が庭で育てたもの。スーパーで買えば1000円ぶんってほどの大葉をレタス並みの勢いで食べられて、超ハッピー♪
・・・
ひつまぶし~♪
おひつに入ったうなぎのまぶしごはん。
名古屋(愛知)一帯の名物ですが、すでに全国区で有名なのでみなさんご存知でしょう。ふつうのうな丼とは違います。
温かいだし汁と
薬味(わさび・のり・万能ねぎ)がついてくる。
お茶碗によそった一杯目は、そのまんまいただく。
二杯目もそのまんまが正統派らしいが、そのへんはお好み。さっくり、かりかり。
次に、薬味を投じたものを。山椒もたっぷり。
そしていよいよ、だし汁を注いでお茶漬け状態でさらさらさらーっ。うひゃー♪たまらん。
炭火で焼いたうなぎが、大阪や東京のうなぎよりカリカリ香ばしいのが特長。関西ものでないところがちょっと悔しいねんけど(←たはは・・・)、ずばり、この店のひつまぶしは私が世界一好きな食べ物ベスト5に入ります。
かかみ野 蓬しん
岐阜県各務原市那加大東町9-2/電話→0583(82)3931
・・・
あともう一品、大阪のうまいもんと言えば忘れてはならんもんがありますんやけど、それについて語ると長なるんで次回に繰り越させてもらいまっさ。
ほなまた~。
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甲子園の高校野球は去年は私も行ったんだけど、今年はソフトボール部員の中二の娘がじいちゃんにせがんで二人で行ってきました。野球少年好きな娘はもう萌え萌え。生で見る高校球児の投げる球は、はっきりいってすごいです。「かわいいなあ、みんな一生懸命やなあ」なんて言ってる場合とちゃいまっせ。

最近涙もろくなった、と姉。わかるわーと頷く妹。かつての母やおばの傾向に近づいてることを実感して、なんかちょっと嬉しかったりする。
関西に降り立つと、あっちこっち本物の「せんと君」だらけ。「坊主頭にツノなんかはやしよって、気っ色悪い」という父のブツブツ文句もあわせて、「おお、関西へ来たんや~」と妙なところで実感。賛否両論のすえ結局生き残ったせんと君、目ぢからあります。
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2010年8月14日
つかない、つかない、電源を入れても反応しない~~!?
・・・・・・
みなさまに謹んでお知らせいたします。
わが家で16年間がんばってきた10インチのテレビ君がついに息を引きとったことを。
SONY製、正式名称KV-10DS1。ブラウン管。
画面の大きさ、10インチ。享年16歳。
自著『買ってよかったモノ語り』(晶文社)の中でも紹介した、私が惚れこんだ36アイテムのひとつです。読者の方および森家に来たことがある人なら、「ああ、あの小さいテレビ」と思い出して頂けることでしょう。
・・・
我が家でただ一台のテレビだった、10インチ君よ。あなたは、じつに優れたテレビでした。
さすがはSONYと思わせる、凛としたフォルム。
シンプルな操作性。
「俺の仕事は映像を美しく映すことだけ」と徹したあなたは、NHK「おはよう日本」も、映画のDVDも運動会のビデオも、台所から斜めにのぞきこんだ角度からであっても床から寝っ転がって見上げたときも、ひずみも反射もなくクッキリきれいに映し出し、私たちの暮らしに寄り添ってくれましたね。
さすがにもう限界だったよね。16年たつんだもの。
これまで本当にありがとう。お疲れさま。
・・・

↑何度このように言われたことか。
・・・
10インチ君に異変が現れ始めたのは、嵐の相葉雅紀さん主演のドラマ『マイガール』が放映されていた時だから、たしか去年の10月ごろ。
相葉ちゃんの着ていたニットが、
紫~ピンクのグラデーションに見えた時―――今思えばあれが前兆だったのね。
次週も、そのまた次週も、やっぱり相葉ちゃんが紫~ピンクのグラデーションのニットを着ているのは「相葉ちゃんは貧乏な撮影アシスタントの役だから、毎回同じ服を着ている設定なんだな」って思って見ていたのだったわ。
そのあと、

いくらオザワさんでもここまで顔色が悪いのはおかしいだろうとあなたの不調を認識し、地デジ対策とあわせてのデジタルテレビ購入に本腰を入れ始めたのよ。
・・・
ところがねえ、みなさん。10インチ前後のテレビ市場って、じつに冷たい風が吹いているものなのですよ。
いわゆるビエラやアクオスみたいな高画質商品がない。
聞いたことないメーカーのものならあるにはあるんだけど、店頭で見る画像がもう耐え難いほど「だめー!」って感じで。うちの10インチ君の画像があまりにもきれいだったせいで、目が肥えてしまったのね。幸か不幸か。
仕方ないから、いずれ「これだ」という商品が世に出ることを期待して、だましだまし日々をすごしていたのです。グラデーション現象が頻発し、TBSとNTVが白黒でしか映らなくなってからも、10インチ君は横腹を叩けば一応は立ち直ってくれたから。
・・・
そんな6月のある日。

近所の電気屋さんに来てもらって新テレビ購入の相談に乗ってもらった直後。

10インチ君に砂嵐が吹き荒れたのであります。
この現象を、「買い替えの話を聞いて、きっと10インチ君がすねたのよ」と解釈される方もいるかと思いますが、長年彼とつきあってきた私にはわかったのです。
ああ、彼はホッとしたんだなと。
「奥さん。やっと僕は使命から開放されるのですね。正直なところ3年ぐらい前に自分の寿命はそろそろだと感じてたんです。でもやっと、世代交代できるんですね・・・」
なんてけなげな10インチ君。
それでも納得のゆくテレビを見つけられないまま、横腹を叩きながら2ヶ月が経過した一昨日、とうとう彼は電源を入れても反応しなくなった。
テレビとしての生をまっとうし、安らかに天に召されたのです。
(彼が最後に映したのは、NHKの朝の情報番組の、いのっちの笑顔だった)
存命時の10インチ君。縫い物をしているときも、生協の注文用紙に記入しているときも、作業しながらでも視界の中にあなたの画面はおさまった。団欒を邪魔せず、だけど会話を大いに盛り上げてくれた。
・・・
というわけで、テレビのない日々を暮らしている森家の夏。
『ゲゲゲの女房』が見られないのは寂しいけれど、10インチ君の後継者にふさわしいテレビが見つかるまでは、このまま静かに暮らすことにするのです。
というわけで、はてさて、どんなテレビが10インチ君のあとを継ぐのでしょう。
次なる展開にご期待ください。
・・・・・・・・・・

たいていの人は「なんで10インチなんかにこだわるの? 娘さんがかわいそうよ。現代っ子は大型テレビがほしいに決まってる」と言います。この場を借りて申し上げておきますが、じつはかたくなに画面の大きなテレビの購入を拒んでいるのは娘と夫、特に中二の娘なのです。「家族でワイワイ言いながらテレビを見るのは、うちの場合は10インチがいちばんだよー。テレビは大型じゃなきゃって決めつける人が多いけど、ねえ、かーさん、頭からそう決めつけるのってなんとなくビンボーくさいなーって思うんだよ」。現在のところ、市販されている高画質テレビの最小サイズは19インチ。私はもうとっくに「19インチでいいや」と思ってるんですがね。

「田舎のオヤジにボーナスで大型テレビを買ってあげた」というようなエピソードは微笑ましいなあと思う。それにしても、たとえば中華料理屋の厨房で餃子の皮を包みながら、かたわらに置いた小さなテレビで野球中継なんかを楽しんでいたオジサンたちは、一体どうしてるんだろう。某有名メーカーに問い合わせたら、病室や寝室用、お店の厨房用、管理人室などの座り仕事用など、やはり10インチ程度の小型画面を求める声はひじょうに高まってるんだってさ。ほらやっぱりね。
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2010年8月11日
多摩川の岸辺で行なわれた花火大会に行ってまいりました!
5000発のどどーん、ぱちぱちぱち、バラバラバラ・・・・・・
ビール片手に、うーん、これぞ日本の夏。火薬の匂いを乗せた風が抜けて、水面に光の花が映って、きれいでねー。
・・・
しつけ糸をほどいたばかりの浴衣を着た女の子と、目一杯お洒落してきたつもりであろう男の子。
今夜初めて手をつないだんだろなーと思わせる、そんなアベックが川原のあちこちで、チュンチュンさえずっておりましたよ。
・・・・・・
そこにいる誰もが同じ空を見上げて、ともに沸く。ええですなあ。
・・・・・・

連れて行ってくれたのは多摩在住で出版社ネイチャーネットワーク代表の久保田修氏。かつて右も左もわからなかった私を一から育ててくれた大尊敬する心優しい元ボスです。自然を愛し、観察ガイドなどの著書も多い氏。よほど自然界との波長が合うのか、いっしょに町を歩くとネコやイヌがぞろぞろ寄って来て、さながらハーメルンの笛吹き男状態(ちょっと大げさだけど真実ですの)。最新刊『ひと目で見分ける287種 野鳥ポケット図鑑』(新潮文庫/620円)、野鳥に詳しくなくても大きさや見た場所から鳥の種類や生態が一発でわかる、超おすすめ本です。
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2010年8月8日
御茶ノ水の聖橋(ひじりばし)から見下ろす神田川。「これが私が東京でいちばん好きな風景」と言うと、コイさんは喜んで写真を撮りまくった。
・・・・・・
ポーランドからやって来たベトナム人科学者のコイさんが、半日だけ時間があるというので、東京ガイド役をつとめることになったのです。
喜んで引き受けたものの、はて、どんなプランで案内すればいいのやら。
むむむ。
同じように悩んだことのある人はきっと多いでしょう。ひとことで観光といっても、相手の性格や性別や年齢によって「これや」というものは違うわけだし。そもそも住んでる人間のほうが、現地の観光事情にうとかったりするし。
はとバスに乗せるのが一番簡単で合理的だけど、コイさんは残り少ない日本での時間、もっと私と話したい模様。天気予報によると、その日の東京はこの夏最高の暑さを迎えるらしい。となると・・・?
というわけで英語ペラ男の日本人トモさん(=ガイジン慣れしてる)に泣きついて、アドバイスを求めたのです。
・・・・・・
で、返ってきたトモさんからの回答というのがね。
「やっぱり浅草じゃない?」・・・のひとことなのだった。
・・・・・・
はあ。浅草ね。やっぱりそうきたかね。けっきょくガイジンさん=浅草なんかね。
「うん。たしかに浅草は王道すぎるかもしれない。けどね、なんだかんだいって外国の人に喜ばれる要素が浅草には揃ってると思うんだよね」
あまりにもプロトタイプだとは思ったんだけど、トモさんにそう言われて、なるほどなあ、やっぱり浅草にするかなあ・・・という気になってきたのです。
ただしトモさんが付け加えた「浅草のあと月島へ行ってもんじゃ焼き」というオプション案をきっぱり否定したのは、「あんなもん食べ物やあらへん(=もんじゃ焼は食べ物として認められるべきではないでしょう)」と叫ぶ関西人(わたくし)の血のせいにほかなりません。
・・・・・・・
ところがね。そんなこんなで浅草中心にコースを組みあげたにもかかわらず、当日になってから衝撃的な事実が判明したのでした。
「ユウコさん、昼からではなく、朝から時間が取れることになりました♪」
「昨日、浅草を観光してきました♪」
がーん。
このときの私の心境は、さながら『ベルサイユのばら(9巻)』のフェルゼン伯爵↓

でもつべこべ言ってるわけにはいかんので、急遽『王道浅草プラン』を『新宿~夜の六本木コース』に変更したのであります。
さて。そんなどたばたの東京見物記、ぜひご笑覧ください。
・・・
「東京の交通機関はまったくわからない」というコイさんを迎えに行き、新宿へ。
なんでもワルシャワには地下鉄は一本しか通ってないらしい。こんな路線図、そりゃあたまげますわな。
・・・
じつはね、「暑いから歩き回るのは避けて、東京都庁の45階にある展望台から昼の東京を見渡す」ってことにしちゃったんですよ。
結果的にはこれが大正解でねえ。
「こんなに高い建物はワルシャワにはありません!」「高名な日本人建築家による設計だが、窓拭きにやたらとコストがかかるフォルムは都民から不評」と生きた声を聞かせておきました。
45階からの眺望にコイさん大歓声。無料だし、エアコンも効いているし、カフェやガイジンサンが喜びそうなみやげ物ショップもあってグッド。
・・・・・・
ちなみに・・・ せっかくだからと着ていった浴衣への反応はというと「・・・夏だから仕方ないと思うけど、映画『SHOGUN(将軍)』に出てくるような豪華なキモノ姿が見たかった」ですと。あのな~~・・・。
・・・・・・
あれがオリンピック競技場、東京タワー、こっちが明治神宮で・・・と説明していくと、自動的に日本の高度経済成長期や天皇制や住宅事情、さらに派生してポーランドとの比較や戦争と平和の話などあらゆる話題に展開して盛り上がり、結局ここでの滞在時間はなんと3時間に。この展望室が入場無料であることに驚いていたので、「私が税金を払っているおかげだ」と恩を着せておきました。
もともとベトナムにはお茶をアイスで飲む習慣はなかったはずだけど(最近は飲むらしいが)、コイサンはペットボトルのアイス緑茶がお気に入りに。
以前イタリアから東京観光に来た友人・ラッフェーラ姉妹(自著『旅くらげゆらゆら』にも登場/講談社電子コミック)は、滞在10日間中なんと4日間も、ヨドバシカメラですごしたのです。
だからきっとコイさんも。
と思いきや・・・
コイさん、興味ゼロ。
一階のパソコン売り場をすーっと素通りしたのみ。百貨店にも入ったけど、これまたコイさん興味しめさずだったのであります。
ひええ、ショッピングに2~3時間費やす予定だったのにいいい~(ふたたびフェルゼン)。
のらりくらり。だましだまし。晩ごはんまでの中途半端な空き時間を、おしゃべりしながらそぞろ歩き。
そのときキラッとひらめいてゲームセンターのプリクラに連れて行くと・・・
これがドンピシャの大ヒット。コイさん大はしゃぎ。落書き機能でサインと日付を入れるコイさん。
あまりにも気に入って、
1シートまるごと持って帰っちゃった。日本でいちばんお気に入りのおみやげとして、ポーランドで、ベトナムで、披露されるであろうリラックマ。
・・・
数奇屋風の内装の和食レストラン「かに道楽」へ。ディナータイムに琴の生演奏があるからここを選んだのです。ガイジンさんに喜ばれないわけがなく、特別チャージが取られるわけでもなく、案内人としては一石二鳥。
カニづくし会席の、カニの刺身。「熱を通してない生のカニ」人生で初挑戦の図。恐る恐るひとくち食べて、「あとはユウコさんが食べてちょうだい」。でも貴重な体験ができたと満足。いちばん気に入ったのはカニの唐揚げ。
でもここで何よりありがたかったのは、和服姿の若い女性店員さん(我々のテーブル担当)がかわいくて超親切だったこと。店を出るとき、その彼女が忙しい合間をぬってエントランスまで駆けてきて見送ってくれて、コイさんは「日本のホスピタリティは素晴らしい。この店でのひとときを一生忘れない」と大感激したのであった。ありがとう、かに道楽新宿駅前店。
・・・
夜の六本木、東京ミッドタウンへ。
「夏の間、夜に屋外で60メートルの高さまで水を噴き上げる水と光のショー(水花火)がおこなわれるんだって」というトモさん情報に飛びついたのです。
助っ人として英語使いのトモさんが合流してくれて、助かったあ。建築家のトモさんならではの解説がつき、トレンディなスポット観光もひとあじ違ったものに昇華。
・・・・
次に、東京で最高層の展望台、六本木ヒルズの展望フロアへ。入場料は一人1500円なんだけど、「コンビニで前売りチケットを買って行こう。一人1200円になるから」というトモさん情報のおかげで3人で900円も節約できました。あっぱれ。
六本木ヒルズと言えば、大成功をおさめたものの獄中の人となったホリエモンがかつててっぺんに住んでいた建物。こういうエピソードもコイさんを喜ばせた。
国際線パイロットの多くが「世界でいちばん美しい」と絶賛する東京の夜景を一望。東京タワーからの夜景も私は大好きけど、六本木ヒルズ52階からはその東京タワーも含めた夜景を眺められて、超ファンタスティックなのです。
感激して写真撮りまくりのコイさんから「ユウコさん、なぜ東京が暑いのかわかりました。こんなにたくさん電気を使ってるからですね」と言われてドキッ。なるほどなあ。たしかになあ。
・・・
かくして、コイさんの初めての東京観光は、ど素人ガイドのどたばた案内によって、完了したのでした。
・・・・・・・
明日日本を発つコイさんは、地下鉄の中で、言いました。
「私が滞在中に出会った日本人はみんなが素晴らしく親切で知的で、不親切な人は一人もいませんでした。歩道には盲人用のプレートがあり、人々は信号と秩序を守って通行し、清潔で、オリジナリティがある。東京では街を歩く一歩ごとに発見と感動がありました。
私は祖国の戦争の後にさまざまな都市を訪れ暮らしましたが、これはほかの都市では得られない感慨です。
けっきょく大事なのは人。いくらほかのアジアの国々がいま経済成長していても、日本人の素晴らしさは越えられないんじゃないでしょうか。世界は画一化と効率が優先されていますが、それだけの世界には本当の実りはないと思うのです。この感激は言葉になりません。娘のイザランも日本を見るべきです」
嬉しいじゃないですか。
観光資源はもちろん大事だけど、けっきょくその街の印象は、会った人、すれちがった人で決まるものだと自分自身の旅行経験を通しても感じているから、コイさんには共感するのです。
日本人は誇りを持っていいし、ふんばってでも誇りを持ち続けなくちゃいかんのね。
誇りとは、「大きな声で自慢できること」。それが私の解釈。
この一日はきっとコイさんを喜ばせたけれど、私が誇りを得る経験でもあったと思うのです。つくづく。
・・・
別れ際。コイさんの目にはうっすらと涙が。
・・・
みなさんも、おすすめのガイジンさん案内コースがあれば、ぜひ教えてくださいね!
・・・・
コイさんは花屋で足をとめてブーケを買い、プレゼントしてくれた♪

かしづいて手の甲にキッス! どアジア顔であるにもかかわらず板についてるのは、フランス被植民地だったベトナム出身でヨーロッパ在住の紳士ならではやなーと感心したのです。

ガイジンさんと充実した交流ができたとき、話を聞いた夫はたいていこう言って涙を流す。今回もそう。ちなみに彼の夢とは「世界を平和にすること」。単純すぎるけど・・・ええ男でっしゃろ。
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2010年8月2日
ポーランドのワルシャワから東京にやってきた、ベトナム人のコイさんと感激の対面。じつは会うのも話すのも初めてなんだけど、顔を見るやいなや抱きあって、ぴょんぴょん跳ねながら会えた喜びを分かち合ったのです。
・・・・・・・・・・
いやあ。まさかこんな対面が実現する日が来るとは。
コイさんは、ポーランドのワルシャワからやって来たベトナム人科学者。学会で発表するための8日間の初来日。
日本に着くやいなや電話をくださったので、飛んで会いに行ってきたのです。
なんじゃそりゃ。いったいどういう関係か、というとですね。
ずばり、私がネット上で知り合った友だちのお父さんなのです。
・・・・・・
もとをたどれば、私がご執心のセルビア人歌手マリヤ・シェリフォビッチがきっかけだったりするんですが(まただよ)。
マリヤちゃん情報をネットで血まなこで追っかけるうち・・・
やはり熱狂的なファン、ポーランドのアグネス↑(才女)とネット上で仲良しになる。

アグネスの隣人の、当時16歳だったベトナム人の女の子・イザランちゃん↑が「私も日本人と友だちになりたい!」と熱望。
で、日本代表として、チャット交流が始まり、かれこれ3年。
そのイザランのパパがこのたび来日、対面が実現、
・・・というわけなのです。
うへー。なんとも21世紀的な出会いですよねえ。
・・・・・・
なぜイザランが日本に興味を持つようになったかというと、ずばり、彼女が日本のアニメの大ファンだから。
イザへのプレゼントを探すために秋葉原のアニメ・ショップへ。店内には金髪さんからアジア系まで、外国人がうようよ。みんな熱心で嬉しそう。アニメは日本の貴重な輸出資源、世界を喜ばせるカルチャーなんだねえ。
イザのお気に入りは『ヴァンパイア騎士』。その他にもいろいろあるらしいけど、私にゃわからん。これまでにも『NARUTO』『スラムダンク』などの本を送ってあげた私は完全にかわいこちゃんにやられたパトロン状態。
・・・
唐突に「月にかわっておしおきよ!」なんて言ったりして私を驚かせるイザラン。
日本アニメをインターネットでむさぼり見るうち覚えたのにくわえ、日本語講座やテキストなどでも勉強しているとのことで、けっこうなレベルまで読み書きができるようになっている。
『好きこそものの上手なれ』の、まさに体現なのであります。
・・・・・・・・・・・・
イザとアグネス、二人からの贈り物♪ ワルシャワの写真集と、度数50度の強いお酒と、チョコレートという豪華版。
写真集にはイザからの解説がいちいち付箋で貼られている。「ここの広場のアイスクリームは世界一おいしい」「6歳のとき家族で遊んだ公園」「ここがアグネスが通ってるワルシャワ大学」「ハハハハハ!超かわいそうな銅像(↑写真)」・・・泣けてくるほど嬉しい。
パパのコイさんは、「ユウコと会ってプレゼントを渡してきて!」という娘からの願いを叶えてあげられたのが嬉しくてたまらないといった様子で、たくさんの話を聞かせてくれました。
・・・・・・・・・
1952年、ベトナムの首都・ハノイで生まれたコイさんは、現在59歳。
そう。つまり、ちょうどあの1960~70年代のベトナム戦争のころに青春時代をすごしたってこと。
ベトナム戦争。
小学生だった当時に見たニュース映像、私は今でもよく覚えてる。たしかあれは私たちが見た、モノクロではない初めてのカラー映像の戦争だった。校長先生が朝礼で、「ベトナムの子どもたちはいま大変」という話をした。
あの映像の向こう側で、コイさんも生きていたのね。校長先生が「大変だ」と言っていた、その子どもがコイさんなんだね。
事実、彼の人生は波乱万丈だったらしい。
戦争終結とともに国を出て必死で勉強して働いて転々として、ようやく落ち着けた4つ目の国が、今暮らしているポーランドのワルシャワなんだそうな。
結婚相手はやはりベトナム人の同級生。
ポーランドに来てからすぐの1982年に長女イザランが誕生し、今は2DKのアパートでの家族四人暮らし。
「つつましやかだけど、とても幸せなんです」と、コイさんは語るのです。本当に、噛みしめるように。
・・・・・・・・・
ポーランドに暮らすベトナム人にとって、アイデンティティや習慣の中心はどこにあるのか。それは私にとって大きな関心事でありました。
ニューヨークのイタリア人も、マレーシアのインド人も、ベルギーのトルコ人も、いわゆる在外移民というのはそれぞれがそれぞれのコミュニティを持ち、現地に馴染みながらも他民族とは交わらないモザイクのような生き方をしているという印象が強いのです。
ではイザの場合はどうなのか。彼女はかつてこう↓語っておりました。
「ベトナムに行ったことはあるけど、そこが自分のルーツだっていう実感や感慨はないの。私にとっては里帰りというより、ママとパパのための旅行という感じかな。
でもおばあちゃんたちに会うのは嬉しい。泣いて喜んでくれるから」
彼女が「今からごはん作って食べる」というときのメニューはだいたい、レンジでチンのハッシュド・ポテトやパスタ、ポップコーン。ベトナム料理はママがたまーに作ったことがあるという程度らしい。だから「ユウコすごい! 私よりもよっぽどたくさんベトナム料理の名前を知ってるね」とイザから驚かれて驚いたのは、むしろ私のほうだったりするのですよ。

彼らは家庭内ではベトナム語も話すらしいけど、ワルシャワで生まれ育ったイザにとってはポーランド語のほうが母語なのです。
つまり彼女はもはや、私がベトナムで知り合ったベトナム人たちとは違うニュータイプ。
「ベトナムを知らないベトナム系ポーランド人」を、ワルシャワという土地で生きているのね。
・・・・・・・・・
「コイさんは、いずれポーランドを離れて、ベトナムへ帰るつもりですか?」
すると彼は、オレンジジュースに一度口をつけてから、にっこり笑ってこう答えたのでした。
「それはとても難しい質問ですね。
私にとってベトナムは、世界のどんな快適な場所よりもくつろげる永遠のふるさとです。正直なところ、帰りたい。年老いた母のことも心配ですし、できればハノイで暮らしたいんです。
でもね、ユウコさん。私の今の仕事や家族は、ポーランドのワルシャワにあるのです。
私にとってはベトナムが故郷でも、ワルシャワで芽を吹き育った子どもたちにとってはそうではない。彼らがこれからベトナムで暮らすことは、彼らにとってはむしろ不自然です。彼らがそれを希望するとは思えないし、私も強要したくありません。彼らには彼らの人生を歩んでほしいんです。
私が退職したらハノイに戻る可能性はあります。でも、どうするかはまだわかりません。
かつてベトナムで生まれ育ったことも、今ポーランドで家族と暮らしていることも、両方が私の人生だから」
・・・・・・・・
ちなみにパパにとっての目下の悩みは、イザの現代っ子っぷりらしい。
「イザは賢い子なんですが、ちょっと目を離すとネットにばかり浸って。さいわい住まいが狭いので、私がいるときはイザも渋々電源を切るんですけどね」
あはは、そりゃいい環境だ。
「最近の若者は、イザも含めて、生まれたときからモノが豊富な環境で育ってるでしょ。がまんしたことがない。ストレスに弱い。夢や目標を持とうという意識が薄い。いいのかこれでって思っちゃいます」
どうやら悩みどころは、あっちもこっちも同じみたいですなあ。
でもね、コイさん。
少なくともイザランには、具体的な夢があるみたいですよ。
私、夜中にさんざん聞いてるからね。
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「ユウコさん、私はね、日本のアニメを日本語で理解できるようになりたいんですよ。そしていつか日本へ行って、日本人のボーイフレンドを見つけるの☆きゃは」
↑ずばりこれがイザランの夢らしい。かなり本気。
でもねイザ。ボーイフレンドは国籍で選ぶもんじゃないよ。決めつけないほうがいいよ。
「えーっ。私、日本人のことけっこうわかってるつもりですよ。アニメを通して。きっと感性があうなーって思うんです♪」
・・・んなもん、バーチャルな世界やがな。
だいたいイマドキの日本男子はやわやわのモヤシが多いから、ポーランドで肉食系の男前をゲットしたほうがいいって。イザは可愛いから、漁り放題やん。
「ポーランドの男の子には興味ないんですってば。とにかく将来日本へ行って、アニメを日本語ですらすら楽しめるようになって、日本人のボーイフレンドをゲットするんですよーだ」
どうです。若いでしょ。かわいいでしょ。心配でしょ。
まあその時は、おばちゃんが何かと世話を焼いてあげるしかないでしょうよ。
ワルシャワのアパートと東京の窓の間に奇しくも糸がつながって、こうして引き合い始めたんだから。地球上、数十億分の一の砂粒みたいな確率をぬって。ねえ。
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