2010年8月23日
じゃかじゃーん。
長年愛用した10インチ君が息を引き取ってからテレビのない日々を過ごしていた我が家に、助っ人が現れました!
「いよいよ買ったのか!」と言えば・・・のんのんの~~ん。
近所の電気屋さんが「納得のゆくテレビが見つかるまでどうぞ使ってください」と、10インチのブラウン管テレビを譲ってくださったのです~~。
・・・
それがなんと、故・愛器と同じ型のSONY10インチ。後継機の弟ぶんだあ(二年若い1996年製)!
「うちの店で、テレビが故障したお客様への代替機として使ってるものなんです。でも今はほとんど出番がありませんし、よかったらどうぞ」
あああ。
あああああ。
本当にありがとう、ありがとう。
・・・・・・
「あとのことは頼んだぞ・・・弟よ・・・」「おう、兄貴」
長年の定位置から退いた10インチ君。おつかれさんやったねー。
・・・・・・
テレビのない日々は静かで、それなりに快適ではありました。
しかしね。やはりですね。
新聞とラジオと電車の中の吊広告だけがニュースソースという日々は、紀子さまのご実家みたいに「能動的にテレビを持たない・見ない」という信念でもない限り厳しいものがあるなあ・・・と実感したのです。
べつに「テレビが見られないとイライラする」ってほどではないんだけれど、ふとした瞬間に「ありゃ、ワタシなんかちょっと社会とズレてる?」って感じるような。うっすら隔絶感みたいなものがあるというか。
朝夕にしかつけないテレビからでも、やっぱり日々なんだかんだと情報やら感化やらを受けているものなんでしょうなあ。
・・・・・・
それにしても、現代っ子の中二娘がテレビなし生活中に不満不満を一度もこぼさなかったことには、ちょっと「へえー」だった。
大好きな嵐が登場する『ひみつの嵐ちゃん』や、首を長くして放映を待っていた松潤主演のドラマ『夏の恋は虹色に輝く』が見られなくても、「中途半端なテレビを妥協して買うくらいなら」ってね。
・・・
さすがに8日目ぐらいに、

って、いきなりノートパソコンでDVDを見始めたのには笑っちゃったけど。

うちにあるDVDソフトはインド映画がほとんどだから、ソフトボールの部活から帰ったら→インド映画→夏休みの宿題にいそしむ→夕飯の味噌汁をすすりながらインド映画、って感じですごした女子中学生の夏(^^;)。

うちにある数少ない日本のDVDソフトはこんな感じです。わかる人にはわかるね。わからん人にはまったくわからんね。
・・・
そんなわけで、わが家にテレビのある生活が戻ってきたのです。
助っ人君に電源が入った瞬間。「おおーっ」「社会とつながった!」「文明だ!」「まばゆいー!」
・・・
↑このときに感じたこと。
かつてはあたりまえに眺めてたテレビが、久々に目にすると妙にけばけばしくエネルギーが強すぎるように感じられ、また、こう言っちゃナンだけど「こんなの放送する意味あんの? 日本はこれでいいの?」って気分になった(その時たまたま映ったバラエティ番組が特にうるさかったせいでもあるけど・・・)。
それがテレビなし生活から数週間ぶりに復帰した瞬間の、率直な感想でした。
晴れて『ゲゲゲの女房』も『おはよう日本』も『ひみつの嵐ちゃん』も見られるようになってバンザーイ。
だけど、以前よりも点ける回数や時間が減り、見たい番組が終わったらさっさと消すようにはなったですよ。
・・・
この助っ人くんが活躍できるのは、地上アナログ放送が終了する2011年7月24日までだから、あとわずか330日あまり。
それまでにはなんとかしなくちゃという状況に、変わりはないんですが。
・・・
テレビといえば、先日JR名古屋駅で見かけたテレビ愛知の番組PRポスター(『3時のつボッ』)には胸が震えました。だって司会が、つボイノリオ氏なんですってよ。1975年に発売からわずか20日で放送禁止となった名曲『金太の大冒険』の作者&歌手、ラジオの名パーソナリティとして知られるあのつボイ氏によるお茶の間情報番組だって(氏は愛知出身)。こういうテレビ番組はぜひ見たい。録画でも有料でもいいから見たい。
・・・
ブラウン管テレビの後ろ側。すでに懐かしいでしょう。
・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年8月14日
つかない、つかない、電源を入れても反応しない~~!?
・・・・・・
みなさまに謹んでお知らせいたします。
わが家で16年間がんばってきた10インチのテレビ君がついに息を引きとったことを。
SONY製、正式名称KV-10DS1。ブラウン管。
画面の大きさ、10インチ。享年16歳。
自著『買ってよかったモノ語り』(晶文社)の中でも紹介した、私が惚れこんだ36アイテムのひとつです。読者の方および森家に来たことがある人なら、「ああ、あの小さいテレビ」と思い出して頂けることでしょう。
・・・
我が家でただ一台のテレビだった、10インチ君よ。あなたは、じつに優れたテレビでした。
さすがはSONYと思わせる、凛としたフォルム。
シンプルな操作性。
「俺の仕事は映像を美しく映すことだけ」と徹したあなたは、NHK「おはよう日本」も、映画のDVDも運動会のビデオも、台所から斜めにのぞきこんだ角度からであっても床から寝っ転がって見上げたときも、ひずみも反射もなくクッキリきれいに映し出し、私たちの暮らしに寄り添ってくれましたね。
さすがにもう限界だったよね。16年たつんだもの。
これまで本当にありがとう。お疲れさま。
・・・

↑何度このように言われたことか。
・・・
10インチ君に異変が現れ始めたのは、嵐の相葉雅紀さん主演のドラマ『マイガール』が放映されていた時だから、たしか去年の10月ごろ。
相葉ちゃんの着ていたニットが、
紫~ピンクのグラデーションに見えた時―――今思えばあれが前兆だったのね。
次週も、そのまた次週も、やっぱり相葉ちゃんが紫~ピンクのグラデーションのニットを着ているのは「相葉ちゃんは貧乏な撮影アシスタントの役だから、毎回同じ服を着ている設定なんだな」って思って見ていたのだったわ。
そのあと、

いくらオザワさんでもここまで顔色が悪いのはおかしいだろうとあなたの不調を認識し、地デジ対策とあわせてのデジタルテレビ購入に本腰を入れ始めたのよ。
・・・
ところがねえ、みなさん。10インチ前後のテレビ市場って、じつに冷たい風が吹いているものなのですよ。
いわゆるビエラやアクオスみたいな高画質商品がない。
聞いたことないメーカーのものならあるにはあるんだけど、店頭で見る画像がもう耐え難いほど「だめー!」って感じで。うちの10インチ君の画像があまりにもきれいだったせいで、目が肥えてしまったのね。幸か不幸か。
仕方ないから、いずれ「これだ」という商品が世に出ることを期待して、だましだまし日々をすごしていたのです。グラデーション現象が頻発し、TBSとNTVが白黒でしか映らなくなってからも、10インチ君は横腹を叩けば一応は立ち直ってくれたから。
・・・
そんな6月のある日。

近所の電気屋さんに来てもらって新テレビ購入の相談に乗ってもらった直後。

10インチ君に砂嵐が吹き荒れたのであります。
この現象を、「買い替えの話を聞いて、きっと10インチ君がすねたのよ」と解釈される方もいるかと思いますが、長年彼とつきあってきた私にはわかったのです。
ああ、彼はホッとしたんだなと。
「奥さん。やっと僕は使命から開放されるのですね。正直なところ3年ぐらい前に自分の寿命はそろそろだと感じてたんです。でもやっと、世代交代できるんですね・・・」
なんてけなげな10インチ君。
それでも納得のゆくテレビを見つけられないまま、横腹を叩きながら2ヶ月が経過した一昨日、とうとう彼は電源を入れても反応しなくなった。
テレビとしての生をまっとうし、安らかに天に召されたのです。
(彼が最後に映したのは、NHKの朝の情報番組の、いのっちの笑顔だった)
存命時の10インチ君。縫い物をしているときも、生協の注文用紙に記入しているときも、作業しながらでも視界の中にあなたの画面はおさまった。団欒を邪魔せず、だけど会話を大いに盛り上げてくれた。
・・・
というわけで、テレビのない日々を暮らしている森家の夏。
『ゲゲゲの女房』が見られないのは寂しいけれど、10インチ君の後継者にふさわしいテレビが見つかるまでは、このまま静かに暮らすことにするのです。
というわけで、はてさて、どんなテレビが10インチ君のあとを継ぐのでしょう。
次なる展開にご期待ください。
・・・・・・・・・・

たいていの人は「なんで10インチなんかにこだわるの? 娘さんがかわいそうよ。現代っ子は大型テレビがほしいに決まってる」と言います。この場を借りて申し上げておきますが、じつはかたくなに画面の大きなテレビの購入を拒んでいるのは娘と夫、特に中二の娘なのです。「家族でワイワイ言いながらテレビを見るのは、うちの場合は10インチがいちばんだよー。テレビは大型じゃなきゃって決めつける人が多いけど、ねえ、かーさん、頭からそう決めつけるのってなんとなくビンボーくさいなーって思うんだよ」。現在のところ、市販されている高画質テレビの最小サイズは19インチ。私はもうとっくに「19インチでいいや」と思ってるんですがね。

「田舎のオヤジにボーナスで大型テレビを買ってあげた」というようなエピソードは微笑ましいなあと思う。それにしても、たとえば中華料理屋の厨房で餃子の皮を包みながら、かたわらに置いた小さなテレビで野球中継なんかを楽しんでいたオジサンたちは、一体どうしてるんだろう。某有名メーカーに問い合わせたら、病室や寝室用、お店の厨房用、管理人室などの座り仕事用など、やはり10インチ程度の小型画面を求める声はひじょうに高まってるんだってさ。ほらやっぱりね。
・・・・・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年8月11日
多摩川の岸辺で行なわれた花火大会に行ってまいりました!
5000発のどどーん、ぱちぱちぱち、バラバラバラ・・・・・・
ビール片手に、うーん、これぞ日本の夏。火薬の匂いを乗せた風が抜けて、水面に光の花が映って、きれいでねー。
・・・
しつけ糸をほどいたばかりの浴衣を着た女の子と、目一杯お洒落してきたつもりであろう男の子。
今夜初めて手をつないだんだろなーと思わせる、そんなアベックが川原のあちこちで、チュンチュンさえずっておりましたよ。
・・・・・・
そこにいる誰もが同じ空を見上げて、ともに沸く。ええですなあ。
・・・・・・

連れて行ってくれたのは多摩在住で出版社ネイチャーネットワーク代表の久保田修氏。かつて右も左もわからなかった私を一から育ててくれた大尊敬する心優しい元ボスです。自然を愛し、観察ガイドなどの著書も多い氏。よほど自然界との波長が合うのか、いっしょに町を歩くとネコやイヌがぞろぞろ寄って来て、さながらハーメルンの笛吹き男状態(ちょっと大げさだけど真実ですの)。最新刊『ひと目で見分ける287種 野鳥ポケット図鑑』(新潮文庫/620円)、野鳥に詳しくなくても大きさや見た場所から鳥の種類や生態が一発でわかる、超おすすめ本です。
・・・・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年6月30日
観たでしょう。観ましたね。やはりあなたも、ワールドカップ。
パラグアイvs日本戦。
ええもちろん、私も観ましたとも。今年の梅を漬けながら。
試合開始の約4時間前に、近所の写真家・柏原誠さんから「梅が来たよ」と電話をいただいて。奥様が那須のご友人の6000坪(!)の庭で収穫してこられた、そのおすそわけ。おすそといっても、どっしり7kgあるんだけど。
・・・・・・・
洗って拭いて、へそのぽっちり部分を取り除きながら、夜ジャスト11時に緊張と興奮のキックオフ!!
いやあ……つくづく、すごい試合でしたね。
ずーっと0対0。延長戦でも勝負が決まらず、PKの一球差でようやくパラグアイのベスト8進出が決定した「しんどい試合」。といってもイライラ鬱積という感じではなかったんですよね。両者の恐ろしいまでの集中力が発揮された120分間。心が高鳴りっぱなしの大接戦でした。
しびれる~
すごかった・・・・(どのシーンかわかりますか?)
・・・・
梅作業の終了とほぼ同時に、ゲーム・セット。
応援していた日本は敗退することになって、だからとうぜん残念で悔しい。けど爽快でもあった、そんな試合ってあるんですね。
両者ともに素晴らしかった!
日本チームの男たち、かっこよかったー!
やっぱりこの世で最上級の称号は「かっこいい」やなーと、思ったのです。
あああ
やっぱりせつない、けどね
・・・
というわけで、梅雨の夜長に漬け込まれたわが家の梅ドリンク。
むろん梅だから甘酸っぱいに決まってるんだけど、ネガティブな苦みは入ってはいないのです。
熱きサムライたちの雄姿が自動的に蘇るという特典がついたわが家の梅、飲み頃は梅サワーが10日後、梅酒が約1年後からです。
が、梅酒のほうはいっそ四年後に開けてみましょうかね。
・・・・・・・・・

先日スポーツバーで試合観戦したとき、サッカーファンのM夫妻と「このままでは開催地であるアフリカのチームがすべて敗退してしまう」「うーむ、そろそろ妖術師による呪いが必要になるかもな」と冗談のつもりで話していたちょうどそのとき、スカパーの画面に本当に妖術師がじゃーんと登場したから、仰天したのなんの。「ドイツのポドルスキー選手を呪うようにと依頼されました♪」って、さらっと言い過ぎやがな。ええとね、みなさま、私もかつて見たのですよ。ケニヤやタンザニアの新聞に、妖術師の活躍により解決した事件の記事がさらりと掲載されているのを。それにしてもこの妖術師も、「呪いはワールドカップの閉幕まできくようにかけてあります」って、あっけらかんとしすぎ~~。と、そのとき、M夫妻のみゆきちゃんが鋭い指摘をつぶやいた。「・・・この呪い、誰が依頼したんでしょうね?」・・・・・え?もしかして・・・もしかすると・・・まさか・・・がばめん(ごにょごにょ)・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
※オレンジ色のタイトル部分をクリックすると投稿フォームがでます。ぜひ書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年6月25日
勝ちましたね、サムライJAPAN! デンマーク相手に3点、お見事っ。
気持ちのいい試合で本当によかった。
というわけで、みなさん寝不足ではないかと思うんですけど。
私はね、ええ、はい、寝不足ですとも。
以前はW杯をわざわざ観戦したことってなかったんだけどなあ。
くどいようですが、セルビア・チームのこと。
今朝の日本vsデンマークの24時間前に、セルビアvsオーストラリア戦が行なわれていたんですよ。
観戦したんです。スポーツ・バーなる所へ出向いて。
そんな所へ行くなんて生まれて初めてだったけど、地上波では放送されない試合だったから、観る手段はそれしかなくてね。
・・・・・・
連れは前回の6月18日同様、熱烈セルビア・サッカーきちのM夫妻。
草木も眠る午前3時、万難を排して待ち合わせ場所に集合したのです。


ああ、ミーハーはかくも愚かで純真なり。
そしてたどり着いたスポーツ・バーで、我々はセルビアチームを見守ったのです。

ほかの試合の解説や歓声を聞きながら、視覚だけに集中して声援って、まるで何かの修行みたい(?)
・・・
だけど、セルビアは負けちゃったんですよね、今回は。
2対1。どひゃひゃーん。

・・・
残念だった。くやしーです、そりゃ。
けど、やっぱり観て良かった。
この結果をニュースだけで知るんじゃなくてよかった。
M夫妻と応援できてよかった。オーストラリアの選手団に敬意。それにセルビア・チームのサッカーもとても美しかったです。
あー、だけどやっぱり残念だよお。
・・・
こんな感じですっかり朝になった世間の中をそれぞれの帰路についたわけですが、帰宅するとね、セルビア人の友人たちからいくつものメッセージが届いていたのですよ。

日本にいるセルビア人から。現地セルビアから。これが嬉しくてねえ。
それらのメッセージには、「セルビアを応援してくれてありがとうね」という喜びと感謝、そして次の日本チームの健闘を祈る言葉が付け加えられていたからであります。
これらは彼等の素直で、そしておそらく誠の気持ちだと感じて。
応援したり、応援されたり。ささやかながらも、縁があるから。
たかがそれだけのことだけど、なんかいいでしょ。
・・・・・・・・・

そして24時間後、日本対デンマーク戦が行なわれていたとき、日本がゴールをきめたことを私は遠く離れたセルビアの友人から入ったチャット・メッセージで知たのだった・・・(いくつかのメールも入った)。ああ、なんか、21世紀ですなあ。
・・・・・・
・・・・・・・・・
※オレンジ色のタイトル部分をクリックすると投稿フォームがでます。ぜひ書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年6月19日
ちょいと割り込んで、ワールドカップの話題をば。昨夜のセルビアvsドイツ戦。ご覧になりましたか?
行ってきたのです、参加してきたのです、この夜のために西麻布に出現した「セルビア・カフェ」
でね、贔屓目全開で応援したセルビア・チームが
おかげさまで
勝ったよ~~~~~~~~~~~~っっっ!!!
うっひゃー
ブラボー!!
ドイツ応援してた人、ごめーん!
・・・・・・・・・・・・

東京にぽつぽつ散らばるセルビア人と、
なんの因果かセルビア・チームに熱き思いを寄せることとなった日本人が集結


ともに祈り、
嘆き 手に汗にぎり
ピースサインもおそろい セルビア式指三本立てピ―――ス!!


・・・・
んで勝った、1対0!
嬉しかったあ
旧ユーゴ解体の波乱を経て 今年のワールドカップが「セルビア共和国」として初めての出場だった。 サッカー通に言わせれば、「正直なところセルビアに勝ち目はなかった強豪ドイツ」。
人はだから、サッカーから目が離せないのか。


はっきりいってマイノリティ 「ユーコ!」「ひさしぶり!」 なんだかセルビアがらみの集まりで顔見知りが増えてる
だけど 顔見知りであろうとなかろうと関係ないのがサッカーなのね



セルビア・ドイツ、選手&関係者各位。
そこにいた人たちも、家で応援してた人も、海の向こうもこっち側も。
Hvala puno,Volim teeeeeeee (おおきに、好っきやでええええ!)
・・・・・・

「ずっと胃が縮んで痛んで、手が震えてた」 試合終了後、ぐったり歓喜の放心状態・M夫妻。二年前にセルビアが縁で知り合い、今回いっしょに西麻布へ乗り込んだ。セルビア・サッカーの熱狂的ファン。かつて新婚旅行でセルビアくんだりまで足を運び(夫→初海外)、各地で練習場を見学、「ただそれだけで幸せだった」(本人たち談)のに、なななんとあのピクシー(ドラガン・ストイコビッチ=名古屋グランパス監督)と今大会の花形スタンコビッチらに対面できちゃった。あほミーハーの底ぢから。神様はやっぱ、こういう汗のにおいがお好きなんやね。
・・・・・・・・・
※オレンジ色のタイトル部分をクリックすると投稿フォームがでます。ぜひ書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年5月16日
著書やブログでご覧いただいているとおり、私はたまーに、着物を着ます。
だからきっと「森さんは着物が好きなのね」と思われているところがあると思うのですが、やはり着るには時間も手間もかかるし、好きというだけでぱっぱか着るほどマメ子ではないのです。
白状しましょう。
私にとっての着物とは、ややコスプレというか変装に近い。ずばり、次のような効果や反応を期待する「装置」なのであります。
おっ、森さんったら、ちゃんとしてきたなあ(きちんと感の演出+場の格上げ)
おっ、若いのにえらいわね(年輩者ウケ)
おっ、風流だなあ(錯覚+あげ底効果)。
オー、エキゾチック・ジャパーン(ガイジンさんの喜ぶツボど真ん中)
男性にとってのネクタイ、プリンセス天功にとっての銀色のマントのようなわかりやすさで、着るだけでそれなりの作用や意味を場にもたらしてくれる。
私の場合は普段のラテン系イメージとのギャップがあるぶん、「おっ」効果が高く得られるようなところもあって、なおお得。
そして味をしめたというわけです。むわはははは。
・・・・
私が思い立ったときだけでもささっと着られるようになったのは、ひとえに帯結びの苦労から開放されたおかげなのです。
正しくは、近所にあけみさんが引っ越してきたおかげ。
あけみさんはかつて服飾の有名校でもスタッフとして働いていた、洋裁のスペシャリスト。今は自宅で服のリフォームやオーダーを受けてらっしゃる、針と糸の魔術師。
立派な看板を掲げている店だと「これ」という型紙や見本を持っていかないとダメってところがあるけれど、あけみさん場合はとりあえず漠然としたアイデアと素材だけ持って行きさえすれば「はーん、つまりはこういうことでしょ」と、何でもさらりと形にしてくれる。

だからあけみさんの仕事部屋にはいきなりこんなものがあったりします。わかるかな。横綱のまわし。お友だちから頼まれた父母会のイベント用だって。
要するに、帯をマジックテープでばりっととめるだけの「なんちゃって帯(作り帯・付け帯)」に加工してもらうようになって、かねてからの理想「思い立ったらサクッと着物」な人生が可能になったというわけですよん。

お太鼓や矢の字の形はすでにできていて、マジックテープでバリバリぺたーっと胴に巻くだけで完了。しゃなりしゃなり、おほほほほ。
帯結びなしの軽やかさを手に入れたことはもちろん。
だけど、祖母や母が残した帯や着物がふたたび日の目を見て息を吹き返した喜びがやはり大きかったのです。
・・・・・・・・・・
というわけで、ほとんどが「なんちゃって」に変身したわが家の帯軍団なのですが、祖母の絽の帯だけはしまいこまれたままだった。

夏物の、透け感のあるシャリシャリ素材。
どうやら祖母も一回も巻いたことがない新品らしく、ピンピンのキラキラ。でもいくら私が気軽に着物を着るようになったとはいえ、暑いわ・汗をかくわの夏ばかりはと敬遠し、けっきょく持て余していたのです(帯として一度も活躍していないものを、タペストリーやバッグに加工するのにも抵抗があって)。
・・・・
ところが、とうとうそれが活躍できそうな機会がめぐってきましてね。
約30年の沈黙から目覚めることになった儀式の様子を、ちょっとご覧下さい。
ひゃー、いよいよはさみが入った!以前作ってもらった帯にあわせて、胴体にまく部分をカット。
矢の字の、ちょっと華やかバージョンに形をととのえてもらう。
できたー!!!!(うしろはあけみさんが魔法をかける、うん十年ものの相棒ミシン)
帯にはさみを入れることに、抵抗がある人は多いと思う。その気持ち、わかるのです。
でもね、わが家の大切な帯たち、そしてこの絽の帯の場合はね。
はさみが入るのは、命が入ること。
それに等しいようなところがあるのでした。
さて、これがどんなふうに活躍するかは、また報告しますねっ。
おたのしみに~~~~~。
・・・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年5月5日
ゆれるゆれる、初夏をむかえた、わが家のフジ子
・・・・・・・・・
人間は次の二種類にきっぱり分類されるといいますね。
緑の手の人と、茶色の手の人。
「緑の手の人」とは、すなわち植物を育てるのがうまい・植物との相性がよい人のことです。

その人のもとでは切り花も植木も長持ちし、プランターのプチトマトなんかもぶりぶり実をつける。ゴミ置き場に捨てられていた鉢植えのシクラメンでさえ、その人に救われるやみるみる復活を遂げて「ウレシイ、ウレシイ」と再び花を咲かせたりする。
いっぽう、「茶色の手の人」はというと・・・

逆になんでも茶色く枯らしてしまう人種というわけですな。
さて、あなたはどっち?
・・・・・・
はい。そして私は「自他ともに認める茶色の手の持ち主」―――という話なのでございますのよ。たははは~。
・・・・・・・・・
小1のときの「朝顔の観察日記」の8月31日が、茶色い根っこ一本だけの絵だったのはクラスで私だけ。
大切な友だちから「友情のしるし」として贈られたおそろいのパキラは、瞬く間におそろいではなくなり。
「私は植物を育てるのに向いてないんだ」ということには早々気づいていたわけですが、一人暮らしのアパートで「これなら大丈夫だろう」と、実用も兼ねて買ったアロエが

↑となったときには、さすがにめげましてね。
緑の手の人からは「むしろ手のかけすぎ・水のやりすぎで根腐れしちゃうんじゃない?」と慰めらたりするのですが、それを心がけたら今度は足りなすぎるのか、やっぱり枯れる。
もはやこれは、テクニックやセンスの問題ではないのかもしれません。
自分には生き物を育む能力や、ほかのものに愛情を注ぐ思いやりが欠落してるんじゃないか……そんなふうに自己嫌悪に陥ってしまうのであります。
・・・・
というわけで、己をわきまえてあえて植物は買わない人生を歩んできたのです。
ところが、まだ娘が赤ちゃんだった頃のある日。ベビーカーを押しながら散歩していた公園のわきで「植木市」みたいなのが開かれていて、そこで「しゅっ」と佇んでいた一鉢に吸い寄せられたのでした。
ベンジャミンやパキラが愛嬌のある南方美人だとすれば、それはひっそり橋のたもとで待ち人を待つ和服の女のようで。
しげしげ眺めていると、販売していたおじさんが近づいてきて言いました。
「藤だよ」
おお。これが藤。花がついてないから、わからんかったなあ。
・・・
どうやら私は、フジコに心をとらわれてしまったのだ。
しかし。いや、いけない。私は彼女を身請けする能力も資格もない茶色の手。彼女を幸せになんかできっこないのだから。(←ここはちょっと文芸調にお読みください)
・・・・・・
すると、私の躊躇を察したらしきおじさんが、こう言ったのでした。
「大丈夫だよ。藤は手がかからないんだ。むしろ手をかけちゃダメで…」

へえっ、そうなの?
でもねえ、売る側の人ってたいていは「簡単だから大丈夫」ってこともなげに言うよね。
ところが、おじさんが相槌を求めた仲間らしきおっちゃんのほうも・・・

と言うではないの。
なるほど。そうなのか。植物にとっては、私といるだけでいじめられてるようなもの。それが彼女にとってはむしろ適性環境ということならば、ならば・・・・。
というわけで、フジ子は娘のかわりにベビーカーにのせられて、茶色の手のダンナはんのもとへと嫁ぐことになったのでした。
・・・・・・
それからおよそ13年。
冒頭写真でおわかりのように、今年もけなげに13回目の花をつけた、13年目のフジ子であります。
冬には葉をひっそり落とし、春にはきちんと芽を吹いて。ただ静かに。
で、こちらが特に気にとめず、いつもどおりにバタバタ洗濯物を取り込もうとする夕方なんかに、薄暗いベランダの片隅でいつの間にか薄紫の房を揺らしていたりして、私をどきっとさせる。

そのときの心境を言葉にすると、なんといいますか。
「フジ子よ、ありがとうね」
なぜかこのひとことに尽きるのですよ。
・・・
フジ子のいるベランダからは、遠く東京タワーがうっすら見える。
東京の空の下、フジ子はめぐりめぐる季節の途中を生きています。

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

つれあいに言わせると、「おいらが毎日ちゃんと気にかけて、話しかけてるからフジ子は健在なんだべ」なんだと。毎朝ベランダで洗濯物を干すのは確かに彼ですが。

つれあいが空き瓶にさしたまま仕事先でもらってきたスズラン。かわいいでしょ。
・・・・・・・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年5月1日
娘の14回目の誕生日の夜、玄関にピンポーンと現れた、幼なじみのなっちゃん&ママのみつこさん。「ももこ~お誕生日おめでとう!」と娘の首にかけてくれたのは、百円ショップのラムネで作ったレイ。なんっっというサプライズ。
・・・・・・
いやはや。まんまとしてやられたのであります。
こんなにささやかならがもグッとくるお祝いなんて、ねえ。むちゃくちゃ嬉しいけど悔しいって心境、わかりますかね。
なっちゃんからはプレゼントとカードで、レイの贈呈は小さい頃から娘を知ってるママからってところがまたね。ずるいよねえ。
・・・・・・
なっちゃんと娘は誕生日がほんの数日違うだけの、保育園の0歳児クラスからの幼なじみなのです。

おむつをしていた頃も↑

おむつがはずれてからも↑

別々の中学に通う今なお↑
楽しい時もケンカした日も雨の日も、子どもならではの愚かな日々を、ともにすごし育ってきた。
すなわち母親である私とみつこさんは母親歴も同い年。さんざん助けられてきた一方、こっちも助けてきたかなあと思える、いわば同士。
そんなこんなの上に乗っかることで、なんとか「おかーちゃん」やら「近所のおばちゃん」をしてこられたのが私の14年、ってことでもあります。
・・・・
それにしても子どもの誕生日って、けっこう難しいんですよね。お誕生会に誰を呼んだ・呼ばれなかったに始まり、プレゼントの品物や金額がどうのこうの。
本当はあまり気にしなくていいと思うんですけどね。花輪君は花輪君の気持ちで、ちびまるこちゃんはちびまるこちゃんの都合で、ジャイアンなら「俺の歌が贈り物」ってな具合いだったって。
でも、そうは言ってもやっぱりお互いのバランスみたいなものは無視はできないし、無視して開き直るのが美徳とも思えないのです。
・・・・・・・・・
高価だろうと、手作りだろうと、なんだろうと。
節操と品位を保ちながら、本当に相手をハッピーな気持ちにさせるのは、なんだかんだいって難しいもの。
その点、このレイときたら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
で、このせいで対抗意識に火がついたモモちゃんのママ(わたくし)が、数日後のなっちゃんの誕生日に「ぐわああっ」と作ったのがこれ↓
春色『ぺろぺろキャンディー・ブーケ』
なっちゃんちは三姉妹なので、ケンカにならないようにお花は3本で決まり。
・・・・・・・・・

・・・・・・・・・
出来ばえはまあ悪くはないかもしれない。
でも、じつはちょっと不本意なのです。
本当はチュッパチャプスほど立派なのじゃなくて、不二家のポップキャンディー(一本10円)ぐらいのを使いたかった。なのに、あいにく近所でみつけられなくて。
だって、だってね。
ライバルみつこ作のレイは、100円ショップの『お子さま用ラムネ』の端と端をセロテープでぺたーっとくっつけて輪にしただけ。
ううむ……むむむう。
こっちのブーケのほうが手間も材料費もかかってそうに見えて、いまいち「さりげなさ」に欠けるところが、なんだかむしょうに悔しくてねえ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
ちなみにわが家では娘の誕生日に「お友だちを招いてのパーティー」は開いたことなし。「娘がどうしてもと言えば開こうかね」ってぐらいに考えてたんですが、娘から特にリクエストがあがらないまま小学校を卒業したという感じ。招いてもらったときには喜んで出かけてたけど、幸いこっちがパーティーを開かないことに後ろ指を差される雰囲気もなく。こういうのって地域性や、通う幼稚園・学校の伝統やムードとか、家庭・お友だちの反応次第ってところもありますよね。いずれにせよ、誕生日がスペシャルでわくわくする日であることは間違いなく。
・・・
↑娘がソフトボール部の友だちの誕生日祝いに作った『ヒラヲ君』。チャームポイントとも思えるボールは、じつは「適当に作ってたら、ありゃ、このままじゃ右手の長さが足りないや」と、急遽くっつけたものなんだと(娘=牡羊座・O型)。「娘よ。それをまさに怪我の功名と言うのですよ」「あーい、おかあちゃま」
・・・・・・・・・・・・・・・
※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
2010年4月8日
桜の季節ですねー。
でもなんだか季節が行きつ戻りつで、桜のほうももどかしがってそうな春ですね。みなさんの地域ではいかがですか?
とか言いながら、しっかりお花見はしてきましたよ。
隅田川に浮かぶ屋形船を眺めながらいなり寿司をつつくという、これぞ「ザ・日本のお花見」を堪能できました!

↑おそらくこの夜あちこちで、いや、これまで日本の春に何万回も同じように交わされてきたであろう会話。
地元商工会が招いたのか、獅子舞+チンドン屋さんが練り歩いて大盛況。子どもは頭を噛まれまくり。ガイジンさんは興奮して「ワンダホー!」とシャッター切りまくり。
ぎんぎんのライトアップより、これぐらいのぼんやり具合が個人的には好み。
・・・・・
話はいきなりぶっ飛びますが・・・・・・その夜に、遠い異国のトルコから一本の電子メールが届いたんです。
一昨年、ローマの空港で飛行機が欠航になったことがきっかけで知り合ったトルコ人男性・Aさんからでした。
お互いの娘が同年代だったことから話が盛り上がって、家族ぐるみの交流が始まりました。ちょくちょくメールを交わすようになり、私と娘はトルコで再会も果たしたんです。
ところが、最近はとんとご無沙汰していた。
じつは私のほうから、あえてそうするようになったところがあって。
・・・・・・
Aさんは母国を心から愛する、最近ではちょっと珍しいくらい戒律を厳しく守る敬虔なイスラム教徒です。
娘さんの教育問題、イスラムの風習・行事、商売の話から、いまどきのトルコの若い男のちゃらちゃらした髪型ときたら・・・といった愚痴や、家族で食べた昼ごはんのメニューにいたるまで。Aさんの話すべてが私たちにとっては面白く、興味深かったのです。
ところが、だんだん、くたびれるようになってしまった。
「トルコでは・・・我々の伝統では・・・・我々の価値観では・・・・」と叫ぶAさんの声があまりにもエスカレートしてきたものだから。要するに彼は自分の国や民族のことを肯定・称賛はするけれど、こっちの国のことについてはほとんど興味や反応をしめさなかったからです。「トルコ人の生の声を聴く貴重な機会と割り切ろうか」とも思ったけれど、そんな風に思いながら聞くなんてのも不本意だし。
一方通行では、交流なんて続きっこないんでしょうね。けっきょくフェイドアウト。
そんなAさんからの、ひさびさのメールだったんです。
その内容を、紹介させてください。
・・・・・・
—sakuraの国の、親愛なるユウコへ
sakuraは咲いていますか。sakuraの国・日本は、きっと美しい季節を迎えていることでしょう。
今、トルコでもsakuraが咲いてるんですよ。
今日はひとこと謝りたくてメールをしました。
先日、私の母が亡くなりました。
あなたもご存知のとおり、父と二人で力をあわせ、ちっぽけだった農場を大きくし、8人の子どもを育て上げた働き者の母です。
世界一の母親、世界一美しい女性でした。
彼女はあなた方がトルコに来てくれたことをたいそう喜び、亡くなる前にもあなたがたのことを話していました。そして最後には「友だちを大切にしなさい。相手をみつめなさい」と言いました。
sakuraの季節に母を失って、私はあたながた家族に謝らなければならないことにようやく気がついたのです。
私を許してください。
Aより
・・・・・・
ものすごく嬉しかったのです。
理由は、言うまでもありません。
便りの冒頭に打たれていた文字が、sakuraだったから。
英語のチェリー・ブロッサムでも、トルコ語のkirazでもない。ローマ字表記の桜=sakuraだったからですとも。
・・・・・・・・・

トルコ旅行では、イスタンブールに暮らす娘の保育園時代の同級生にも会いに行き、学校にもおじゃましました。トルコの人たちはすごい親日家。なんでも今から120年前に和歌山県沖でトルコの船(エルトゥールル号)が遭難したとき、串本の人々が捨て身で救出活動してくれたことを今も恩義に感じているのだとか(その話は教科書にも載っている)。犠牲となったトルコ兵と同じ数の587本の桜が日本から寄贈され、先日、その前で行われた慰霊式典の様子がテレビ放映されたとか。Aさんがsakuraという言葉を知ったのも、そのニュースがきっかけだったかもしれないなあ。
・・・・・・・・・・・・・・・
※ブログにコメントを書き込んでいただけるようになりました!ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね)
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。