イタリアンカラーの冷製パスタ。材料切るだけ&混ぜるだけ。ローマの夜の思い出の味が簡単に再現できましたよ♪

イタリアンカラーの冷製パスタ。材料切るだけ&混ぜるだけ。ローマの夜の思い出の味が簡単に再現できましたよ♪

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電子コミック『旅くらげゆらゆら』(講談社)を読んでくださった方はご存知だと思うんだけど、ラッフェーラというイタリア人の女友だちがいるのです。

会うたびに嵐を巻き起こしては去ってゆく、ちょっとトホホだけど愛すべき友。

彼女は私のことを「神様」と呼ぶ。

そのゆえんを、ちょっと聞いてやってください。

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出会ったのは5年前。新宿西口のマクドナルドのトイレ前にて、

彼女はいつまでたっても開かぬドアの前で、

彼女はいつまでたっても開かぬドアの前で、

 

限界を迎えていた・・・

限界を迎えていた・・・

・・・

 で、すぐさま別のトイレへ連れて行ってあげて間一髪、窮地を脱したというわけです。

「おお、おかげで助かりました。あなたは神様に違いありません」

「苦しゅうない、近こう寄れ」

 というわけね。めでたし、めでたし。

 ・・・

ラッフェーラはローマから来たファッション・ジャーナリスト。九州での取材を終えて、帰国前に東京見物しようと思ったのに、言葉や土地勘がちんぷんかんぷんで困っていたんだそうな。

 それはまさに、時おり外国で途方に暮れる私の姿。

だからトイレを出たあとも何かと世話を焼き、私の神様としての地位が確立されたのでした。

 ・・・

 そのラッフェーラから、こんなメールが届いたのがその翌春のこと。

 「神さま~~~♪ この夏、姉といっしょに日本へ行くことにしました。今度は仕事じゃなくてプライベートで。もちろん神様に会うために決まってるでしょっ。

ついては《①安くて②快適で③交通の便が良いホテル》に泊まりたいんで、よろしくね。

1億万回のキッスと世界最大級の愛をこめて、迷える子羊ラッフェーラより」

・・・

 ・・・・・そんな都合のいいホテル、このメガロポリス東京にあるわけないやろが!

 しかし、↑そう心でツッコミながらも、けっきょく神様はあの手この手で奇跡的なホテルを準備してあげたのでした。ぱちぱち。

(でもそれは、ほんの序章にすぎなかったのですがね)

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日本へ再上陸したラッフェーラとお姉ちゃんのマリアピア、翻弄されまくる神さまの図。

日本へ再上陸したラッフェーラ(中央)とお姉ちゃんのマリアピア、翻弄されまくる神さまの図。

・・・

「神様、ユカタを着てみたい」

 浴衣はフリーサイズだから大丈夫と思いきや、姉妹の豊満ボディにフィットする市販品はないと判明。そこで神様は・・・

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ご近所のミシン魔術師に泣きついて、二部式浴衣(上衣+巻きスカートの2パーツ)を作ってもらってあげました。

 

狂喜乱舞で試着するラッフェーラ姉妹

狂喜乱舞で試着するラッフェーラ姉妹

マジックテープつきで巻くだけのワンタッチ帯も。市販の作り帯よりお洒落ざましょ。

マジックテープつきで巻くだけのワンタッチ帯も。市販の作り帯よりお洒落ざましょ。

 日本人としての誇りをかけた神様の執念の賜物。

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 「神様、これを着て京都を歩いてみたい」

 

京都生まれの優秀ガイド(漫画家のグレゴリ青山夫妻)を依頼して、付き添ってあげました。

京都生まれの優秀ガイド(漫画家のグレゴリ青山夫妻)を依頼して、付き添ってあげました。

送り火(大文字焼き)に姉妹大喜び。

送り火(大文字焼き)に姉妹大喜び。

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 「神様、ゲイシャになりたい」

 

願いをを叶えてあげました。

願いを叶えてあげました。

・・・

 「神様、それからね、神様・・・・・」

そして夏は終わらない。

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 愛知県犬山市の鵜飼い見物の屋形船で狂喜乱舞のラッフェーラ姉妹。お金を払ったのは神様の姑舅。

愛知県犬山市の鵜飼い見物の屋形船にも。お金を払ったのは神様の姑舅。

 

船上にて、ローマのママから携帯に電話が。「日本の皇室のお妃様がさっき男の子を出産したんだってねえ!」とママ。奇しくもローマ経由で悠仁親王さまの誕生を知った神様一族。

船上にて、ローマのママから携帯に電話が。「日本の皇室のお妃様がさっき男の子を出産したんだってねえ!」とママ。えーっと沸く船上。奇しくもローマ経由で悠仁親王さまの誕生を知りました。

・・・

帰国前夜。ラッフェーラは言いました。

「神様、本当にありがとう。神様のおかげで私たち幸せだった」

ぐったり微笑むワタシ。ははは…そりゃよかった。ご満足頂けまひたか~?

 「ええ。ところでね、神様」。

続けるラッフェーラ。

 「百貨店のトイレの壁に設置されてるザーッて水の音がする機械、あれがほしいんだけど」

 は。それはもしかして小用の音を水流の音でごまかす《TOTO音姫(オトヒメ)》のことかいな? 欧米の人は自然現象の音はあんまり気にしないもんだと思ってたんだけど・・・。

「とんでもない!お客さんが来てるときなんか、みーんな気兼ねしながらショボショボ用を足してるんだから」

 へえー。ならばなぜ普及しないんだろう?(TOTOさん、どうなんですかねそのあたり)

 「それがね、神様。買おうと思ったんだけど、ヨドバシカメラでは今在庫切れって言われちゃって。でも私たちもう明日ローマへ帰らなくちゃいけないし・・・」

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 ・・・

時は過ぎ、2年後の5月。神様は成田発イタリア行きの機中におりました。

向かう先はローマ。

なぜか。

それはずばり。ラッフェーラから借金を取り立てるためであった。

一路ローマへ

 ・・・

 

ローマのフィウミチーノ空港にて神様(借金取り)を歓迎するラッフェーラ姉妹。「コンニチハ YUKO ヒサシブリ」の歓迎ボードが泣かせる。

ローマのフィウミチーノ空港にて神様(借金取り)を歓迎するラッフェーラ姉妹。「コンニチハ YUKO ヒサシブリ」の歓迎ボードが泣かせる。

・・・ 

はい。要するにあののち姉妹はTOTO音姫をゲットして、「音を気にせず思いっきり小用」な暮らしを手に入れたのです。

ヨドバシカメラで手配して、海を隔てて尽力した神様のおかげで。

そのお金を神様が立て替えてあげてたわけなんですよ。

 TOTO音姫、代金12000円なり。

ラッフェーラはもちろん払う気満々で、「インターネット上でお金のやり取りができるPay-pal(ペイパル)という安全なシステムで払うから、神さまの名前と口座を登録して」とせっついてきたんだけれど、

開いてみたペイパルの画面が…

pay-pal 

↑だったもんで、

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つい放置してしまって。

だから直接取り立てに行ってあげたってわけなんですよ~~~(もちろんそれだけが目的の旅じゃなかったんだけど、わざわざローマ経由のアリタリア航空を使ったのはそのため。あほか私は・・・)。

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姉妹は歓迎サービスの一環として、「神様のためのドライブ・ツアー」を計画してくれておりました。

姉妹は歓迎サービスの一環として、「神様のためのドライブ・ツアー」を計画してくれておりました。

 

お姉ちゃんのマリアピアの運転で、夜のローマをぐるりひとめぐり。

お姉ちゃんのマリアピアの運転で、夜のローマをぐるりひとめぐり。

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暗闇に浮かび上がるコロッセオ。静まり返ったバチカン市国。

カーラジオからDJが飛ばす、ローマ方言の冗談。

「あれが私のクライアントの出版社、おばあちゃんが眠ってるのはこの巨大墓地。でね、あの窓がマリアピアが半年前に別れた元彼の部屋…」

2000年前からこの夜のために準備されていた、ローマの道をかっ飛ばす。

楽しかったなあ。

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説明が長くなりましたが、今回の主題は、

ローマの夜

その夜にラッフェーラが自宅で作ってくれた冷製パスタ、という話なんですよ。

ラッフェーラの冷製パスタ 

 

イタリア人は冷製パスタなんか邪道って言うと思ってたよ。「ひと昔前まではね。今はぜーんぜん。むしろ流行ってるかな、今のローマでは」

イタリア人は冷製パスタなんか邪道って言うと思ってたよ。「ひと昔前まではね。今はぜーんぜん。むしろ流行ってるかな、今のローマでは」

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ローマの夜の冷製パスタ レシピ/材料↓

 パスタ

ツナ缶(軽く油を切る)

生クリーム(お好みの量。四人分で50ccくらい。私は100cc入れてちょっと多かった)

トマトざく切り

モッツァレラチーズ(適当にスライス)

バジルの葉(または塩漬けオリーブ)

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①    パスタを茹でる。ラッフェーラが使ったのはちょうちょ型のファルファッレ。私はふつうの長いのを使いました。

① パスタを茹でる。ラッフェーラが使ったのはちょうちょ型のファルファッレ。私はふつうの長いのを使いました。

 

②    ゆであがったら、氷水にさらしてざるで水切り。オイルやバターは不要(このあとツナ缶をまぜるので)。

② ゆであがったら、氷水にさらしてざるで水切り。オイルやバターは不要(このあとツナ缶をまぜるので)。

 

③    具をすべて混ぜ、塩コショウで味をととのえて、できあがり。

③ 具をすべて混ぜ、塩コショウで味をととのえて、できあがり。

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ラッフェーラはオリーブのスライスを具に使っていたけれど、私が作った日の客人にオリーブ嫌いな子どもがいたためバジルを使いました。

 混ぜるだけでパパッとできるので、ランチやブランチに最適。スパゲッティサラダよりもお洒落でイタリアンっぽいから、パーティーの一品としてもよさそうですね。ツナ缶でなくアンチョビを使えばより大人のテイストに。ぜひお試しあれ。

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泊めてもらった姉妹のフラット。さすがはイタリア、インテリアがお洒落ねえと誉めたら、「全部イケアよイケア。スウェーデンづくし。世界はもはやイケアに征服されてるのよ」・・・ちょっとがっかり。

泊めてもらった姉妹のフラット。さすがはイタリア、インテリアがお洒落ねえと誉めたら、「全部イケアよイケア。スウェーデンづくし。世界はもはやイケアに征服されてるのよ」・・・ちょっとがっかり。

ママ。おたくの娘さんたち、だいぶお世話させてもらいましたでー。

別棟に住むママ。おたくの娘さんたち、だいぶ世話させてもらいましたでー。

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 こんなバスルームが二つもある。そのうちのひとつが・・・↓

見学者も来るほど好評というパーフェクト・トイレ。すべて日本での収穫物(③も含む)。

見学者も来るほど好評というパーフェクト・トイレ。すべて日本での収穫物(③も含む)。

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 陽気なラッフェーラ

結局これに負けるんです。ヤツのこの笑顔に。

マンマミーア(なんてこった)!

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以上、トマトおじさんの宿題によって蘇った、思い出のトマト味3つでした。

宿題、完了っ!

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30年前に初めて訪れたローマのリストランテにて、一人で昼食中の激シブ紳士。これぞ伊達男って感じでしょう。

25年前に初めて訪れたローマのリストランテにて、一人で昼食中の激シブ紳士。これぞ伊達男って感じでしょう。

 

厨房のおじさん。イタリアでは茹であがったパスタを一本天井に放り投げ、貼りついたらアルデンテという風に判断すると聞きましたが。「ほっほっほ、俺はやんないよ、そんなこと」

厨房のおじさん。イタリアでは茹であがったパスタを一本天井に放り投げ、貼りついたらアルデンテという風に判断すると聞きましたが。「ほっほっほ、俺はやんないよ、そんなこと」

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※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。

※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。

momomo(@)cd5.so-net.ne.jp

 

フライパンで焼くひと口大のトルコ風ケバブもどき/名付けて「トン(豚)でイスタンブ~ル♪」。超簡単でうまい! レシピは下のほうに記載。

フライパンで焼くひと口大のトルコ風ケバブもどき/名付けて「トン(豚)でイスタンブ~ル♪」。超簡単でうまい! レシピは下のほうに記載。

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トマトといえば思いつくのは、さて みなさんはどの国でしょう?

私にとっては、もう断然トルコなのです。

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老舗食堂。トマト使ってないもの探すほうが難しい?

老舗食堂。トマト使ってないもの探すほうが難しい?

イスタンブールの家庭でおっちゃんの手料理をごちそうになったときも、サラダに、魚料理に、オーブン料理に、トマトざくざく。

イスタンブールの家庭でおっちゃんの手料理をごちそうになったときも、生でも焼きでもトマトざくざく。

 

srtk2889トルコ魚市場アニキトルコ八百屋 

市場の彩り・つけあわせにも、トマトの赤。

 とにかくトルコではトマトがなければ始まらないのです。トマト嫌いにとっては地獄とも言えますな。

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で、トマト宿題に取り組むにあたって思いついたのが冒頭の料理で、その発想の元となったのがトルコ名物のこれ↓、という話なのですよ。

 

ドネル・ケバブ。日本でも屋台なんかで見かけますね。

ドネル・ケバブ。日本でも屋台なんかで見かけますね。ドネル=回す、ケバブ=焼く、が語源。ぐるぐる回しながらグリルして、剣みたいな包丁で切り落とす。どどーんとでっかい肉のかたまりは薄切り肉を重ねて作るんですよ。間にはさみこむスパイスや脂身の配合が、それぞれの店の腕の見せ所なのです。

 

これをサンドイッチなんかにするんですね。我が娘に「日本以外の国に住まなきゃならないとしたらどの国?」と質問したとき「トルコ。ドネルケバブのサンドイッチがあるから」と言わしめた。

これをサンドイッチなんかにするんですね。我が娘に「日本以外の国に住まなきゃならないとしたらどの国?」と質問したとき「トルコ。ドネルケバブのサンドイッチがあるから」と言わしめた。

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そして、時々見かけるのが、てっぺんにトマトを突き刺したもの↓

ドネル=回す、ケバブ=焼く、が語源。どどーんとでっかい肉のかたまりは薄切り肉を重ねて作るんですよ。間にはさみこむ香辛料や脂の調合がそれぞれの店の腕の見せ所です。

そう! ここからヒントを得た「えせドネルケバブ」をフライパンで作っちゃったってわけなんですよ♪

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さっそくレシピをご紹介。 準備するのはトマト・豚肉・玉ねぎ・にんにくのみ。

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①    豚切り落とし+玉ねぎのみじん切り+塩コショウ→まぜまぜ

① 豚切り落とし+玉ねぎのみじん切り+塩コショウ→まぜまぜ

※よりトルコっぽくしたい場合は肉の味付けにクミンやオールスパイスを混ぜ込むといいでしょう。

 

②    熱して油をひいたフライパンに、指先でひとつかみぶんの豚肉を、こんもり小山を盛るように配していく。最初はちょっと強火で底面がカリッとしたところで中火に。

② 熱して油をひいたフライパンに、指先でひとつかみぶんの豚肉を、こんもり小山を盛るように配していく。最初はちょっと強火で底面がカリッとしたところで中火に。

 

③    輪切りトマトをてっぺんに乗せて、にんにくのスライスをパッと適当に散らして、フライパンにふたをして蒸し焼き。

③ 輪切りトマトをてっぺんに乗せて、にんにくのスライスをパッと適当に散らして、フライパンにふたをして蒸し焼き。

 

水分はトマトのじゅわじゅわ汁だけで充分で、これが肉をやわらかーくし、旨みを引き出すという寸法です。

水分はトマトのじゅわじゅわ汁だけで充分で、これが肉をやわらかーくし、旨みを引き出すという寸法です。

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 わが家では仕上げにブラックペッパーとスダチの絞り汁をピピッとかけました。

簡単でおいしくて、今年開発したレシピではいちばんの大ヒット。家族から「また作って」のリクエスト殺到中なのです。

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トルコの人たちからは大ブーイングでしょうけどなあ。でもまあ大目に見てちょうだい。私イスラム教徒じゃないし。

トルコの人たちからは大ブーイングでしょうけどなあ。でもまあ大目に見てもらいたい。私イスラム教徒じゃないし。でもネーミングは悪乗りがちょっとすぎてるとは思います。

 

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じつはこれを思いついた日、スーパーでひと口カツ用の厚切りの肉が特売になっていたので手を出そうとしたら、娘から大抗議されたんですよ。

娘の反論

 「えー。トマトと肉っていう組み合わせなら何でもいいやん」と言ったら、「だめっ!重ねた薄切り肉の層の間にうまみがじゅわじゅわ~~っていうのがドネルケバブなんだから!」ですと。

 で、結論から言えばこの娘の言い分が大正解だったのです。たとえボーナスや宝くじが当選したあとでも、リーズナブルな切り落とし肉をお使いください。

見た目も華やかだし、子どもにも大人にもウケるし、お手ごろな切り落とし肉をごちそうに変身させるパーティーメニューとしてもおすすめです。ぜひ作ってみて下さいね。

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同じ発想で作った合い挽き肉のハンバーグもうまかったですよお。フライパンで表面を軽く焼いたハンバーグを、テフロンの鍋に移してトマトをどっさりのせて蒸し焼きに。トマトソースを作らなくても、うまみたっぷり。

同じ発想で作った合い挽き肉のハンバーグもうまかったですよお。フライパンで表面を軽く焼いたハンバーグを、テフロンの鍋に移してトマトをどっさりのせて蒸し焼きに。トマトソースを作らなくても、うまみたっぷり。

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『旅行人』編集長の蔵前仁一氏がかつて「泣かせる街だぜ」と表現したイスタンブールの風景。ちなみに庄野真代さんが1978年の大ヒット曲『飛んでイスタンブール』を現地路上で歌ったとき、この曲だけはあまりウケなかったそうな。さらに言えば、歌詞に「光る砂漠でロール・・・」とありますがイスタンブールに砂漠はないんですのよ。

『旅行人』編集長の蔵前仁一氏がかつて「泣かせる街だぜ」と表現したイスタンブール。ちなみに庄野真代さんが1978年の大ヒット曲『飛んでイスタンブール』を現地路上で歌ったとき、この曲だけはウケなかったそうな。なお、歌詞に「光る砂漠でロール・・・」とありますがイスタンブールに砂漠はないんですのよ。

 

イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側を結ぶ、ボスポラス海峡のフェリーは、現在日本の企業が掘っている海中トンネルが完成したら姿を消す。変わりゆくイスタンブール、この光景も過去の記憶の中だけのものとなる。

イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側を結ぶ、ボスポラス海峡のこのフェリーは、現在日本の企業が掘っている海中トンネルが完成したら姿を消す。かわりゆくトルコ、街角のぐるぐるドネルだけは消えないでっ。

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実は私がトルコで最も感動したのは、パンのおいしさ。ずばり、トルコのパンが世界一おいしい(同意見多数)。小麦の自給率が100%(日本は14%)で、常に新鮮な小麦が使用され、パン屋さんには「クオリティと安価を保つ義務」が政府から課せられているそうな。トルコ国民は安くておいしいパンを食べられることが国によって保障されてるんですな。

実は私がトルコで最も感動したのは、パンのおいしさ。ずばり、トルコのパンが世界一おいしいと思う。小麦の自給率が100%(日本は14%)で常に新鮮な小麦が使用されていること、「クオリティと安価を保つ義務」が政府からパン屋さんに課せられていることが、おいしさの根拠らしい。トルコ国民は安くておいしいパンが国によって保障されてるんですね。

意外にもパンがまずかったのがスイス。スイス在住の学者さんの話によると、「食品自給率が低い=自己防衛能力が低い、ということで、スイス政府は危機に備えて小麦をたくさん備蓄してるんです。スイスのパンがまずいのは、備蓄した古い小麦から消費するから」なんですって~! 永世中立国の国防が、パンの味と結びついてるとはねえ。

意外にもパンがまずかったのがスイス。スイス在住の学者さんの話によると、「食品自給率が低い=自己防衛能力が低い、ということで、スイス政府は危機に備えて小麦をたくさん備蓄してるんです。スイスのパンがまずいのは、備蓄した古い小麦から消費するから」なんですって~! 永世中立国の国防が、パンの味と結びついてるとはねえ。

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※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。

※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。

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きらきらきらっ。夏の太陽をたっぷり吸いこんだ熟れ熟れトマトなり~!

きらきらきらっ。夏の太陽をたっぷり吸いこんだ熟れ熟れトマトなり~!

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おほほほほ。おいしそうでしょう~♪ どっさりいただいたんです。完熟トマト。

並みのトマトとはちょっと違うんですよ。なんせトマトを知り尽くした専門家のおじさまから頂戴したのでね。裏ルートで。

業務用・加工向けに改良された品種らしくて、味も甘みより酸味が勝つと。ふだん買うトマトとは姿も違って、実も比較的ぎっちり詰まってる。

「通常の流通には乗せられない、100パーセント完熟させきったものだよ」

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ほくほく喜ぶばかりの私に、トマトおじさんは二つの課題を突きつけたのだった。

 ①    早く食べること。完熟ものだから。

②    どのように調理して食べたか、事後報告すること。

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うへえ。①はともかく、②はけっこうプレッシャーではありませんの。

「森さんの手にかかったらどうなるか楽しみだな。お手並み拝見だね」

トマトおじさんはうししと笑って新宿の雑踏へ消えていったのであります。 むむむ。むむむむむ。

↑こんなの生のまんま食べるのがうまいに決まってるやん~~!

↑こんなの生のまんま食べるのがうまいに決まってるやん~~!

 と心の中で叫ぶも、挑まれたからには応えぬわけにはいかんじゃろうて。

 というわけで私なりに思考錯誤した「こうやって食べました」を、ここで数回に分けて報告させてもらうのです。

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 加熱調理に向く品種といっても、さすがにグダグダに煮込むのはもったいないと思いまして。

そこでまず思い出したのが、イギリス南部のNorwichという町に住む友人・白雪姫(日本人)の家で食べさせてもらった、典型的なイングリッシュ・ブレックファースト(英国式朝食)でした。

 みなさまもご承知の通り、英国といえば朝食なのです。

みなさまもご承知の通り、英国といえば朝食なのです。

ソーセージやベーコンなどの肉製品に、あたたかい卵料理、パンやマフィンにはたっぷりのジャムを添えるのが基本(いわゆる大陸式コンチネンタル・ブレックファーストは温かい料理がつかない)。白雪姫の朝ごはんには、フライド・トマトも加わっていたのです。

朝食はどちらかといえば簡単に済ませる国や民族が多い中、ボリュームのある温かい料理を時間をかけて楽しむのが独特の英国流。ビクトリア王朝時代に富裕貴族が好きなだけ寝てゆっくり起きてきてから召し使いが作った料理をのんびり食べた・・・といったところから始まった流れだそうな。

 

食の専門家に今なお読み次がれている『世界の料理』のイギリス料理編(タイムライフ刊/エイドリアン・ベイリー著)の、ほぼ冒頭にこんなページがあります。「日に3度食べたい朝食」って。へへ。やっぱりイギリスにはそれしかないってことかいなと、ついいぢわる言いたくなっちゃう。

食の専門家に今なお読み次がれている『世界の料理』のイギリス料理編(タイムライフ刊/エイドリアン・ベイリー著)の、ほぼ冒頭にこんなページがあります。「日に3度食べたい朝食」って。へへ。やっぱりイギリスにはそれしかないってことかいなと、ついいぢわる言いたくなっちゃう。

 

調理中の白雪姫。自宅で日本料理教室を開く腕前。

調理中の白雪姫。自宅で日本料理教室を開く腕前。

トマトはソーセージとマッシュルームに8分め火が通ったところで投入。卵は別のフライパンで調理。トマトの酸味と肉汁がまざりあって・・・ひ~たまらん。

トマトはソーセージとマッシュルームに8分め火が通ったところで投入。卵は別のフライパンで調理。トマトの酸味と肉汁がまざりあって・・・ひ~たまらん。

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 ここで少し、友人の白雪姫について解説させてもらいましょう。

 白雪姫は、私の高校時代のクラスメイト。雪のように肌が白く、しかもお姫様並みのお嬢さま育ちだから白雪姫なのです。

学生時代からイギリスびいきで、どうやら中一のころから英語がペラペラだったらしいのだけれど、これがねっちねちの英王室英語=クイーンズ・イングリッシュで。アメリカ人教師(米・オレゴン州出身)による英語の授業でも、もう嫌味なくらいにクイーンズ・イングリッシュを貫いた、いやーな生徒でねえ。

成績抜群だからかえって癖が悪い↑

成績抜群だからかえって癖が悪い↑

わが道を行くっぷりは超一級。たとえばこういう↓質問をしても

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返ってくるのが

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凡人にはちーっとも参考にならん回答だったりして、要するに変人なんだけど―――なぜだかどっぷり四半世紀ものおつきあいが続いておるんですねー。

ディスコ、大阪のガイジン社会、嘉門達夫、大相撲・・・あらゆる感化を彼女から受けたもんだ。

 ・・・

そんな彼女が高校時代からつきあっていたリチャードという英国人と数年前に結婚して、現在暮らしているのが英国南部のNorwich。二年前、欧州旅行の最後にちょっくら足を伸ばして行ってきたのです。

 

とうぜん私も高校時代からの顔見知りで「すけべりっちゃん」と呼んでいるリチャードと、ダルメシアンのクリスピン(クリぼっちゃん)が白雪姫の家族。高級住宅街の典型的な英国式邸宅(日本庭園つき)で、姫は日本語教室や日本料理教室を開催。

とうぜん私も高校時代からの顔見知りで「すけべりっちゃん」と呼んでいるリチャードと、ダルメシアンのクリスピン(クリぼっちゃん)が白雪姫の家族。高級住宅街の典型的な英国式邸宅(日本庭園つき)で、姫は日本語教室や日本料理教室を開催。(日本人の語学留学・ホームステイも受け入れています。詳細知りたい方は森までご連絡ください)

で、もはやネイティブ英国人よりよっぽど英国人らしい姫による英国式朝食をいただいたわけですが・・・実はこれが、私にとってはじつに思い出深い朝食なったんですよね。

 なぜなら・・・前夜にこんな↓ことがあったからだっ。 

二週間のハードな旅の末にはるばる辿り着いたら、テーブルに味噌汁・だし巻き卵・サバの塩焼き・ほかほか炊きたてコシヒカリ・漬物など素晴らしい和定食が準備されていた・・・のだ・・・が、

二週間のハードな旅の末にはるばる辿り着いたら、テーブルに味噌汁・だし巻き卵・サバの塩焼き・ほかほか炊きたてコシヒカリ・漬物など素晴らしい和定食が準備されていた・・・のだ・・・が、

 

うわあ、メインディッシュが~~!!!

うわあ、メインディッシュが~~!!!

泣く泣く訴えたものの、

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返ってきた言葉は↓

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(みなさん。ペットの過剰な溺愛は第三者に大きな被害をもたらします。ご注意ください)

・・・ 

それだけに、

ヤツ(過保護クリぼん)から死守した朝食は、

ヤツ(過保護クリぼん)から死守した朝食は、

狙い定めるクリぼっちゃん

フライド・トマトの酸味と緊張感の相乗効果でひときわうまかったという話なんです、よっ。

・・・・・・ 

ロイヤル英語と泉州弁のバイリンガルである宿敵クリぼんは「なんでお前にひっぱられなあかんねや」と不満顔。

ロイヤル英語と泉州弁のバイリンガルである宿敵クリぼんは「なんでお前にひっぱられなあかんねや」と不満顔。

 

再現した白雪姫ブレックファースト。ベーコンとマッシュルームにトマトの酸味と卵黄のとろ~りが混ざって激うま。加熱するならフルーティーなものより酸味の強いトマトのほうがいいと確信。

再現した白雪姫ブレックファースト。ベーコンとマッシュルームにトマトの酸味と卵黄のとろ~りが混ざって激うま。加熱するならフルーティーなものより酸味の強いトマトのほうがいいと確信。

 

とうぜん生でもいただきました。皮がしっかり厚めで「これぞ元祖トマト」な懐かしい味。きっと最近のトマトはずいぶん甘みが増したんだなあ。

とうぜん生でもいただきました。皮がしっかり厚めで「これぞ元祖トマト」な懐かしい味。きっと最近のトマトはずいぶん甘みが増したんだなあ。

 

食パンにトマト+チーズをのせてトースト、が女子中学生のお気に入り。

食パンにトマト+チーズをのせてトースト、が女子中学生のお気に入り。

 

そういえば「おやつ代わりにトマトに砂糖をかけて食べた」って人、いますか? 北海道育ちの知人は「うちだけの変な習慣と思ってた」って言うんだけど、私の大阪の実家でもたまに父がやっていたのよね、昔むかーし。

そういえば「おやつ代わりにトマトに砂糖をかけて食べた」って人、いますか? 北海道育ちの知人は「うちだけの変な習慣と思ってた」って言うんだけど、私の大阪の実家でもたまに父がやっていたのよね、昔むかーし。

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御茶ノ水の聖(ひじり)橋(ばし)から見下ろす神田川。「これが私が東京でいちばん好きな風景なんだよ」と言うと、コイさんは喜んで写真を撮りまくった。

御茶ノ水の聖橋(ひじりばし)から見下ろす神田川。「これが私が東京でいちばん好きな風景」と言うと、コイさんは喜んで写真を撮りまくった。

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ポーランドからやって来たベトナム人科学者のコイさんが、半日だけ時間があるというので、東京ガイド役をつとめることになったのです。

 喜んで引き受けたものの、はて、どんなプランで案内すればいいのやら。

 むむむ。

 同じように悩んだことのある人はきっと多いでしょう。ひとことで観光といっても、相手の性格や性別や年齢によって「これや」というものは違うわけだし。そもそも住んでる人間のほうが、現地の観光事情にうとかったりするし。

はとバスに乗せるのが一番簡単で合理的だけど、コイさんは残り少ない日本での時間、もっと私と話したい模様。天気予報によると、その日の東京はこの夏最高の暑さを迎えるらしい。となると・・・?

というわけで英語ペラ男の日本人トモさん(=ガイジン慣れしてる)に泣きついて、アドバイスを求めたのです。

 ・・・・・・

 で、返ってきたトモさんからの回答というのがね。

「やっぱり浅草じゃない?」・・・のひとことなのだった。

・・・・・・

 はあ。浅草ね。やっぱりそうきたかね。けっきょくガイジンさん=浅草なんかね。

 「うん。たしかに浅草は王道すぎるかもしれない。けどね、なんだかんだいって外国の人に喜ばれる要素が浅草には揃ってると思うんだよね」

 あまりにもプロトタイプだとは思ったんだけど、トモさんにそう言われて、なるほどなあ、やっぱり浅草にするかなあ・・・という気になってきたのです。

 ただしトモさんが付け加えた「浅草のあと月島へ行ってもんじゃ焼き」というオプション案をきっぱり否定したのは、「あんなもん食べ物やあらへん(=もんじゃ焼は食べ物として認められるべきではないでしょう)」と叫ぶ関西人(わたくし)の血のせいにほかなりません。

 ・・・・・・・

 ところがね。そんなこんなで浅草中心にコースを組みあげたにもかかわらず、当日になってから衝撃的な事実が判明したのでした。

「ユウコさん、昼からではなく、朝から時間が取れることになりました♪」

「昨日、浅草を観光してきました♪」

がーん。

このときの私の心境は、さながら『ベルサイユのばら(9巻)』のフェルゼン伯爵↓

 苦悩のフェルゼン

でもつべこべ言ってるわけにはいかんので、急遽『王道浅草プラン』を『新宿~夜の六本木コース』に変更したのであります。

さて。そんなどたばたの東京見物記、ぜひご笑覧ください。

 ・・・

 

「東京の交通機関はまったくわからない」というコイさんを迎えに行き、新宿へ。

「東京の交通機関はまったくわからない」というコイさんを迎えに行き、新宿へ。

なんでもワルシャワには地下鉄は一本しか通ってないらしい。こんな路線図、そりゃあたまげますわな。

なんでもワルシャワには地下鉄は一本しか通ってないらしい。こんな路線図、そりゃあたまげますわな。

・・・

じつはね、「暑いから歩き回るのは避けて、東京都庁の45階にある展望台から昼の東京を見渡す」ってことにしちゃったんですよ。

結果的にはこれが大正解でねえ。

 

「こんなに高い建物はワルシャワにはありません!」「高名な日本人建築家による設計だが、窓拭きにやたらとコストがかかるフォルムは都民から不評」と生きた声を聞かせておきました。

「こんなに高い建物はワルシャワにはありません!」「高名な日本人建築家による設計だが、窓拭きにやたらとコストがかかるフォルムは都民から不評」と生きた声を聞かせておきました。

45階からの眺望にコイさん大歓声。無料だし、エアコンも効いているし、カフェやガイジンサンが喜びそうなみやげ物ショップもあってグッド。

45階からの眺望にコイさん大歓声。無料だし、エアコンも効いているし、カフェやガイジンサンが喜びそうなみやげ物ショップもあってグッド。

・・・・・・ 

ちなみに・・・ せっかくだからと着ていった浴衣への反応はというと「・・・夏だから仕方ないと思うけど、映画『SHOGUN(将軍)』に出てくるような豪華なキモノ姿が見たかった」ですと。あのな~~・・・。

・・・・・・

あれがオリンピック競技場、東京タワー、こっちが明治神宮で・・・と説明していくと、自動的に日本の高度経済成長期や天皇制や住宅事情、さらに派生してポーランドとの比較や戦争と平和の話などあらゆる話題に展開して盛り上がり、結局ここでの滞在時間はなんと3時間に。この展望室が入場無料であることに驚いていたので、「私が税金を払っているおかげだ」と恩を着せておきました。

もともとベトナムにはお茶をアイスで飲む習慣はなかったはずだけど(最近は飲むらしいが)、コイサンはペットボトルのアイス緑茶がお気に入りに。

もともとベトナムにはお茶をアイスで飲む習慣はなかったはずだけど(最近は飲むらしいが)、コイサンはペットボトルのアイス緑茶がお気に入りに。

以前イタリアから東京観光に来た友人・ラッフェーラ姉妹(自著『旅くらげゆらゆら』にも登場/講談社電子コミック)は、滞在10日間中なんと4日間も、ヨドバシカメラですごしたのです。

だからきっとコイさんも。

と思いきや・・・ 

コイさん、興味ゼロ。

コイさん、興味ゼロ。

一階のパソコン売り場をすーっと素通りしたのみ。百貨店にも入ったけど、これまたコイさん興味しめさずだったのであります。

ひええ、ショッピングに2~3時間費やす予定だったのにいいい~(ふたたびフェルゼン)。

IMG_0164

のらりくらり。だましだまし。晩ごはんまでの中途半端な空き時間を、おしゃべりしながらそぞろ歩き。

そのときキラッとひらめいてゲームセンターのプリクラに連れて行くと・・・

これがドンピシャの大ヒット。コイさん大はしゃぎ。落書き機能でサインと日付を入れるコイさん。

これがドンピシャの大ヒット。コイさん大はしゃぎ。落書き機能でサインと日付を入れるコイさん。

あまりにも気に入って、

あまりにも気に入って、

1シートまるごと持って帰っちゃった。日本でいちばんお気に入りのおみやげとして、ポーランドで、ベトナムで、披露されるであろうリラックマ。

1シートまるごと持って帰っちゃった。日本でいちばんお気に入りのおみやげとして、ポーランドで、ベトナムで、披露されるであろうリラックマ。

 ・・・

数奇屋風の内装の和食レストラン「かに道楽」へ。ディナータイムに琴の生演奏があるからここを選んだのです。ガイジンさんに喜ばれないわけがなく、特別チャージが取られるわけでもなく、案内人としては一石二鳥。

数奇屋風の内装の和食レストラン「かに道楽」へ。ディナータイムに琴の生演奏があるからここを選んだのです。ガイジンさんに喜ばれないわけがなく、特別チャージが取られるわけでもなく、案内人としては一石二鳥。

 

カニづくし会席の、カニの刺身。「熱を通してない生のカニ」人生で初挑戦の図。恐る恐るひとくち食べて、「あとはユウコさんが食べてちょうだい」。でも貴重な体験ができたと満足。いちばん気に入ったのはカニの唐揚げ。

カニづくし会席の、カニの刺身。「熱を通してない生のカニ」人生で初挑戦の図。恐る恐るひとくち食べて、「あとはユウコさんが食べてちょうだい」。でも貴重な体験ができたと満足。いちばん気に入ったのはカニの唐揚げ。

でもここで何よりありがたかったのは、和服姿の若い女性店員さん(我々のテーブル担当)がかわいくて超親切だったこと。店を出るとき、その彼女が忙しい合間をぬってエントランスまで駆けてきて見送ってくれて、コイさんは「日本のホスピタリティは素晴らしい。この店でのひとときを一生忘れない」と大感激したのであった。ありがとう、かに道楽新宿駅前店。

 ・・・

夜の六本木、東京ミッドタウンへ。

「夏の間、夜に屋外で60メートルの高さまで水を噴き上げる水と光のショー(水花火)がおこなわれるんだって」というトモさん情報に飛びついたのです。

助っ人として英語使いのトモさんが合流してくれて、助かったあ。建築家のトモさんならではの解説がつき、トレンディなスポット観光もひとあじ違ったものに昇華。

助っ人として英語使いのトモさんが合流してくれて、助かったあ。建築家のトモさんならではの解説がつき、トレンディなスポット観光もひとあじ違ったものに昇華。

・・・・

次に、東京で最高層の展望台、六本木ヒルズの展望フロアへ。入場料は一人1500円なんだけど、「コンビニで前売りチケットを買って行こう。一人1200円になるから」というトモさん情報のおかげで3人で900円も節約できました。あっぱれ。

 六本木ヒルズと言えば、大成功をおさめたものの獄中の人となったホリエモンがかつててっぺんに住んでいた建物。こういうエピソードもコイさんを喜ばせた。

 

国際線パイロットの多くが「世界でいちばん美しい」と絶賛する東京の夜景を一望。東京タワーからの夜景も私は大好きけど、六本木ヒルズ52階からはその東京タワーも含めた夜景を眺められて、超ファンタスティックなのです。

国際線パイロットの多くが「世界でいちばん美しい」と絶賛する東京の夜景を一望。東京タワーからの夜景も私は大好きけど、六本木ヒルズ52階からはその東京タワーも含めた夜景を眺められて、超ファンタスティックなのです。

感激して写真撮りまくりのコイさんから「ユウコさん、なぜ東京が暑いのかわかりました。こんなにたくさん電気を使ってるからですね」と言われてドキッ。なるほどなあ。たしかになあ。

・・・

かくして、コイさんの初めての東京観光は、ど素人ガイドのどたばた案内によって、完了したのでした。

・・・・・・・ 

明日日本を発つコイさんは、地下鉄の中で、言いました。

「私が滞在中に出会った日本人はみんなが素晴らしく親切で知的で、不親切な人は一人もいませんでした。歩道には盲人用のプレートがあり、人々は信号と秩序を守って通行し、清潔で、オリジナリティがある。東京では街を歩く一歩ごとに発見と感動がありました。

私は祖国の戦争の後にさまざまな都市を訪れ暮らしましたが、これはほかの都市では得られない感慨です。

けっきょく大事なのは人。いくらほかのアジアの国々がいま経済成長していても、日本人の素晴らしさは越えられないんじゃないでしょうか。世界は画一化と効率が優先されていますが、それだけの世界には本当の実りはないと思うのです。この感激は言葉になりません。娘のイザランも日本を見るべきです」

 嬉しいじゃないですか。

観光資源はもちろん大事だけど、けっきょくその街の印象は、会った人、すれちがった人で決まるものだと自分自身の旅行経験を通しても感じているから、コイさんには共感するのです。

日本人は誇りを持っていいし、ふんばってでも誇りを持ち続けなくちゃいかんのね。

誇りとは、「大きな声で自慢できること」。それが私の解釈。

この一日はきっとコイさんを喜ばせたけれど、私が誇りを得る経験でもあったと思うのです。つくづく。

 

 ・・・

別れ際。コイさんの目にはうっすらと涙が。

別れ際。コイさんの目にはうっすらと涙が。

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 みなさんも、おすすめのガイジンさん案内コースがあれば、ぜひ教えてくださいね!

 ・・・・ 

花屋で足をとめてブーケを買い、プレゼントしてくれた♪

コイさんは花屋で足をとめてブーケを買い、プレゼントしてくれた♪

かしづいて手の甲にキッス! どアジア顔であるにもかかわらず板についてるのは、フランス被植民地だったベトナム出身でヨーロッパ在住の紳士ならではやなーと感心したのです。

かしづいて手の甲にキッス! どアジア顔であるにもかかわらず板についてるのは、フランス被植民地だったベトナム出身でヨーロッパ在住の紳士ならではやなーと感心したのです。

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ガイジンさんと充実した交流ができたとき、話を聞いた夫はたいていこう言って涙を流す。今回もそう。ちなみに彼の夢とは「世界平和」。単純すぎるけど・・・ええ男でっしゃろ。

ガイジンさんと充実した交流ができたとき、話を聞いた夫はたいていこう言って涙を流す。今回もそう。ちなみに彼の夢とは「世界を平和にすること」。単純すぎるけど・・・ええ男でっしゃろ。

 

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※ぜひコメントを書き込んで下さい。ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね!

※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。

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注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。

 

ポーランドのワルシャワから東京にやってきた、ベトナム人のコイさんと感激の対面。じつは会うのも話すのも初めてなんだけど、顔を見るやいなや抱きあって、ぴょんぴょん跳ねながら会えた喜びを分かち合ったのです。

ポーランドのワルシャワから東京にやってきた、ベトナム人のコイさんと感激の対面。じつは会うのも話すのも初めてなんだけど、顔を見るやいなや抱きあって、ぴょんぴょん跳ねながら会えた喜びを分かち合ったのです。

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いやあ。まさかこんな対面が実現する日が来るとは。

 コイさんは、ポーランドのワルシャワからやって来たベトナム人科学者。学会で発表するための8日間の初来日。

日本に着くやいなや電話をくださったので、飛んで会いに行ってきたのです。

 なんじゃそりゃ。いったいどういう関係か、というとですね。

ずばり、私がネット上で知り合った友だちのお父さんなのです。

 ・・・・・・

もとをたどれば、私がご執心のセルビア人歌手マリヤ・シェリフォビッチがきっかけだったりするんですが(まただよ)。

marijamarija 

マリヤちゃん情報をネットで血まなこで追っかけるうち・・・

agnieszka 

やはり熱狂的なファン、ポーランドのアグネス↑(才女)とネット上で仲良しになる。

 izalan

アグネスの隣人の、当時16歳だったベトナム人の女の子・イザランちゃん↑が「私も日本人と友だちになりたい!」と熱望。

 で、日本代表として、チャット交流が始まり、かれこれ3年。

 そのイザランのパパがこのたび来日、対面が実現、

izadady 

・・・というわけなのです。

うへー。なんとも21世紀的な出会いですよねえ。

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なぜイザランが日本に興味を持つようになったかというと、ずばり、彼女が日本のアニメの大ファンだから。

 

イザへのプレゼントを探すために秋葉原のアニメ・ショップへ。店内には金髪さんからアジア系まで、外国人がうようよ。みんな熱心で嬉しそう。アニメは日本の貴重な輸出資源、世界を喜ばせるカルチャーなんだねえ。

イザへのプレゼントを探すために秋葉原のアニメ・ショップへ。店内には金髪さんからアジア系まで、外国人がうようよ。みんな熱心で嬉しそう。アニメは日本の貴重な輸出資源、世界を喜ばせるカルチャーなんだねえ。

 

イザのお気に入りは『ヴァンパイア・ナイト』。その他にもいろいろあるらしいけど、私にゃわからん。これまでにも『NARUTO』『スラムダンク』などの本を送ってあげた私は完全にかわいこちゃんにやられたパトロン状態。

イザのお気に入りは『ヴァンパイア騎士』。その他にもいろいろあるらしいけど、私にゃわからん。これまでにも『NARUTO』『スラムダンク』などの本を送ってあげた私は完全にかわいこちゃんにやられたパトロン状態。

・・・

唐突に「月にかわっておしおきよ!」なんて言ったりして私を驚かせるイザラン。

日本アニメをインターネットでむさぼり見るうち覚えたのにくわえ、日本語講座やテキストなどでも勉強しているとのことで、けっこうなレベルまで読み書きができるようになっている。

『好きこそものの上手なれ』の、まさに体現なのであります。

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イザとアグネス、二人からの贈り物♪ ワルシャワの写真集と、度数50度の強いお酒と、チョコレートという豪華版。

イザとアグネス、二人からの贈り物♪ ワルシャワの写真集と、度数50度の強いお酒と、チョコレートという豪華版。

写真集にはイザからの解説がいちいち付箋で貼られている。「ここの広場のアイスクリームは世界一おいしい」「6歳のとき家族で遊んだ公園」「ここがアグネスが通ってるワルシャワ大学」「ハハハハハ!超かわいそうな銅像(↑写真)」・・・泣けてくるほど嬉しい。

写真集にはイザからの解説がいちいち付箋で貼られている。「ここの広場のアイスクリームは世界一おいしい」「6歳のとき家族で遊んだ公園」「ここがアグネスが通ってるワルシャワ大学」「ハハハハハ!超かわいそうな銅像(↑写真)」・・・泣けてくるほど嬉しい。

パパのコイさんは、「ユウコと会ってプレゼントを渡してきて!」という娘からの願いを叶えてあげられたのが嬉しくてたまらないといった様子で、たくさんの話を聞かせてくれました。

 ・・・・・・・・・

 1952年、ベトナムの首都・ハノイで生まれたコイさんは、現在59歳。

そう。つまり、ちょうどあの1960~70年代のベトナム戦争のころに青春時代をすごしたってこと。

 ベトナム戦争。

小学生だった当時に見たニュース映像、私は今でもよく覚えてる。たしかあれは私たちが見た、モノクロではない初めてのカラー映像の戦争だった。校長先生が朝礼で、「ベトナムの子どもたちはいま大変」という話をした。

 あの映像の向こう側で、コイさんも生きていたのね。校長先生が「大変だ」と言っていた、その子どもがコイさんなんだね。

 事実、彼の人生は波乱万丈だったらしい。

戦争終結とともに国を出て必死で勉強して働いて転々として、ようやく落ち着けた4つ目の国が、今暮らしているポーランドのワルシャワなんだそうな。

 結婚相手はやはりベトナム人の同級生。

ポーランドに来てからすぐの1982年に長女イザランが誕生し、今は2DKのアパートでの家族四人暮らし。

「つつましやかだけど、とても幸せなんです」と、コイさんは語るのです。本当に、噛みしめるように。

 ・・・・・・・・・

 ポーランドに暮らすベトナム人にとって、アイデンティティや習慣の中心はどこにあるのか。それは私にとって大きな関心事でありました。

ニューヨークのイタリア人も、マレーシアのインド人も、ベルギーのトルコ人も、いわゆる在外移民というのはそれぞれがそれぞれのコミュニティを持ち、現地に馴染みながらも他民族とは交わらないモザイクのような生き方をしているという印象が強いのです。

ではイザの場合はどうなのか。彼女はかつてこう↓語っておりました。

「ベトナムに行ったことはあるけど、そこが自分のルーツだっていう実感や感慨はないの。私にとっては里帰りというより、ママとパパのための旅行という感じかな。

でもおばあちゃんたちに会うのは嬉しい。泣いて喜んでくれるから」

 彼女が「今からごはん作って食べる」というときのメニューはだいたい、レンジでチンのハッシュド・ポテトやパスタ、ポップコーン。ベトナム料理はママがたまーに作ったことがあるという程度らしい。だから「ユウコすごい! 私よりもよっぽどたくさんベトナム料理の名前を知ってるね」とイザから驚かれて驚いたのは、むしろ私のほうだったりするのですよ。

 私のほうがベトナム通

彼らは家庭内ではベトナム語も話すらしいけど、ワルシャワで生まれ育ったイザにとってはポーランド語のほうが母語なのです。

つまり彼女はもはや、私がベトナムで知り合ったベトナム人たちとは違うニュータイプ。

「ベトナムを知らないベトナム系ポーランド人」を、ワルシャワという土地で生きているのね。

 ・・・・・・・・・

 「コイさんは、いずれポーランドを離れて、ベトナムへ帰るつもりですか?」

 すると彼は、オレンジジュースに一度口をつけてから、にっこり笑ってこう答えたのでした。

 「それはとても難しい質問ですね。

私にとってベトナムは、世界のどんな快適な場所よりもくつろげる永遠のふるさとです。正直なところ、帰りたい。年老いた母のことも心配ですし、できればハノイで暮らしたいんです。

でもね、ユウコさん。私の今の仕事や家族は、ポーランドのワルシャワにあるのです。

私にとってはベトナムが故郷でも、ワルシャワで芽を吹き育った子どもたちにとってはそうではない。彼らがこれからベトナムで暮らすことは、彼らにとってはむしろ不自然です。彼らがそれを希望するとは思えないし、私も強要したくありません。彼らには彼らの人生を歩んでほしいんです。

私が退職したらハノイに戻る可能性はあります。でも、どうするかはまだわかりません。

かつてベトナムで生まれ育ったことも、今ポーランドで家族と暮らしていることも、両方が私の人生だから」

 ・・・・・・・・

 ちなみにパパにとっての目下の悩みは、イザの現代っ子っぷりらしい。

 「イザは賢い子なんですが、ちょっと目を離すとネットにばかり浸って。さいわい住まいが狭いので、私がいるときはイザも渋々電源を切るんですけどね」

あはは、そりゃいい環境だ。

「最近の若者は、イザも含めて、生まれたときからモノが豊富な環境で育ってるでしょ。がまんしたことがない。ストレスに弱い。夢や目標を持とうという意識が薄い。いいのかこれでって思っちゃいます」

 どうやら悩みどころは、あっちもこっちも同じみたいですなあ。

 でもね、コイさん。

少なくともイザランには、具体的な夢があるみたいですよ。

私、夜中にさんざん聞いてるからね。

 ・・・・・・・・・

 「ユウコさん、私はね、日本のアニメを日本語で理解できるようになりたいんですよ。そしていつか日本へ行って、日本人のボーイフレンドを見つけるの☆きゃは」

 ↑ずばりこれがイザランの夢らしい。かなり本気。

 でもねイザ。ボーイフレンドは国籍で選ぶもんじゃないよ。決めつけないほうがいいよ。

 「えーっ。私、日本人のことけっこうわかってるつもりですよ。アニメを通して。きっと感性があうなーって思うんです♪」

 ・・・んなもん、バーチャルな世界やがな。

だいたいイマドキの日本男子はやわやわのモヤシが多いから、ポーランドで肉食系の男前をゲットしたほうがいいって。イザは可愛いから、漁り放題やん。

「ポーランドの男の子には興味ないんですってば。とにかく将来日本へ行って、アニメを日本語ですらすら楽しめるようになって、日本人のボーイフレンドをゲットするんですよーだ」

 どうです。若いでしょ。かわいいでしょ。心配でしょ。

 まあその時は、おばちゃんが何かと世話を焼いてあげるしかないでしょうよ。

 ワルシャワのアパートと東京の窓の間に奇しくも糸がつながって、こうして引き合い始めたんだから。地球上、数十億分の一の砂粒みたいな確率をぬって。ねえ。

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超かわゆいでしょ~ん。2010年1月1日・元旦生まれのレナ。生後約8ヶ月。私のセルビア通いがきっかけで知り合った隣町に暮らすセルビア人+日本人カップルの間に誕生したかわいこちゃん。ママのおなかにいたときから見守ってきた私にとっては、もはや孫なのよ孫。

超かわゆいでしょ~ん。2010年元旦生まれのレナ。生後約8ヶ月。うちの隣町に暮らすセルビア人+日本人カップルの間に誕生したかわいこちゃん。ママのおなかにいたときから見守ってきた私にとっては、もはや孫なのよ孫。

…………………………….

友人のフリー編集者Tから「撮影のモデルになってくれるかわいい赤ちゃんを探しているのだが」という打診がありまして。

だから即答したのです。

「何を寝ぼけたことを言っているのだ。かわいい赤ちゃんといえばレナしかおらんわい」

というわけで、にわか半日マネージャーとなったわたくし。

お豆腐みたいにやわらかいレナをおべべにくるみ、べっぴんママとともに運んだのです。

所は渋谷某所の、おっしゃれ~なハウス・スタジオ。

所は渋谷某所の、おっしゃれ~なハウス・スタジオ。

さいわい始終ご機嫌で、4カットの撮影はさくさく進行。

さいわい始終ご機嫌で、4カットの撮影はさくさく進行。

レナが笑うとみんなが笑う、和やかな現場。

レナが笑うとみんなが笑う、和やかな現場。

撮影後に編集者Tから送られてきたメールには、「子どもってすばらしい。みんなが優しい笑顔になる」。

 

↑「むわははは、私の手柄」とご満悦の敏腕マネージャー(く、黒い)。

↑「むわははは、私の手柄」とご満悦の敏腕マネージャー(く、黒い)。

レナが登場する本が完成したら報告しますので、孫じまん、また聞いてやってくださいまし。

・・・・・・・・・・・・・・・

いや、じつはね、レナは日本人のパパにそっくりなんですよ。

セルビア人のママから日本人にそっくりな赤ちゃんが生まれてくるんだから、つくづく遺伝子ってすごいものだと、レナの顔を見るたびに痛感しておるのです。

ここで、遺伝についての話を少し。

 数ヶ月前にレナがセルビアに里帰りしたとき、セルビア人たちに何より驚かれたのは↓

蒙古斑

↑レナの背中の蒙古斑(もうこはん)だったそうな。

蒙古斑はモンゴル・日本を筆頭とする東アジアのいくつかの民族、アメリカ先住民など限られた民族だけに見られる(可能性がある)現象らしいので、蒙古斑の知識も見た経験もない欧州の人にとっては「何これ?」な現象なわけですね。

 いっぽう、逆に日本人にとってびっくり仰天なのは、あちらの赤ちゃんは生まれて3~4ヶ月ぐらいで頭髪がいったんすべて抜け落ちるってこと。

赤ちゃんの脱毛

あちらの方たちにとっては「抜け落ちるからこそその後(生後9~10ヶ月ごろ)に美しい髪が生えてくる」という、いわば常識らしいんだけど。

参考までに見てみると。たしかにね。こんな↑ふさふさ級の赤ちゃんって、ヨーロッパでは見たことないもんね。

参考までに見てみると。たしかにね。こんな↑ふさふさ級の赤ちゃんって、ヨーロッパでは見たことないもんね。

だからレナのママは初めて日本に来たとき、「赤ちゃんに髪がたくさん生えている!?」って、驚いたんだそうな。

やっぱり同じ人間でもいろいろ違うものなんですなあ。

・・・・・・

そして面白いのは、レナには蒙古斑と髪の抜け落ち、どちらの現象もしっかり現れたってことであります。

髪が抜け始めたのは生後6ヶ月ごろで、ピュア・セルビア人より少し遅めではあったらしいけれど。

パパとママ、日本とセルビア。

レナは二種類の民族の遺伝子と、そしておそらく文化も継承しつつ、これから大きくなって行くのでしょう。楽しみだねえ。

 ・・・・・・

オーストラリア人と結婚した同級生が、生まれた子どもをハーフと呼ばれることには抵抗があると言っていた。「うちの子はハーフ=半分じゃない。ふたつを併せ持った、ダブルなんだから」

オーストラリア人と結婚した同級生が、生まれた子どもをハーフと呼ばれることには抵抗があると言っていた。「うちの子はハーフ=半分じゃない。ふたつを併せ持った、ダブルなんだから」

 

あまりにもわかりやすすぎた、遺伝子のすごさを物語る懐かしのエピソード。どう見ても、夫はこの男女の間に生まれたミックスなんだ。初対面だから一応おしとやかにしようと思ってたのに、笑いをこらえるのがどれほど苦しかったことか。

あまりにもわかりやすすぎた、遺伝子のすごさを物語る懐かしのエピソード。どう見ても、夫はこの男女の間に生まれたミックスなんだ。初対面だから一応おしとやかにしようと思ってたのに、笑いをこらえるのがどれほど苦しかったことか。

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インドの首都デリーにて。ホテルの部屋にいたら、楽団の奏でる音楽が外のストリートから聞こえてきたから飛び出したらこの光景。馬に乗って、これから花嫁のいる会場に向かう花婿。

インドの首都デリーにて。ホテルの部屋にいたら、楽団の奏でる音楽が外のストリートから聞こえてきたから飛び出したらこの光景。馬に乗って、これから花嫁のいる会場に向かう花婿。

・・・・・・

 インドのヒンズー教徒の結婚と、カーストのかかわりについての話です(上の写真とは関係がありません)。

古くヒンドゥー教の教義に基づいて4つの身分に分かれるカースト。

ガンジーがインドを建国した1950年に法律で禁止されたものの、じっさいには今なお人々の暮らしに根ざしているのが現状で、「結婚は同カースト同士で」というのは言わずもがなの大前提になっているとか。

 ヒンドゥー教徒においては、結婚はもちろんお見合いさえも同カースト同士でしか成立しない、異カーストではまずあり得ない、のだそうです。

 聞いてはいたけど、そしてインドの現実はやはり、そうなのだった。

 ・・・・・・・

日本人の感覚では「身分に束縛されて自由な恋愛ができないなんて理不尽、人権無視」「ロミオとジュリエットみたい=悲劇」と否定的に思われがちで、事実、カーストがインド社会にさまざまなマイナス要素をもたらしているのも事実らしい。

 では、今すぐカースト的慣習を根こそぎ消滅させれば円満かというと……そればかりじゃなさそうだな、むしろ混乱を招いたり、具体的には職を失ったり結婚できなくなる人も増えるんだろうなという印象を私は抱いています。

是非はともかく、5000年におよぶ長きにヒンドゥー教徒として生きてきた彼らにとっての、これが「あたりまえ」なのでしょう。

 ・・・

多くの若者にとっても、それが結婚の価値観の基盤になっていることがうかがえました。

「恋愛結婚したいと思う?」と質問したら、返ってきた答えがほぼ「ノー」だったんですね。

 「親が納得する結婚がいちばん平和で安心」

「結婚はふたつの家同士の交わりだから、それがうまくいくことが第一」

「燃え上がった恋愛のピークを持続していくよりも、円満に縁がついた相手とゼロから築いていくほうにエネルギーを注ぎたい。それが結婚だと思ってる」

 恋愛結婚から派生して、カースト問題に関する声も聞こえてきました。

 「たとえば異カースト同士で結婚したら、親戚間はもちろん、社会的にも孤立する要素がてんこもりなんだよ。生きていく上で弊害になる結婚なんてうまくいかないと思う。地球上に夫婦ふたりきりしかいないならともかく」

「異性とつきあうとき、カーストは気にするものだよ、とうぜん」

 これらはもちろん、私個人がたまたま知り合ったほんの数人の若い男女の意見であって、これがインドを代表する意見とは言いません。

 ただ、要するに、自分がカーストが異なる相手と結婚する可能性については、

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↑というのがおしなべた感覚なのかな、という印象なのであります。

 ・・・・・・

インド映画ではたまたま知り合った男女が恋に落ちるラブ・ストーリーが多いので、「じつは誰もがドラマチックな恋愛結婚(相手のカーストを考えなくてよい恋愛の成就)に憧れているのではないか」と思っていたのだけれど、考えていたのとはちょっと認識が違ったかも。

 彼らはなにも恋愛をあきらめたり、ましてや馬鹿にしてるのでもない。

ただ、結婚のコンセプトというか、輪郭のようなものが、現代の若い世代の日本人よりもくっきりしているのかもしれません。

 ・・・・・・

なお、仮に異カースト同士で結婚すると夫婦そろって低いとされるほうのカーストに属さなければならないため、いわゆる「上カーストの相手と結婚して自分も格上げ」みたいなことは望めないしあり得ないそうな。

 ・・・・・・

 ちなみに以上は、インドのヒンズー教徒の話。ほかの信仰を持つ人たちや、異教徒間の結婚についてはまた別の機会に。

 

5年前、娘とともに訪れたインドの村の幼稚園。さまざまな宗教とカーストの子どもが手をつないで、輪になって、じゃれあったりケンカしたり。いわゆる不可触民(カースト外)の子どもも二人いるんだけど、見分けなんてつかないでしょ? ただし食事の時間には、同じ鍋からおかずをよそうことを避けるため、先生はその子たちのぶんだけいったん別の容器に移してから皿にとってあげていた。特別な方針があるわけじゃない、インドのありふれた幼稚園での光景。

5年前、娘とともに訪れたインドの村の幼稚園。さまざまな宗教とカーストの子どもが手をつないで、輪になって、じゃれあったりケンカしたり。いわゆる不可触民(カースト外)の子どもも二人いるんだけど、見分けなんてつかないでしょ? ただし食事の時間には、同じ鍋からおかずをよそうことを避けるため、先生はその子たちのぶんだけいったん別の容器に移してから皿にとってあげていた。特別な方針があるわけじゃない、インドのありふれた幼稚園での光景。

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デリーなどの都市部では、馬やゾウによる結婚パレードが、交通渋滞を引き起こすのは問題だ、近代化の足かせだいった記事が近年のメディアではときおり報じられている模様。私も滞在中に何度か結婚パレードは見かけましたが、でも周囲の車や人たちはそれほど殺伐とした感じでもなく、のんびり眺めていた印象。

デリーなどの都市部では、馬やゾウによる結婚パレードが、交通渋滞を引き起こすのは問題だ、近代化の足かせだいった記事が近年のメディアではときおり報じられている模様。私も滞在中に何度か結婚パレードは見かけましたが、でも周囲の車や人たちはそれほど殺伐とした感じでもなく、のんびり眺めていた印象。

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じゃ~ん。これがカンチャナのお相手バラジ君(25歳/中央)。どうです。なかなかの男前でしょ? ガッツがあって朗らかで優しくて(私に対して←重要)、はっきりいって超高ポイント☆☆☆☆☆ でかしたカンチャナ!

じゃ~ん。これがカンチャナのお相手バラジ君(25歳/中央)。どうです。なかなかの男前でしょ? ガッツがあって朗らかで優しくて(私に対して←重要)、はっきりいって超ポイント高☆☆☆☆☆ でかしたカンチャナ!

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インドの結婚は、今なおほとんどがお見合い結婚だって、ご存知でしたか?

数字上では全体の約80パーセントと言われているようですが、インドで既婚カップルに遭遇するたびに「お見合い? 恋愛?」と尋問した私による小規模統計+印象では、「インドでは95パーセントはお見合い結婚」と言っても過言ではない感じ(ちなみに現在の日本は5~6パーセント程度。見合いが多かった昭和30~40年代で60パーセント)。

恋愛か見合いか

 

最近は恋愛結婚も増えたらしいけど、それは都市部での傾向であって、一般的にはやっぱり圧倒的にお見合い結婚が主流みたいなんです。

つまりインドでは、結婚と言えばお見合いが前提。

人口11億の既婚者のほとんどはお見合い結婚ってこと。

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ただし。とはいえ。

「親が縁談をもってきて親が勝手に決めちゃうもの」

「何が何でも男女間の恋愛は許されない」

…ってわけでもなさそうなんですな。少なくとも現在のインドでは。

とくに最近増えているのが、「恋愛お見合い」という形態とか。

《以下解説↓》

 

同級生のA君とB子さんがお互いに好感を持ち、結婚したいと思った。

①同級生のA君とB子さんがお互いに好感を持ち、結婚したいと思った。

それぞれの親に、子から「A君と結婚したい」「B子と結婚したい」と申し出る。

②それぞれの親に、子から「A君と結婚したい」「B子と結婚したい」と申し出る。

お見合いの形態をとり、お互いの家族の了承を得て、結婚する。

③お見合いの形態をとり、お互いの家族の了承を得て、結婚する。

 

家へおしかけて「お嬢さんをください!」みたいな一方からのアプローチではなく、両岸から足場を踏み固めていく感じか。

見合いが主流の国で、恋愛対象の異性を両親に向けてプレゼンするなんてずいぶん大胆な気がしますが、ほとんどの場合、子どもが連れてくるのは親の賛同が得られる条件がそろった相手なんだそうです。

もはや恋愛する段階から、意識が違うんでしょうね。

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また、恋愛とまでは行かなくても、子ども本人が自分に適切な相手を見つけてきてお見合い→結婚というケース、これも最近では多いらしく。

 そしてカンチャナは、どちらかと言えばこのパターンなのでした。

 

 新郎新婦の血縁図

カンチャナの結婚相手のバラジ君は、カンチャナの母親のチェラさんの「はとこ」にあたります。

つまりカンチャナにとっては親戚の一人で、子どものころからよく知った間柄だった。

ここが現代日本人にとっては「へえ~ ひえ~」な点ですね。

 「まず私から、バラジと結婚したいと、両親に申し出ました」

えっ。カンチャナが言いだしっぺ。

「両親は賛成で、すぐバラジの両親に電話。バラジ本人も家族もこの縁談に賛成だったから、とんとん拍子で結婚が決まりました」

大学を卒業してすぐに決めたんでしょ。ずいぶん早いように思うけど。

 「インドでは珍しくはないですよ。インドには、女性は28-29歳までに子どもを生まなければならないという考え方があります。逆に言えば、それまでに子どもを一人でも生んでいればいいというような感覚ですね。だから私は、どうせなら早く結婚して子どもをとりあえず一人は生んで、それから日本語通訳としてのキャリアを積みたいと思ったんですよ」

 どうしてバラジ君がいいと思ったの?

 「小さいころからよく知っている相手だからです。私とバラジはもちろん、家族同士もお互いよくわかっている相手・家と結婚するのは、安心ですから。親戚には適齢期の男性がほかにもいますが、バラジとは年齢も価値観も合いそうだから、数年前から候補として考えていました」

嫁ぐ前前日の母娘

決定打は?

「私が日本語通訳として働くことをとバラジと両親が賛成・了承してくれたことです。独立したら早く子供を産んで、自分たちの暮らしと仕事のペースを作り、お互いの人生を充実させようねって、バラジとは話し合っているんですよ」

 その相手がオトコマエでよかったよねえ~!

 「ええ、おかげさまで。私はラッキーですよ」

 (どうやらまんざらでもない模様↑)

ねえ、じゃあ、もしバラジと同条件でも、ぶっちゃいくな男性だったら躊躇してたと思う?

 「んもう、モリさんったら面白い人ですね。だから私は、バラジが相手だから結婚するんですってば」

なるほどね。

インドという国で、アショカ家の娘という生を受けた人生、それを歩んできた彼女がみずから次に踏み出した一歩が、この結婚なんだ。

赤ちゃん時代のカンチャナ

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なお、バラジ君はお父さんが経営する小さなIT企業で、父親の片腕として働いているんだそうな。

リーマン・ショックの余波をのりこえて落ち着いて、仕事にも意欲と自信が出てきた、そろそろ結婚をと思っていた矢先に、アショカ家から声がかかったらしい。

 カンチャナの父、アショカさんは言う。

 「バラジの家は、貧乏ではありませんが、特に大金持ちというわけでもありません。でもそれは問題ではなくて、むしろちょうどいいんデスよ。私たちにとっては。互いにつりあいがとれているというか。絶対に結婚相手の家は自分たちより金持ちでなければ、という親も多いですけどネ」

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気になってる人もいると思うので話しておくと、両家はともにヒンズー教徒で、いわゆる「同カースト」出身。

アショカさんらとの会話ではカーストについての話題にはこれまで触れたことがないんだけど(あちらからも話さないしこちらも切り出さない)、どうやら彼らはかなり高いほうのカースト出身らしい。

というわけで 、次回は、インドの結婚を語るには避けて通れないカーストについての話を少し。

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北部インド・ヒマラヤは万年雪が見られるリゾート地で、ハネムーナーに大人気。5年前に訪れたときも、標高約4000メートルのロータンパス山には雪を溶かさんばかりにアツアツの新婚さんがうじゃうじゃ。私が「写真撮るからいちゃいちゃして~」とリクエストすると、ご覧のとおり。ちなみにこのカップルたちも口をそろえて「見合い結婚だよ」だって。ふへー。

北部インド・ヒマラヤは万年雪が見られるリゾート地で、ハネムーナーに大人気。5年前に訪れたときも、標高約4000メートルのロータンパス山には雪を溶かさんばかりにアツアツの新婚さんがうじゃうじゃ。私が「写真撮るからいちゃいちゃして~」とリクエストすると、ご覧のとおり。ちなみにこのカップルたちも口をそろえて「見合い結婚だよ」だって。ふへー。

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※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。

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ミーナちゃんのために準備した花束。とはいえ大女優だもんなあ。本当に来てくれてるのか、ドタキャンもあるのでは(インドだし)。どきどき。

花束も準備しましたよ~。とはいえ大女優だもんなあ。本当に来てくれるのか。ドタキャンもあるのでは(なんせインド)。どきどき。

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お待たせしました! 前回予告した、あの『ムトゥ 踊るマハラジャ』のヒロイン、ミーナさん来日の模様をお伝えします。

南インド・タミルナードゥ州の人々にとっては、4月こそが本当のお正月。それを祝う「タミル・ニューイヤーTamil new year」(葛西区民ホール)に、ミーナさんがスペシャルゲストとして招かれることになったのでした! うひゃー。 

私の故郷、南インドのお正月。だからきれいなおべべを着せてもらったの。

あたちの故郷、南インドのお正月。だからきれいなおべべを着せてもらったの。

入場券。くるくる文字のタミル語、なつかし~♪

入場券。くるくる文字のタミル語、なつかし~♪

 

「ここはほんまに日本か?」と見まごう会場。香りも色も、走り回る子どもたちも濃ゆーい。晴れ着っていいなあ。

香りも色もインド。ここはほんまに日本か?

 

東京にもタミル人ってたくさんいるんですなあ。さあ、はじまりまっせ!

客席はほぼタミル人。東京にもたくさんいるのね~!

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↑インド舞踊家として有名な野火杏子先生のチームのダンスや、

タミル版 ジャニーズJrも登場

タミル版 ジャニーズJrも登場

DSC_0124 

立ち見も出て大盛況。司会者の冗談のノリも、客席の笑い声も、うわあ~タミル一色やあ~~。

立ち見も出て大盛況。司会者のノリも、客席の笑い声も、うわあ~タミル一色やあ~~。

で、会場のボルテージがあがったところで・・・・

いよいよ・・・

ミーナさん登場! 

ミーナさん登場! 

ほんまに来てくれたー! ひゃーっ! 

ほんまに来てくれたー! ひゃーっ!(右はインド舞踊家の野火杏子先生)

 

ちょっとふっくらしたミーナさん、やっぱり、う、う、美しい!!!

ちょっとふっくらしたミーナさん、やっぱり、う、う、美しい!!!

昨年結婚されたばかり。お相手はIT企業の経営者の男性。なんてゴージャスなカップル(男前で胸をなでおろしました)

昨年結婚されたばかり。お相手はIT企業の経営者の男性。なんてゴージャスなカップル。優しそうで、男前で、胸をなでおろしました。

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なんと。おそれ多くも森親子、今回壇上にあがる大役をたまわりました!

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このイベントにあたって、日本のミーナ・ファンの代表としていろいろ尽力して下さった稲垣さん(むんむんさん・左)が、「ぜひ森さんのお嬢さんから花束を」と提案してくださって。

このイベントにあたって、日本のミーナ・ファンの代表としていろいろ尽力して下さった稲垣さん(むんむんさん・左)が、「ぜひ森さんのお嬢さんから花束を」と提案してくださって。

 

司会者が「うしろ向いてみんなに見せてー」。徹夜で作ったうちわの文字は、とうぜんタミル語で「ミーナ」。喜んだご本人の手が、うわーっ、娘にタッチ!(ヤツはさわってもらうのは11年前に続き二度目です 子どもの特権 うらやましい)

司会者が「うしろ向いてみんなに見せてー」。徹夜で作ったうちわの文字は、とうぜんタミル語で「ミーナ」。喜んだご本人の手が、うわーっ、娘にタッチ! 子どもの特権、くう~うらやましい

 

11年前、ミーナさんのお宅におじゃましたときの写真を持参。ミーナさんは「また会えて嬉しいわ」と娘に言ってくれた♪(写真byゆきざね)

11年前、チェンナイのご自宅におじゃましたときの写真を披露。「また会えて嬉しいわ」と言ってくれました。

999年当時に現地で上映されていたラジニ・カーントの映画の看板を指さし、「さてこれをご存知ですか?」と客席に向けて言ったら、司会者が「バーシャBaashaですね」と、間違えて古い作品のタイトルを言ったので、「ノーノー、ちがいますっ。パダヤッパPadayappaです」とすかさず訂正。すると・・・

1999年当時に現地で上映されていたラジニ・カーントの映画の看板の写真を出したら、司会者が「ああ、バーシャBaashaですね」と、間違えて古い作品のタイトルを言いまして。そこで私がすかさず「ノーノー、ちがいます。パダヤッパPadayappaですっ!」と主題歌のメロディーを口ずさみながら訂正・・・すると

その時は必死だったのでよくわかんなかったけど、やった、ミーナちゃんの笑いをとってたのね(^^;)v・・・(というかちゃーんと笑ってくれる優しさが女神ミーナのお人柄)

笑いがとれました(^^;)v・・・(というかここでちゃんと笑ってくれるのが女神ミーナのお人柄)

 

ゆきざねさん (2)

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『ミーナ’s ファンクラブ・ジャパン』代表のカツヤさん。ミーナとのツーショット数の多さに会場のタミル人たちも驚愕。ミーナさんを応援するためだけにインドを訪れた回数、「12~13回だったかな? 忘れました」。手にしているのはミーナさんとともに掲載された現地の雑誌。すごすぎるぞカツヤ兄貴。

『ミーナ’s ファンクラブ・ジャパン』代表のカツヤさん。ミーナとのツーショット数の多さに会場のタミル人たちも驚愕。ミーナさんを応援するためだけにインドを訪れた回数、「12~13回だったかな? 忘れました」。手にしているのはミーナさんとともに掲載された現地の雑誌。すごすぎるぞカツヤ兄貴。

ムトゥでおなじみカリスマ俳優ラジニ・カーントのファンクラブ『ラジニ★jp』代表の安田(てつのすけ)さんと、南インド映画応援サイト『むんむん’s homepage』 代表の稲垣(むんむん)さん。結局このお二方が壇上で話す時間がほとんどなくて残念+恐縮。だってね、この方たちが日本のファンを盛り上げて、タミルの人々も喜ばせてるんです。

ムトゥでおなじみカリスマ俳優ラジニ・カーントのファンクラブ『ラジニ★jp』代表の安田(てつのすけ)さんと、南インド映画応援サイト『むんむん’s homepage』 代表の稲垣(むんむん)さん。結局このお二方が壇上で話す時間がほとんどなくて残念+恐縮。だってね、この方たちが日本のファンを盛り上げて、タミルの人々も喜ばせてるんです。

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ほかにも

スーパースター★ラジニ様のそっくりさんのモノマネも登場、ミーナがラジニとの共演について語ったり

スーパースター★ラジニ様のそっくりさんのモノマネも登場

さまざまなパフォーマンスを、ゆるーいタミルの空気感とともに、まる一日楽しんだのでした。

さまざまなパフォーマンスを、ゆるーい濃ゆーいタミルの空気感とともに、まる一日楽しんだのでした。

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ミーナさんの来日。思いがけず叶った、11年ぶりの再会。本当に幸せでした。

 『ムトゥ』を通して南インドを知り、南インドに出会った私たち。

逆に言えば、そんなことでもなければ南インドのことなんて何ひとつ知らなかったのよねーと、あらためて思い返すのです。

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日本人観光客にとっても馴染みが深いシンガポールやマレーシアのインド人街は、じつは南インドのタミル人たちの町。つまり「こんにちは」はナマステ(ヒンディー語)ではなく、ワナッカン(タミル語)の世界。写真はそんなことをちっとも知らなかった当時、シンガポールのリトル・インディアにて(娘2歳)。うーん、よく見ると、たしかに看板の文字がくるくる丸まったタミル語だよ。このおばあちゃんもタミル人なんだよなあ。こっちが「ナマステー」って言っても、笑ってくれてたなあ。

日本人観光客にとっても馴染みが深いシンガポールやマレーシアのインド人街は、じつは南インドのタミル人たちの町だって、知ってました? つまり「こんにちは」はナマステ(ヒンディー語)ではなく、ワナッカン(タミル語)の世界。写真はまだそんなこともタミル映画も知らなかった頃、シンガポールのリトル・インディアにて(娘2歳)。よく見ると、たしかに背景の看板の文字がくるくる丸まったタミル語だよ。このおばあちゃんもタミル人だったのね。こっちが「ナマステー」って言っても、笑ってくれてたなあ。 

 

 

スイスの氷河特急にて。すでにミーナちゃんフリークとなっていた娘、当時5歳。ワゴンでみやげものを売りに来た販売員さんは、スリランカからの出稼ぎ。こちらがミーナやラジニのファンと知るや表情がパーッと明るくなり、「私も大好きですとも。じつは私の祖父母がタミル人なのです」と、半泣きで喜んでくれた。お互いの故郷を遠く離れたスイスで、忘れじの3分間。

スイスの氷河特急にて。すでにミーナちゃんフリークとなっていた娘、当時5歳。ワゴンでみやげものを売りに来た販売員さんは、スリランカからの出稼ぎ。こちらがミーナやラジニのファンと知るや表情がパーッと明るくなり、「私も大好きですとも。じつは私の祖父母がタミル人なのです」と、半泣きで喜んでくれた。お互いの故郷を遠く離れたスイスで、忘れじの3分間。

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外国のことなんか知らなくても、人間は生きられる。健全に、善良に。

でも、ほんの小さな糸口から他の土地や人間のことを知ったら、ますます楽しく豊かになるのも確か。

↑この日、会場での母娘のコーフン

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いいなあ。面白いなあ。かの地はどんな所なんだろう。

大丈夫だろうか。あの人たちは元気だろうか。

そんな心配をもたらすのも、エンタメの大きな力。

今の時代はなお、そんな力がもっと働けばいいなあと、なにやら願いに似た気持ちを抱いてしまうのです。

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 そしてきっと、こちらの存在も彼らを喜ばせ、力と誇りをもたらしてるに違いない。 

たとえばね。壇上から降りる直前に、ミーナさんがカツヤ兄貴の腕をつかんでそっとささやいた、「Katsuya, thanks so much」という言葉(聞き逃がすものですか)。

あれはきっとミーナちゃんの真心からの言葉だったと思うんですよ。 

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ホテル前の売店のお兄さんは、毎朝、ラジニとミーナの記事の切抜きと、チョコレートを準備して待っていてくれました。

11年前、チェンナイにて。ホテル前の売店のお兄さんは、毎朝、ラジニとミーナの記事の切抜きと、チョコレートを準備して待っていてくれました。

娘は今も、この花の香りとおばちゃんのことを覚えてると言い張る。

娘は今も、この花の香りとおばちゃんのことを覚えてると言い張ります。

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↓↓この機会に、ぜひポチッとのぞいてみてください↓↓

『ラジニ★jp』http://www.rajini.jp/

てつのすけさんが運営する、ラジニ・ファンの聖地ともいえるサイト。南インド映画の魅力をもっと日本人に知ってもらいたいと願いイベントを企画し、映画館やマスコミにも働きかけるてつのすけさんらの活動と存在は、現地でも有名。4月10日タミル・ニューイヤー当日は関西から足を運んでの参加。頭が下がります。

『むんむん’s homepage』http://munmun.moo.jp/

ミーナと男優ビジャイを中心とする南インド映画を応援する、むんむんさんのサイト。前日にミーナちゃんを成田空港まで出迎えに行ったり、日本人ファンのためのチケットを仲介してくれたり、今回本当にお世話になりました。ナンドゥリ(ありがとう)!

 『Meena’s fanclub Japan』http://www.meena.jp/

ミーナさん本人からも信頼を得ているカツヤ兄貴の、日本最強のミーナ応援サイト。ミーナちゃんが結婚してしまったのでいったいどうなるか、兄貴はショックを受けて自暴自棄になってないかなど心配しましたが、野暮だったようです。前日むんむんさんと成田へ行き、会ったとたん「オー、カツヤ!」と握手されたとご機嫌さんで、よかったよかった。

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私たちが壇上にあがっているさいの写真を撮影し、当ブログへの掲載を快諾してくれたのは、Shaheenさんと、ゆきざねさん。愛情のこもった写真に大感謝(写真上にマウスを置くと撮影者のお名前が出ます)。一生ものの宝です。

↓Shaheenさんのブログ。インド・パキスタン・アジア諸国・アラブ諸国・イスラム文化圏に関する情報と美しい写真が満載です!

http://shaheen.exblog.jp/

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『ムトゥ 踊るマハラジャ』(Muthu/ 1995年公開/監督=K.S.ラヴィクマール/配給=ザナドゥー)。まだ観てないという方、「こういうイロモノ系はちょっと」とか「3時間は長いよ」とか屁理屈こねてないで、さっさとレンタルビデオ屋へ走るべきなのです。さあパソコンの電源を切って、今すぐに。

『ムトゥ 踊るマハラジャ』(Muthu/ 1995年公開/監督=K.S.ラヴィクマール) まだ観てない方はぜひいちどご覧になって。「イロモノ系はちょっと」とか「インド映画って3時間くらいあるんでしょ、長いよ~」なんてつべこべ言わず、さっさとレンタルビデオ屋へ走るべきなのです。さあパソコンの電源を切って、今すぐに。

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南インド映画 『ムトゥ 踊るマハラジャ』。

観た、あるいは観たことないけど知ってるという方も、きっと多いと思います。インド映画としては日本でも異例の大ヒットとなった作品ですからね。

じつはこれが、私が世界一好きな映画なんです。ソフィア・ローレンの『ひまわり』と並んで揺るがぬ一位。

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 1998年、渋谷のシネマライズという小さな映画館で上映された『ムトゥ』は口コミで人気に火がつき、連日立ち見が出るロングラン・ヒットになりました。テレビや雑誌がこぞってインド映画特集を組むわ、関根勤や山口智充(ぐっさん)が物まねするわ、ナンチャンがパロディの『ナトゥ』を撮影するわと、とにかく日本に一大フィーバーを巻き起こしたのでした。多額の広告費をかけた全国ロードショーではなく、たかだか単館で上映された一作品がですよ。すごいでしょう。

ええ。要するにこの作品には、それだけの力があるってことなんです(もちろん日本人にとってはインパクトも強烈だったわけですが)。

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悪者がボカスカ倒される爽快感。爆笑につぐ爆笑。「いったいいくら制作費がかかってるんや?」と心配になるほどのゴージャスっぷり。約3時間、息つく間もなくぐいぐい引き込まれてしまうドラマ展開。

そして何より、ムトゥ役の男優ラジニ・カーント(Rajni kanth)と、ヒロインの女優ミーナ(Meena)の輝き。

 見終わった後に、「やっぱり人間って、ほがらか&善良に生きるのが一番なんや!」って信じる力と、爽快感がわきあがってくる。超ハッピーな極上エンターテイメントなんです。

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 前置きが長くなりましたが、当時2歳だった娘がこれにどっぷりハマりまして。

特にヒロインのミーナちゃんの大ファンになって、毎日欠かさずビデオを見てミーナちゃんを真似て踊るようになった。

 そんなある日―――生まれてから一回たりともおねだりしたことのなかった娘が、言ったのです。

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というわけで、あほ一家はインドへ飛んだのでした。ブロマイド買いに。『ムトゥ』のおひざもと、南インドはチェンナイに。

(↑わりとさらっと言ってますが、なんといっても子連れでインドですからね。石橋を叩き割るほど検討と下準備をしましたとも)。

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おかげさまで我々はミーナちゃんのブロマイドを無事ゲット、娘もたいそう喜んだのでした。ぱちぱち。

ところがね。

ここで話は終わらなかったんですわ。

―――なぜかその4時間後にですね

あほ日本人ご一行は

あほ日本人ご一行は

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ミーナちゃんのご自宅の応接間のソファにこしかけ

ミーナちゃんご本人と

ミーナちゃんご本人と、お茶を飲んでいたのでした。

お茶を飲んでいたのだった。

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人間とは思えない輝きを放つ南インドの女神・女優のミーナさんと、世界一運が強い日本人少女(当時3歳)

人間とは思えない輝きを放つ南インドの女神・女優のミーナさんと、世界一運が強い日本人少女(当時3歳)

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どっひゃあ――――――っ!!!!!!???……でしょ? 

この写真、何回見てもいまだに現実とは信じられません・・・(@@;) 言っときますがコネなんてあるわけないですから。

  

このくだりについて詳細は著書『旅のそなた!』(p.143~「実現する男」)に書きましたので、ぜひご覧になってくださいね~~~。

このくだりについて詳細は著書『旅のそなた!』(p.143~「実現する男」)に書きましたので、ぜひご覧になってくださいね~。

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チェンナイは食べ物がおいしくて、ぼったくりには一回もあわず、人がにっこにこだった。ムトゥという映画が生まれた根拠をひしひし感じるような。

こんなミラクルを準備してくれなくたって、じゅうぶんすぎるほど豊かな旅だったんですよ。

なのにねえ。旅の神様、タミルの神様ったらねえ。

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 そして、話はまだ終わらないのであります。

そんな夢のような出来事から11年が経過した今年、2010年4月10日。

敬愛するミーナさんに、私たちは日本で再会できたのでした。

 そのときの話を、ぜひ次回。

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南インドの人たちにとってムトゥを演じた俳優ラジニ・カーントは特別な存在。サラブレッド系スターが多い中、貧しいバスの車掌から実力でトップスターにのぼりつめたラジニは希望と成功の象徴。金銭的に苦しい人たちのための病院や福祉施設をつくり、撮影のない時期はヒマラヤ山中で修行、そんな生き方も含めて尊敬される真のスーパースター。

南インドの人たちにとってムトゥを演じた俳優ラジニ・カーントは特別な存在。サラブレッド系スターが多い中、バスの車掌として働いていたところから実力でトップスターにのぼりつめたラジニは希望と成功の象徴。金銭的に苦しい人たちのための病院や福祉施設をつくり、撮影のない時期はヒマラヤ山中で修行、そんな生き方も含めて尊敬される真のスーパースターなのです。

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音楽のクオリティの高さも『ムトゥ』の大きな魅力。作曲家A.R.ラフマーン氏の伝統+最先端の技術を融合させた映画音楽は腰が抜けるほどカッコいい。すごいと思ってはいたけど、氏はとうとう2009年に映画『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞とゴールデングローブ賞の音楽部門の最優秀賞をダブル受賞。写真はうちにあるラフマーン作品のほんの一部。

音楽のクオリティの高さも『ムトゥ』の大きな魅力。作曲家A.R.ラフマーン氏の伝統+最先端の技術を融合させた映画音楽は腰が抜けるほどカッコいい。氏はとうとう2009年に映画『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞とゴールデングローブ賞の音楽部門の最優秀賞をダブル受賞。写真は我が家で愛聴しまくってるラフマーン・コレクションの一部。

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↑ネタバレはいかんので、あえて地味なシーンで主人公ムトゥ(ラジニ)とヒロインのランガ(ミーナ)の顔をちょっとだけ。ツタヤなどでレンタルもあるし、アマゾンでも買えます。インド映画の翻訳を多く手がけている松岡環さんによる字幕(名訳)がついた日本語つきDVDでご覧下さい。ムトゥを楽しむコツは、テンションあげてラジニの登場を拍手喝采でヒューヒュー喜ぶこと、できれば友だちや家族とカレー味のカールでも食べながらワイワイ、批評家的な意地悪目線をいっさい捨てて素直~に見ることです。ちょっとなつかしいところに戻りたいような気分のときにぜひ。

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じつはかくいう私、友人の漫画家グレゴリ青山に薦められつつも腰を上げず、「行ったか?」「まだ」を繰り返したあげく、とうとうグレゴリ氏がしびれをきらして鑑賞券を送ってきたからしぶしぶ観に行ったというクチなのです(で結局自分も映画館出たとたん知人に電話しまくり)。グには足を向けて寝られません。

かくいう私、漫画家グレゴリ青山氏から直々に薦められても腰を上げず、「行った?」「まだ」を繰り返し、しびれをきらしたグが鑑賞券を送ってきたからやっと観に行ったというろくでなしなのです(で、結局自分も映画館出たとたん知人に電話しまくり、薦めまくり。大ヒットは、このネズミ講現象がもたらしたのね)。グ画伯には足を向けて寝られません。

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森優子 著者近影

森優子 もりゆうこ/Yuko Mori

旅行コラムニスト/イラスト・エッセイスト。1967年大阪生まれ。大阪芸術大学美術学科卒

学生時代、サハラ砂漠を歩いているときに出会った人物にスカウトされて上京、ガイドブックの編集事務所に就職。93年独立、イラストを含めた執筆活動をスタート。ユーモラスで地に足の着いた旅行術&生活術は、「そうそう」「あるある」「なるほど」という多くの共感を読者から得ている。現在は東京都内にて中学生の娘・夫との三人暮らし。訪れた国は約40カ国。

森優子の最新著作

買ってよかったモノ語り 表紙

買ってよかったモノ語り

晶文社 1,500円(税別)