2010年1月29日
うちの娘(中一)にはまだ携帯電話を持たせておりません。
だから一応、必要なときには私のケータイを使わせるようにしているのです。
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でね。先日私が夫にメールを送ろうとしたときのこと。
夫の名前[じゅん]と打ったら、
まっ先に変換されたのがこの文字だった↓↓
夫の「じゅん」の字ではありません。
はい。言うまでもなく、娘が敬愛する嵐のメンバー松本潤氏―マツジュン―の潤に決まっとります。
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あははは~~~~!!
あーあ。とうとう負けたな、松潤に。
ついこの間まで、[絶対に父ちゃんみたいな人と結婚する!]って言ってたんですがねえ。
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[文字変換 優先順位に 知らされた
春の前ぶれ ちちばなれ]
おそまつ!
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2010年1月27日
かっこE―――ッ!
しびれるぜイェイ!
大っっっっ好きだぜイェ~~~~~イ!
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友だちからも「えっ そうだったの?」と言われそうだけど、じつは我が家三人は忌野清志郎氏の大ファンなのです。
といってもRCサクセションをふくむ活動について詳しいわけでも、足しげくライブに通ったわけでもないから、ファンと自称するのはおこがましいかな。
でもとにかく好きだったってこと。いや。死んじゃったとはいえ、「だった」じゃなくて現在進行形だな。声、曲、容姿、スタンス、言動、たたずまいと存在のすべてが好きなんです。だって、かっこいいんだもん。
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じつはダーリンのじゅんが休日に掃除機をかけるとき、大音響のキヨシローの声がぜったい不可欠でもあり。要するに、キヨシローの声がなければ森家の清潔は保たれないのだった。
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指輪を買ったのです。キヨシローとおそろいの。
闘病生活をへて、完全復活を宣言したときのテレビ番組・NHK「SONGS」(2008年2月放映)にて、清志郎が楽屋でアクセサリーを選んでるシーンで見た指輪と同じもの。
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イソギンチャクみたい。
輪っかのところが金属ではなくゴムで、びよーんとのびる。
[Nova ring(ノヴァ・リング)]
キヨシローのためにあるような指輪じゃありませんか。ねえ。こんなの似合う男すごい。スタイリストが海外で買ってきたのか、あるいは誰かがキヨシローのために作ったのか。とにかく、目に焼きついて離れなかったそれを、とうとう見つけたというわけです。
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先日放映されていたNHKの朝の情報番組「おはよう日本」で、金沢にある21世紀美術館のミュージアム・ショップの話題が流れたときに、ほんの2秒くらいしか映らなかったのに、すぐ「あーっ!!! キヨシローの指輪や―――っ!」と反応した私は、ちらっと映ったプライスカードの[Novaリング 1050円(税込み)]の文字もしっかり確認。
インターネット時代、キーワードさえ手に入れたらこっちのもんじゃい・・・というわけで、ネット上ですぐに買える店を見つけてめでたくお買い上げとなったのでした。
嬉しかったあ。 ビバNHK! YEAH♪♪♪
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イギリスのデザインシックス・ロンドン(Designsix LONDON)というアクセサリー・ブランドの商品で、どうやら世界中で大売れしている大人気シリーズらしい(この指輪は日本の芸能人でもつけてる人が多いそうな)。インドネシアでひとつひとつ手作りされているとか。1050円で、まったく安っぽさを感じさせないところがすごい。というわけで、一気に三つも買ってしまった・・・くわ~~~っ
キヨシローと同じ赤。「キヨシロー・レッド」と命名。ゴムゴム部分は、小指以外ならどの指にもフィット。

13歳の娘のファースト・リングとして、数あるカラー・バリエーションからこれを選択。
生意気すぎず、かといってチープすぎず、つけるヨロコビと楽しさあり・・・母子ふたりで迷わずチョイス。かわゆいでしょ~。
で、三つ目は、ちょっとマダ~ムな装いや和服にもあいそうなアメジスト・カラー。「マダム雨上がりの夜空に」と命名。
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購入したのは、吉祥寺の雑貨ショップ[Free design]のネット通販。ノヴァ・リングのページはこちら→http://freedesign.jp/interior/dsnvr001.php
色がどれもこれも超きれい+一本1050円ポッキリ、というのが恐ろしいところ。せいぜいお気をつけあそばせ・・・・私は理性で三つでとどめましたけれど。おほほほほ(一般ウケはしないけど、好きな人はたまらなく好きだもんね、こういうデザイン)。
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たんに、おそろいというだけ。
だけど勝手に形見ってことにしてしまいました。
こんなものがなくたってキヨシロー氏の歌声は、しっかり・とっくに私たちの人生に吹き込まれております。
だけど、それでも、手のひらの中に包み込めるものがあるのは、やっぱりちょっと嬉しいものだから。
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娘が小さかった頃にさんざん聴きまくったCD「オフ・オフ・マザーグース」。和田誠が翻訳したマザーグースの歌詞に「ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか♪」の作曲家櫻井順がメロディをつけ、黒柳徹子・岸田今日子・谷啓・イッセー尾形・井上陽水・おおたか静流などそうそうたる60アーティストが一曲ずつ歌った60曲。ことに清志郎が息子と娘(当時6歳+3歳)と歌った『フェル先生』はすごい。地球上でこの親子にしか絶対に歌えなかったに決まってる名唱中の名唱。
フェル先生 フェル先生
僕はあなたが、き・ら・い――――――――!
どういうわけだか、説明はできない
だけどきらいだ、それはぜった―――い
(↑こんな歌詞でしたわ・・・・たしか)
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2010年1月21日






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最近、感じることがひとつ。
ご近所さんや、仕事相手や、美容師さんなど・・・誰かと会話を交わすとき、『嵐』の話をすれば、まず間違いなく盛り上がる。そんな傾向が顕著だと思ってるんですが、いかがでしょう。
①いい天気ですね。
②ところで嵐ですね。
もはやその順番で会話すれば間違いない、というぐらい。
ここで嵐の話題をあげていたことに反応する人がなんとも多いこと。
「今日は仕事の打ち合わせだけになっちゃいましたが、次回はぜひ嵐の話を・・・」
↑こんな感じ。やっぱりすごい人気なんですね。
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さて、一昨年2008年にアジア各都市でライブツアーを成功させた嵐。
年末年始に中国をおとずれたさい、彼らの中国での人気っぷりや知名度、エンタメ界におけるポジションはどんなものなのかと、注意深く見て来ました。
で、結論から言って、『嵐』は・・・・
中国ではまだ、誰もが知ってるほどメジャーではない。
ただし「日韓流アイドルのファン層」というのが着々と成長しつつあり、そのファン層の中で知名度と人気が上昇しつつある。
・・・・・という感じでしょうか。
参考までに、たとえば上海の街角で雑誌を売ってる本屋の店頭はこんな感じでした↓

23年ぶりにおとずれた中国、世界中の芸能やスポーツの情報が広く豊富にゆきわたってることにまず驚き。
一等地に平積みにされていたのはアニメ雑誌。やっぱり日本のアニメは貴重で有力な輸出資源なんですね。
中国現地のアイドルの専門誌(中国人のための中国人芸能人雑誌)には、日本の芸能記事はほとんどなし。
嵐やHEY!SAY!JUMPといった日本のアイドル(日流)ファンのための専門誌はちゃんと独立して別にある(100パーセント中国語/日本でいうところの『明星』『デュエット』)。
そして両誌とも、本屋ではそれなりにいいポジションに置かれている。
ファン層のすみわけがあって、ジャニ系はこれからファン層が広がっていきそうな予感です。
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じゃあ、すでにメジャーな日流芸能人は? というと・・・・
アムロちゃん。
どうやらダントツ人気という感じでしたぞ。
浜崎あゆみ、倖田來未、EXILEもかなり人気があるみたい。でも今回おとずれたCD屋では、それらの陳列が「日韓流コーナー」にとどまっていたのに対し、アムロちゃんはエントランス正面の一等地に中国内外の人気アーティスト作品とともにずらっと並べられていたのであった(時期も関係してるんでしょうけど)。
そうだったのねアムロちゃん。中国つかんでたのね。
いっぽう、嵐はといえば。上海で最大規模クラスのその店で見つけることができたCDは、なんとたったの一枚っきり(『happiness』が入ったアルバム『DREAM ALIVE』)。
しかも娘が棚のCDを一枚一枚めくって執念で平井賢の後ろから掘り出した、在庫わずか一枚だったのでした。
ちょっと意外だったけど、まだこれからなんでしょうね。嵐、中国に吹き荒れるか。
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では古いところではどうなんだ、たとえば『昴(すばる)』で中国を席巻した谷村新司はどうだと棚を見ていたら、すぐ目についたのがこのお二方。
山口百恵
五輪真弓
いまだベスト盤が「日韓流コーナー」の一等地に面出し。
す、すす、すごすぎるじゃありませんか。
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いずれにせよですよ。
「好き」という気持ちから湧く興味、広がる関心。これほど簡単に異国間の壁をとびこえるものはないと思いませんか。
ミーハーとはすなわち、敬意、尊重、理解しようとする気持ちの源。経済だけにとどまらない波及効果を、芸能文化はもっともっともたらしてくれる。エンタメは地球を救うと、本気で思っております。
・・・・・・・・・
ニイハオ、いい天気ですね。ごはんは食べましたか。
五輪真弓の歌、母が生前によく歌っていました。
そうですか、わあ、嬉しいなあ。
私、東方神起が好きなんです、韓国の。
私も好き!
あなたの国に、気になる女優さんがいるんですよ。あの映画観た?
・・・・・
こんなところから始まる会話が、マイナスに作用するはずないですもん。それはいろいろ身をもって痛感しているのです。
というわけで・・・ありがとう、アムロちゃん 浜崎あゆみ 百恵ちゃんなど各位。
そして・・・・・・・・・・・・・・今後の嵐の展開にも注目っ。

ホテルのテレビの有線放送で[日韓流]というチャンネルがあり、日韓歌手のPVが流れていました。娘がまちかまえてキャッチした、嵐『明日の記憶』(めぐりめ~ぐる~季節の途中で♪)。日中の間でこういう歌詞の翻訳を仕事にしてる人もいるんですなあ。がんばってもらいたい。
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2010年1月17日

いやあ・・・・・世間には、じっつに、いろんな人がおりますね。
世間といっても、ばくぜんと広ーい社会のことじゃなくて、自分をとりまく半径5メートル以内のレベルでの話ですよ。
ちょっと聞いてください。
身近な人が身近なところで直面した実話なんです。
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小学校の職員室に、ひとりの生徒の母親が訪ねてきて、担任にこう言ったそうな。
「給食のとき、うちの子に『いただきます』と『ごちそうさま』を言わせないで下さい」
えっ、どうしてですか?と、とうぜん聞き返す先生。
それに対する母親の回答↓
「ちゃんと給食費を払ってるのに、なんで『いただきます』って言わなきゃならないんですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
はあーい、みなさま~~~。
遠くの岸辺から戻ってきてください。気絶した方は気を取り直してくださいよ。
あまりもぶっ飛んでて意味不明という方もあるかもしれないので念のため解説しておくと、要するに母親は、「子どもが給食を食べるのは当然の権利。いただくとか、ごちそうになったとか、言わなきゃならないとすればその相手はお金を払ってる親であって、給食時に言わされるなんて不本意」と言ってるわけです。
当然あきれました。でもね、この話を聞いたとき、じつはあまり驚かなかったんです私は。
ことさら特殊な家庭環境や思想で育ったとは思えない「そこらへんにいるふつうの親」の口からこういった主張が飛び出しかねないことを、今の日本の「そこらへん」に、なんとなく感じてるからかもしれません。
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とにかくこの話を聞いて思ったことは三つ。
① 「いただきます」(6文字)+「ごちそうさま」(6文字)=計12文字ぐらい、まわりに合わせて言わせておけばいいのでは?
この母親は、なんでわざわざ子供に生きにくい道を歩ませようとするんやろか、ということです。
↑こんなこと言っちゃうと、[ちゃんと食べ物や作ってくれた人たちへの感謝をこめて言うべきだ!」と叱られてしまうかもしれません。ええ、もちろんそれは理想ではあります。
でもそれがたとえ「給食スタート」「終了」の号令として形骸化した挨拶だったとしても、とりあえずOKという気がするんです。手を合わせて口に出して言うことがまず大事で、それが習慣にさえなっていれば、気持ちはちゃんとついてくるものではないかと。
たとえば「こんにちはと言うべき根拠」なんてないし、考える必要もないでしょう。挨拶は、他者と関わりながら生きてく上でのツールにすぎない。
いずれにせよこの母親は、そんな言い分を貫くなら自分だけでやってりゃいいんです。
級友や先生との関わり。ひとりだけ「いただきます」を言わない給食時の違和感。直面するのは子供なのに。
かわいそうな子供やなあ。
そして、そんな親に育てられてる子供と同じ時代を生き、ともに社会を作ってかなきゃならないのが娘や私たち。
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② この母親、勇気あるなあ。
じつはちょっと感心してしまったのです。
私ならよほどのことがないかぎり、わざわざ職員室へなんて出向けない。
もし先生にもの申すなら、こればかりは言うべきだという確信と、どこから刺されても説明できる論旨、誤解もふくめたネガティブな反応を母子ともにうけとめる覚悟がなければ。
仮に私なら、化粧して→靴を履き→頭の中を整理しながら学校まで歩いて→守衛さんを通して職員室へ・・・・といったプロセスを経るうちに、どこかで「やっぱりやめておこうか」「もういちど頭を冷やして考え直そう」となっていたような気がする―――――――くだんの母親の場合は、ならなかったのね。
当然そんな図太さやねじれた正義感、うらやましくはありませんけどね。
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③ その母親にとってこの主張は本当に「正論」なのか?
こんなアホみたいな主張、彼女は「どこへ出しても恥ずかしくない正論」と本気で思ってるんでしょうか?
核家族が多くなった現在、家の中でいちばん影響力と権限をもっているのが母親(妻)で、多くの家庭がママの独裁状態・・・・そんな傾向が進んでいると言われます。
かつて大家族が多かった時代には、姑や舅、ご近所、世間体など「まわりの目」や「まわりの意見」におしつぶされて、たかが若い母親の理想や主張なんて屁(へ)みたいなものだったのでしょう。女性蔑視と軽視、[お前は黙ってろ]という理不尽がまかり通っていた時代なんか、こりごりです。
でもそんな時代には、きっと「他者の反応」をないがしろにできなかった。良くも悪くも。自分の主張について、「ほかの人が聞いたらどう思うか? これは正論か? 行動に出る価値がある内容か?」というフィルターが自動的に働いていたように思う。
その点で言えば、この母親の主張は、「思いついたまま」の感がぬぐえないんです。
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私が、その母親に会うことがあったら、聞いてみたい。
あなたのその主張、オバマ大統領にも面と向かって言えますか?
そうだよ。オバマにも言ってみなよ。正論なんでしょ?
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「なんでオバマやねん?」という点については、たまたまオバマであって、じつはあまり深い意味はないんだけど、要するにさまざまな価値観と立場の多くの人を束ねるために法律・倫理・社会情勢などあらゆることを考慮しつつ最善の策をあみださねばならんポジションにいる、つねに良識を求められる、世界一の有名人だからです。
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というわけで自分にもひきあてて考えてみました。
「給付金なんかより、保育園児が熱を出したときの受け入れ施設を充実させたほうがよっぽど少子化対策に効果的だと思うんですよ、オバマさん!」
おっ。オバマに言えるぞ。
「近所の公園、ことごとく[キャッチボール禁止]なんですけど、このままでは将来の野球選手が育たないんじゃないかと心配なんですよ、オバマさん!」
これも言えるなあ。
「大阪方面の駅のホームでよく見かける表示、『こんど』『つぎ』って、どっちが先に来る電車だかわかりにくいから、『つぎ』『そのつぎ』って変更したほうがいいと思うんですよ、オバマさん!」
言える言える。
(以上、直訴すべき先がオバマ氏でないことも、彼が解決する立場にないことも、彼がつねに納得いく反応を返し改善するスーパーマンでないことも当然承知しております)
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ふざけるな、と、どうか言わずに。
何かを主張する前に、ほんの一瞬。
[オバマにも言えるか?]の自問自答、けっこういいバロメーターのような気がするんですが。
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おそらくぼちぼち本屋に並び始めた『ねぎ好きのねぎの食べかた』(ポプラ社/980円税別)。ねぎ崇拝者の私も自慢のねぎ料理4品を紹介させてもらいました。長野県で居酒屋を経営する私の義叔母の料理も登場。いずれにせよ、「うまそう、作ってみよう!」と思わせてくれる料理ばかりで、ねぎの可能性に開眼必至。見てるだけで料理のバリエーションが増える気がするおすすめの本です。
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2010年1月13日
ほほほほほほ~
今年もできあがりましたの、東京キムチ。
だから今うちの玄関をあけると・・・・
さながら「大阪JR環状線の鶴橋駅で電車の扉がひらいた瞬間」
・・・・・そんなソウルフルな芳香が満ち溢れてますの。
手作り、自家製なんですよ。これがもう、激ウマでして。

げそ、あみ、松の実、昆布、いろいろいろいろ入ってるの~♪
といっても私はあくまでも名人にちゃっかり便乗するだけで、漬け込みの準備がおおかた整えられたところへ出向いてちょろちょろっと手伝いもどきするだけなんですが(しかも今年は都合があわず結局完成品をいただいてしまった。カメだけ預けて)。
われらがキムチ隊長は、写真家で、ギャラリー・オーナーの柏原誠さん。ひょんなことからご縁をいただいて約6年、私の著書[買ってよかったモノがたり]の表紙カバー写真(きもの姿+家族の写真)も撮っていただきました。


隊長はもう20年以上も前から、ああでもない、こうでもないと、奥様とともに試行錯誤を重ねてこられたらしい。冬がめぐり来るたびに。
塩かげん 気温 白菜の塩の抜き具合 どの店で唐辛子を買うべきか 昆布の産地
何を足す、何を引く・・・・・どう寝かす・・・エトセトラ、エトセトラ
どうやらキムチ作りって、一筋縄じゃいかないようです。
つまり我々は、柏原家のキムチ作りが数十年を経て「まあまあいい感じになってきたかな」となってからの便乗組。一昨年から、まぜてもらってるのです。

東京タワーや六本木ヒルズをのぞむ柏原亭屋上で、うまみを増す増す、東京キムチ。なお、キムチ作りとはたいへん「寒い」ってことも学習しました
写真家をはじめとするアーティスト、ことに男性はうまいものを探求するエネルギーと手を惜しまない方が多いと思うんですが、いかがでしょう。
なぜだろう。
共通項はなんだろう。
モノ作りにこだわる人は、なんにでもこだわるものなのか?
でもある日、キムチとはぜんぜん関係ない話をしていたときに隊長の口から出たひとこと、そこにすべてが集約されてるような気がしたのでした。
[感動でしょう、なによりも大切なことは]
ああ、これがすべてのおおもとなんだと思ったのです。
写真をとるのも、うまいキムチを追求するのも。
うーん、やばい。すでにまっ白髪のおっちゃんに、負けてたらあかんわと思ったのでした。
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でもね、キムチに関してはさっさと降参しておくのです。はっきりいって隊長のキムチにかける情熱は真似できない。てゆーか、真似しようとは思わない。
だって我々は、もはや安泰なんだから。このキムチが食べられるポジションを手に入れたのだから。
それをたぐり寄せ、つかんだのは自分。私の手柄。
というわけで隊長、どうか長生きしてください。
めぐり来る冬のキムチのために。私のために。
![P1000918 柏原氏は70~80年代を中心に広告写真、ことに車の写真で一時代を築いた大御所。なんと私が高校生だった頃、雑誌から切り抜いて部屋の壁にはっていた日産スカイラインの写真も氏の作品だった(テールランプの光が流れて線を描いたような、ほかの車広告と一線を画した斬新さにしびれた)。数十年後に撮ったご本人に出会えるとは。上は[買ってよかった]カバー写真を撮影中の様子。まんまと巻き込まれてくれた。しめしめ。](http://mori-yuko.namaste.jp/blog/wp-content/upload/2010/01/P10009182-300x199.jpg)
柏原氏は70~80年代を中心に広告写真、ことに車の写真で一時代を築いた大御所。なんと私が高校生だった頃に壁にはってた日産スカイラインの写真も氏の作品だった(テールランプの光が流れて線を描いたような斬新さにしびれた)。数十年後にご本人に出会えるとは。上はカバー撮影中の柏原氏。まんまと巻き込まれてくれた。しめしめ。

「今年のもうまかったですね~」と告げたら柏原氏、「いや、甘みが足りない。漬け汁に砂糖水加えてみてよ。分量は・・・」とレクチャー開始。あかん。やっぱり負けてる。
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2010年1月7日

上海の目抜き通り・外灘/大晦日の11時20分ごろ↑ のどかな雰囲気♪
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2010年の年明けの瞬間、さてみなさんはどこで誰とどのように迎えられたでしょうか?
私は、上海で。
姉と娘と三人で。上海の象徴的な風景がのぞめる外灘(ワイタン)の一等場所にて、2009年が2010年にかわる瞬間を中国の人々と迎えてきました。
いやー、じっつによかったんですわ、これが。というわけで、その雰囲気をさらっと紹介させてもらうことにしましょう。

陣取ったのはオールド上海側の川岸、招商銀行前。
私が海外でカウントダウンに参加するのは二度目でして。
一回目はかれこれ16年前、ニューヨークのタイムズ・スクエアでした。
世界一有名なカウントダウンゆえに、それはもうたいそうな人出で、5時間前から警察による入場規制がはられてた。だから6時間前から凍てつく寒空の下で足踏みしながら年明けの瞬間を待ったものです。
いってみりゃ、『何が何でもタイムズ・スクエアで年明けを迎えるぞ!』という強い意志と、健康な体と、使い捨てカイロ10個以上を持ってないと、とうてい乗り越えられないハードな年越しだったわけです。
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んなもんで、さて上海はどうなんだろうと。
上海のカウントダウンについては事前に入手できる情報がほとんどなく、とにかく行ってみるしかないなとのぞんだわけですが、結論から言って、NYよりもはるかに楽で、かつ、ちゃーんとお祭り騒ぎの興奮と、人々と祝賀ムードを共有。大満足の年明けとなったのでした。
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昼間に下見して、南京東路あたりにカウントダウン・ライブが行われる野外ステージが組まれているのを確認。人民公園にもステージが出て盛り上がるらしいけど、『上海と言えば外灘(ワイタン)』という思いが強い私は、なにがなんでもワイタンじゃ♪
外灘に到着したのは、すでにカウントダウンの瞬間まで一時間をきった11時10分ごろ。
人がどんどん集まりつつある。
とはいえ、路上はラッシュのような混雑はなく、じつにのどかな雰囲気。
物売りも、焼き芋屋台と、ぬいぐるみ風の帽子を売ってるおじさんぐらい。大阪の町内会の盆踊り会場のほうがよっぽど商魂たくましい。
さすがに特設ステージ周辺は芋の子洗う状態だったけど、そこからわずか50~60メートルほど離れた一等地はいとも簡単にゲットできたのでした。

右の赤いのが特設ステージ。立派なカメラと三脚でスタンバってた中国人カメラおじさん(右)が、自分の前に立った人に「すまんけど、私ここで写真撮るから、よけてくれん?」と言ったら、言われた人は「あっ、ごめんごめん 別の場所に行くわ」という感じで、ヒステリックな雰囲気は皆無。23年前の中国の路上では、しょっちゅう殴りあいの大喧嘩を見たものだから、このおだやかな会話さえも私にとっては意外でなあ・・・・・・・。
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11時40分ごろ、ようやく周辺が人で満杯に。

意外にも、車道には交通規制はなく、路線バスも自家用車もタクシーもふつうに走ってた。上海警察がパトロールしてて、いちおう「ここに車とめないで」と注意したりするけど、戦々恐々とした感じはなし。

2010年に開催される上海万博のために、工事中で黄浦の川面は見えないんだけど、チャーター便と思われるぎらぎらイルミネーションの遊覧船が川面を行き交ってるのが見える。超きれい。
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空にサーチライト、テレビ塔のイルミネーションもきらきら、ためし打ちみたいな花火もぽこぽこあがりはじめ・・・・・向かいのビルにでっかく投影されたデジタル時計を見ながら・・・・・
いよいよですよ!


カウントは・・・・おおっ、中国語だ!
三(さん)、二(あーる)、一(いー)・・・・・
ハッピー・ニュー・イヤー!!!




NYのときは、まわりの見ず知らずの人たちと抱き合ったりキスしたりと大騒ぎで、それはそれで感動的だった。
けれど、今回の上海の、それぞれが幸せそうに同じ空を見上げる雰囲気はむしろ私の性に合ったというか。やっぱり、アジア人やねんなあ、自分も、中国の人たちも。

それでもいちおう周囲のひとたちとは記念撮影。みんなとってもフレンドリー♪

ところで、おわかりでしょうか。空に点々と浮遊する、↑↑オレンジ色の光群。
さいしょは『お金持ちがチャーターして飛ばしてる遊覧ヘリコプターかいな』と思ってたんだけど、その正体が判明しました。
ランタンだったんです。紙製の。固形燃料で空気をあたためると、高く空に舞い上がる仕組み。これが無数に空に浮遊してたんですなあ~。
願いごとと、自分の名前を書いて、空へ飛ばす。

若造あんちゃん二人組のランタンには、『お金と 強い心がほしい』(漢字からの推測)といったニュアンスの文字が油性のペンでしたためられておりました。
火がついたものを、都会のど真ん中でふわふわ飛ばすことが禁止されてないとは。防災条例とか、ないんか?(ないんやろなあ)
23年ぶりに訪れた上海のあまりの変貌っぷりにアワくっていたのですが、こんなおおらかさが残っていたことに、ちょっとほっとしたのです。
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シャンパンふりまわして馬鹿騒ぎしていたのは、西欧人旅行者と思われるわずかなグループのみで、日本人もあまりみかけず、カウントダウンに集まったのはほとんどが地元上海の人たちと思われる人たちでした。しかも、比較的若い人たち。
中国の人たちにとっては旧正月こそが真の正月であって、西暦のニューイヤーは「いちおう」というレベルのもの。街の中には祝賀ムードはほとんどなし。カウントダウンが思ったよりのどか~♪だったのは、それゆえでしょうか。
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大躍進を続ける上海だけど、むやみに「いんたーなしょな~る!」な西欧サルマネ的盛り上がり方を見せるわけでもなく。
あくまでもマイペースで西暦の新年を祝っていて。
それがすごく今の上海らしいという気がして、おお、いいぞいいぞと思ったのでした。
もしかすると、来年はもっと様変わりしてるかもしれんなあ・・という予感もなきにしもあらずですが。
おもしろかったあ~~~~~!!!

ネオンサインは「ハッピーニューイヤー」のあとに2010年万博をしっかりPR 中国やるき満々

中国のひとたちにとって、本気でエネルギー爆発させる正月は2月の旧正月。街中には「正月の爆竹(ばくちく)の量に注意! 命を大切に!!」みたいな啓蒙ポスターが。爆竹で事故ったやけど患者の写真がみせしめに・・・・ひええええ

ホテルのテレビでNHK紅白歌合戦を生放送で見ることができたっ♪ 「嵐」の登場をしっかり見てから、カウントダウンへ出陣したのです。ああ、21世紀や・・・(ただし日本のニュース番組は中国では流されないの。ここのあたりが、おーやっぱり中国やなーと
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2010年1月6日

新幹線の名古屋駅構内を走っているとき、キオスク前で自動的にブレーキがかかって、即買い。
店頭に山積みの、ピンクの包み紙。
もはや説明するまでもない-----伊勢の名物~♪ 赤福餅がええじゃないか♪---赤福餅でございます!
迷うまでもなく「2箱ください」と言わせてしまうのは、さすがにあっぱれだなあと思うのです。見たらむしょうに食べたくなるんですよね。
↑でもこれって↑、考えてみたらけっこう不思議。
だってね、大阪育ちの私は子供の頃から食べる機会が多かったわけですが、でも当時はバウムクーヘンとかシュークリームみたいな洋菓子系のほうが明らかに嬉しかったもので、赤福は「いただいたから食べる」という程度の存在だったんですもん。
むしろ無理して食べてたようなところがあると思うんですよ。
赤福餅は弾力がありすぎてヘラで上手に切れないから、仕方なく丸ごと一個を口に入れる→なかなか噛みきれない餅+地味なこしあんで口の中が支配されてモソモソ→噛んでるうちにあんこがはがれ、餅だけが口の中に残って→無理してお茶などで飲み込もうとするとつるっと流し込まれて「おうぇ~」っとなる。
ねえ。心当たり、ないこともないでしょう? つまり、子供の頃には実はおいしいと思ったことがなかったような気がするんです。なのに今は即買い。うーん、なぜだ。舌に刷り込まれた味へのノスタルジー? 名物の安心感? なんとなく買っちゃうだけの惰性?
で、今回あらためてまじまじ味わってみて、しみじみ感じたことがひとつ。
ああ、赤福って、なんておいしいんやー・・・・・・ということです。
子供の頃にはこんなにおいしいものだとは思わなかったんだよなあ。
さらに、パッケージもよく見るとじつに美しくて、機能的で、思った以上に凝ってるんですね。
8個入り700円の一箱にこめられた、赤福餅という世界。
じっくり眺めながら開封してるうちに、なんだかじーんとしてしまった。店頭に並んでるときの状態がもっとも美しくて、ほどいていくとただの醜いゴミになっちゃうものが多い昨今、赤福は開封するときも、食べ終わった空箱でさえ美しくて、すみずみに伊勢という地のたたずまいや風情がちゃーんと感じられる。名物の気品と心と、おみやげをもらった側がわくわくする仕掛けがある。


伊勢本店がプリントされた薄紙に、ふたの「赤福」の文字が透けて見えるようにセッティングされている。こんな細かい演出、気づいてました? 私は今回初めてじっくりながめてわかりました。
おみやげが「けっきょく赤福」になっちゃうのは、「やっぱり赤福」の根拠があるから、ということですなあ。

私が就職して初めての仕事は、JTBるるぶ『伊勢志摩』の取材+執筆でした。なつかしいなあ。そのとき本店の方に聞いた話→「赤福はすべて手作り。あんこの表面の凸凹は握った人間の指のあとで、お伊勢さんの五十鈴川のさざなみを表現してるんですわ」。。。ちなみに関西人のソウルフードともいえるおにぎりせんべいのマスヤは、赤福の社長が作った会社なんですのよ。
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2010年1月1日

2009年が終わり、
2010年が明けました。
みなさんにとって、私にとって、健康+すばらしい年になりますように。
そして365日後の自分が、いい年をひとつ重ねていますように。
新年、あけましておめでとうございます。
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