2010年2月26日

うちではコピー機をリースしてるので、月に一回、営業兼エンジニアーがメンテナンスに来てくれます。
メンテナンス中は私は仕事ができないので、つかず離れずで世間話なんかをするのですが、担当者の一人・ジョニー(仮名)が先日こんなことを言っていたのです。
「ぼくは読書が好きなんですけど、必ず、違う種類の2冊を同時進行で読み進めるんです」
要するに、通勤電車ではA、自宅ではB、翌日の出勤時はB、帰りの電車ではA・・・・という感じらしい。
・・・・・・
えええ。なんでわざわざそんなことを?!
私だって資料を何冊かあっちゃこっちゃ同時に開くことはあるけれど、自分の楽しみとしての読書ではあり得ない。
彼に言わせれば、「僕の場合は必ずこのパターンです。ストーリーや内容がこんがらがったりはしませんよ」とのこと。
「わからん。なんでわざわざそんな読み方するのか」と聞いたら、返ってきたのが↓この答え。
「血液型がAB型だからじゃないでしょうか」
あのー、みなさんはどう思われますか?
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2010年2月24日
それにしても、バンクーバーのフィギュア男子。
始まる前は、「金メダルはロシアのプルシェンコ選手が取るだろな」と予測してませんでしたか?
高橋大輔選手に期待してなかったってことじゃなくて、プルシェンコ選手があまりにも強くて揺るぎなくて、彼が登場するだけでパーッと華やいだかと思うと・・

って、金という金を竜巻のようにさらっていくイメージが強いもので。
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スケート界の帝王、エフゲニー・プルシェンコ (Evgeni Viktorovich Plushenko)。ご存知のように、彼は2006年トリノ五輪で金を獲得したあといったん引退したんですよね。
ところが2009年に復帰してあちこちで金を総なめにして、「まだまだ滑れるじゃん、それどころかやっぱり怪物じゃん!」と世間を驚愕させたのは記憶に新しいところ。
現在、五輪の採点方法について抗議を表明したことで物議をかもしているようですが(四回転ジャンプを成功させたプルシェンコが銀で四回転を飛ばなかったアメリカのライサチェク選手が金を獲得したのはおかしいとロシア国内で反発の声があがっている模様)、そんな動向も含めて、常に注目を集めるスター選手であることは間違いありません。
・・・・・・・・・
いやいや。賛否両論はあれど、彼は本当にすごいと思う。
目の当たりにしてつくづく感じたんです。
そう。私は見たのです、生プルシェンコ王子のお姿を。
ほーれ↓ このとおり。

私が撮ったんですよ。会場の、私の席から。
ちょっと古い話だけど、そのときのことを少し。
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2008年5月、中欧はセルビアの首都ベオグラードで開催された「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」。このブログでも何度も話題にあげてるけど、テレビの視聴者の電話投票で優勝歌手が決まる、ヨーロッパの国対抗の歌謡曲オリンピックですよ。
私が熱愛するセルビアの歌姫―――マリヤ・シェリフォヴィッチMarija serifovic―――が優勝してセルビアが開催地となった大会で、あほミーハーな日本人ファンは、本戦オープニングで前年勝者として歌うマリヤの晴れ姿を拝みに行ったわけです(これが二回目のセルビア訪問。あほ。結局一年の間に3回行った)。
ま―――さかそこでプルシェンコを見られるとはね。

出た―――――――――って感じでしょ?
現役を引退し、アイス・ショーに出演するだけにとどまっていた2008年当時の貴重な国際的露出です。
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歌の大会になぜ彼が登場したかというと、ロシア代表の歌手、ディマ・ビラン君のバックダンサーとして起用されたからなんです。
「こんな大物を起用したら、肝心の歌手がかすんじゃうんじゃ?」と思われるかもしれませんが、こうなったのには明快な理由がある——あくまでも森の憶測ってことにしておきますが—–ずばり、ロシアは2008年大会でどうしても優勝したかった。勝たないわけにはいかなかったからであります。
・・・・・・・
●どうしてもロシアが2008年大会で負けるわけにはいかなかった理由●
①まだ一回も優勝したことがなかったから

1994年の初参戦以来、毎回いい線まで行くのに白星なし。 優勝しないと開催国になれないってこともあり、「このままでは大国のメンツがたたない」って感じではありました、確かに。
②トップ・アイドルが歌手生命をかけた二度目の挑戦だったから
このときの代表歌手のディマ・ビラン君(Dima Bilan/ ジーマ・ビラン)、じつはユーロビジョンの出場は二度目だったのです。

↑2006年のディマ君。飛ぶわ跳ねるわ、ものすごい熱演だったのに、トップと僅差で惜しくも二位。
ただでさえ負けん気の強いディマ君が、ど根性で出場権をゲットした「リベンジ参戦」だったわけです。
③ロシアはこのタイミングを逃すわけにはいかなかった
テレビ視聴者の電話投票で勝者が決まるユーロビジョン。ただし自国の歌手には投票できないシステムです。
ロシアのみならず、スラブ文化圏(ロシア語文化圏)一帯で若い女の子からキャーキャー言われてるディマ君は、他国からの集票ものぞめるトップ・アイドルだから、ロシアにとっては願ったりかなったり。
開催国セルビアとロシアは関係性が兄弟的であり、ということは今大会は優勢になる可能性が高かった。「今年勝たなきゃいつ勝つねん」状態だったことはたしか。

↑ディマ君Tシャツを着て黄色い声をあげていたディマ君の熱狂的ファンのセルビア人の女の子。周囲のひんしゅくをかうかう。
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というわけで、ロシアが国のメンツをかけて総力あげて送り込んだのが・・・

↑このセットだった、というわけでございます。
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この豪華っぷりは、明らかに特殊でしたなあ。
「ステージに上がれるのはその出場国の人間であること」……といった規定があるのですが、ロシアがチームに加えたバイオリニスト(エドウィン・マートンEdvin Marton)は、ハンガリー系の両親のもとウクライナで生まれ、現在はブタペスト在住。
要するに「ロシア人とちゃうやんか!」とつっこまれる人材だったわけですが、どうやらロシア側が「彼は過去にモスクワの音楽学校に在籍していた」「そもそもウクライナはソ連だったわけだし」といったなんらかの理由をこじつけたのでしょうかね。詳しくは知らんけど。
彼は二億円の名器・ストラディバリウスの生涯貸与をうけた新進気鋭のバイオリニスト。またプルシェンコ王子の伴奏曲の作曲家&共演者としても知られている。
なお、プルシェンコの奥さんはディマ君の敏腕プロデューサーだそうで、ディマの勝利に王子が一肌脱ぐのはある意味必然でもあったのでしょう(ロシアの芸能界とスポーツ界のキーパーソンのカップリング・・・松平健と大地真央が結婚したときよりはるかに強烈な「庶民との隔絶感」「黒幕感」というか、怖さを感じるのは私だけでしょうか・・・・?)

ステージ・セットの大きさにも規定があるので、いわゆる練習用の擬似リンク(氷ではなく樹脂)素材で作られた小さな円形台の上を、回って飛んで魅せまくったプルシェンコ王子―――ステージの小ささをまったく感じさせず。さすがでした。
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さて。プライドが高いことで有名なディマ君が、はたしてそんなお膳立てをされてプライドが傷つかないのか、純粋に歌だけで勝負したいと思わなかったのか・・・・と、じつは私は気になったのですが・・・。
だれもが「悪くないねえ」と言いそうな、わっかりやっすーいバラードを、ヨーロッパの実質共通言語である英語で歌い上げ(ディマ君ったら英語が話せないのに)、プルシェンコの見せ場ではちゃーんとうしろに引き下がるディマ君を見てわかりました。
話題と視線が二億円バイオリンやプルシェンコに注がれようと。
お子さま向けパフォーマンスと叩かれようと。
勝つことに意義があったのです。

んで、ちゃんと勝ったんだからすごい。

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ロシアの作戦は見事に成功し、ロシアは悲願の初優勝を飾ったわけですが、会場のユーロビジョン・ファンのブーイングは凄まじかったのなんのって。
会期中、毎日わたしの隣で観戦していた、イスラエルから来たユーロビジョンおたくのエラン君↓は・・・・

開票結果を真剣に凝視するエラン君
ロシアの優勝が確定するやいなや、

↑と、怒って帰ってしまった・・・・。
(半年後、彼はインターネット上で私を探しあてて「あの時はさっさと帰ってごめんね。ロシアが卑怯な勝ち方をしたことでカーッとなってしまって」と連絡してきた。ロシアの優勝がよっぽど不本意だったんやなあ…)。

ほかの観客も次々と席を立ち、表彰式ではもう席はガラガラ。
テレビ視聴者のウケはよくても、わざわざ外国から大会を見に来るほどのユーロビジョンファンにとっては「卑怯者!」「汚い手を使いやがって」な勝ち方だったというわけでしょうな。

おかまいなしに大はしゃぎのロシアチームと、プレゼンターを務めた前年勝者のマリヤ(当時23歳・女)。マリヤちゃんったら校長先生みたいだゾ~!
このとき、マイクを向けられたプルシェンコ王子は満面の笑みで言いました。
「私はスケートで数々の金メダルをとってきましたが、ここでも優勝を勝ち取れて、ロシアに優勝をもたらすことができて嬉しいです」
・・・・・・・・・

今すぐ戦争になってもおかしくないムードの会場。二万人の観客のうち、日本人はおそらく私一人だった。ちなみにこの大会のテレビ視聴者は10億人と言われております
・・・
テレビやDVDの映像では歓声に聞こえる客席の声が、現場ではそうとは限らない。
「負けろ」「失敗しろ」という負の念や、氷のような視線、同国人からの「何が何でも勝て」というプレッシャー。
それらが渦巻く中で選手たちが戦っているのが国際試合なんだということを、このとき体感で学んだ気がします。
試練はどの選手も平等だとはいえ、プルシェンコはロシアというでっかい国旗を背負ってそんな場所で勝ち続けてきたんですね。
・・・・・・・・・
王子の先日のショート・プログラムをいっしょにテレビ観戦した、私の師匠が言いました。
「彼は天才なんだろうね。天才だけど努力してる。だからすごいんですよ、彼は」
・・・・・・・
生後9ヶ月で走りまわり、4歳でスケートを始め、二ヵ月後にはもう試合に出されたというくらいだから、資質があったことは確かでしょう。
しかしもともとは体が弱く、わずか11歳で親元を離れ、孤独・貧困・劣悪な環境から這い上がってきた。
故障と手術を繰り返し、バンクーバーも注射で痛みを逃がしながらの参戦だった。
そう聞くと、「天性のスケーター、優雅な天才王子☆」なんてのどかに言ってられなくなるし、彼が勝利や採点方法にこだわるのは当然という気がするのです(「オリンピックの審査は四回転ジャンプに対する評価が低すぎる」という彼の主張は今に始まった話ではないようですし)。
今後も論争は続くんでしょうね。
・・・・・・・・・
まあ、展開がどうであろうと、バンクーバーの表彰式を見た娘がつぶやいた・・・・


↑これを聞いて、「ほんまやなあ~~~」と思ったのは確かです。
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興味ある方はご覧になって。そのときのパフォーマンス。三分きっかり。
見どころは、
①1:52→じらしてじらして、やっとこさ登場するプルシェンコ王子の「出たっ!」感。
②2:21→くるっと王子がふりかえると、「バラ、バラ、バラ、白バラ、白バラ~~~っっ∞・・・画面に白バラがあふれる~っ」(娘の談)な感じ。
③ステージに向かって右方面の客席の暗闇の中に、わたくしがいる(はず)
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2010年2月21日
「次回は西荻について書きます」なんて予告しておきながら、先に書かずにいられなくなってオリンピックの話。
フィギュアスケートの高橋大輔選手の演技、ご覧になりましたか?
素晴らしかったですね~~~! 高橋さん、かっこよかった。そしてメダルが取れて本当によかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「金を取りに行く」と宣言した高橋さんが、金は取れなかった。
だからこういう時は、果たしておめでとうと言っていいものかどうか。もしかするとご本人は言われて心苦しかったりしないのか。無責任な立場の人間が、メダルメダルとはしゃぐのは無神経じゃないのか。 そんなふうに躊躇したんですが、銅メダル獲得後の高橋さんのコメント―――「満足ではないが、メダルが取れてすごく嬉しい」―――を聞いて、この簡潔な言葉に高橋さんのいまの気持ちがすべて正直に集約されていると感じたので、安心して大声で言いたいと思います。
高橋さん、銅メダル獲得、本当におめでとう!!
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19日。昼に速報で知り、夜にNHKで見て、夜中にビデオ録画をあらためて鑑賞。
で、ひとりさめざめ泣いたのです。
リスクの高い四回転ジャンプに挑戦したこと。ケガを克服しての参戦だったこと。四回転には失敗したけど、あとの滑りがそれをカバーするパワーと集中力にあふれていたこと。だからよけいに感慨深かったし、それがちゃんと評価されてよかったと胸をなでおろす気持ちです。
やっぱりなんだかんだいって、ケガを克服しての参戦だったことは大きい。昨年、高橋選手が故障してリハビリに取り組んでいた期間のドキュメンタリーをテレビで見ていたものだから、よけいに胸にせまるものがありました。
そのドキュメンタリーに映し出されていた高橋選手は、足にはサポーターがぐるぐる巻きで、マッサージ師の前で苦しそうに横たわり、リハビリ内容はあまりにも地味で地道で、もうぼろぼろに見えた。この人がもう一度リンクで飛ぶなんてあり得ないと思ったほどで、だからオリンピック本番での滑りは、まるで奇跡を見るような思いでした。
彼にとってそれがどんな日々だったか。
テレビで垣間見えるものなんてきっとほんの一部に違いないから、想像するしかないんだけど、それを想像する機会もまた、彼が得たメダル、そして高橋選手が与えてくれたもののような気がしています。
・・・・・・・・・・・・
新聞によると、昨季に右足に大ケガをおったさい、高橋選手は出口の見えないリハビリ生活から逃げ出して2週間ほど行方をくらましたことがあったそうな。
二週間。
私には、この二週間という数字が強烈に印象に残りました。
たとえばそれが三日間だったとしても、けっこう長い。
たとえ一日でも社会との関係性を断ったり離れるのは怖いのに(ましてや彼はマスコミから動向が注目され、スポンサーやコーチや応援団との関係も崩壊しかねないわけだから)、それが二週間とは。その時点で彼の中に、スケートと決別する覚悟があったことを示す数字のように思えます。
いっぽう、二週間はとても短いようにも感じる。
自問自答のすえ、「やっぱり自分にはスケートしかない」という答えに行き着いて、リハビリを再開した高橋選手。「故障したから仕方ない」「もう十分やってきた」「これが自分の運命だ」という考え方や、周囲の慰めと理解も得られたはずなのに、スケーターとして前へ進む覚悟を決めた。苦悩の中、ふたたび動き出すまでが二週間というのは、とってもスピーディーだったと言えるんじゃなかろうか。
いろんな事情があって、動き出せないことが人生にはいろいろある。休んだり、止まったり、考え込む期間も必要なんだと思う。
でもいつまでもそこにすがらず、とどまらず、きちんと動き出すことの大切さを、私は高橋選手の「二週間」という数字から教えられたような気がしています。

金=ライサチェク(アメリカ)、銀=プルシェンコ(ロシア)ともに、彼らの演技はやっぱり圧巻でしたね。
でも私は高橋選手の滑りについては、「彼らより劣ってるから銅」「4位以下の人が失敗してくれたから3位」というふうには、そういえば一ミリも感じなかったんだよなあ。もちろん競技だから点なんかどうでもいいと見てたわけじゃなかったんだけど、高橋が滑ってる間は、彼が舞うパフォーマンスそのものに純粋にひきつけられておりました。
高橋大輔だから得られた銅メダル、最っ高でした。
高橋選手に、あらためて。ありがとう―――っ! おめでとう!


・・・・・・・・・
ところで、この方↓
はいっ、今回は残念ながら銀だったけど、負けてなお王者の風格・ロシアのプルシェンコ王子でございます!
へへへ。わたしね、彼の滑りをナマで見たことがあるんですのよ~。
それについての詳細を、次回。
(ああ~~~西荻窪が先延ばしになってゆく・・・)。
・・・・・・・・・・・・
高橋選手のショート・プログラムで使われた『eye』という曲は、アコーディオン奏者として名高いcoba(コバ)さんの作曲。彼が自身のブログで高橋選手に向けて書いた文章、これがグッと来ましてねえ(特に、「本番を前にした彼に、楽しんで、などというつもりはない」というくだり)。ぜひご覧になってみてね。さっそく、昔買ったcobaさんのCD(写真。↑eyeは入ってないけど)を出してきて聴いてしまった。
http://coba.eplus2.jp/article/140707941.html
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15歳の高木美帆選手。うちの娘が13歳ってことは、娘が保育園のリス組だったときにゾウ組だったってことか~ひょえ~!と、庶民的なしょぼいスケールのモノサシですごさを実感。35位とはいえ、世界で35番目ですからな。応援するぞ!
金に輝いたアメリカのライサチェク選手のことを、娘は「CGで作ったみたいな顔だね」と言い、大阪の姉は「映画アバターに出てきそうやな」・・・も、もちろん男前ってことですとも
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2010年2月18日

オレンジ色の電車でおなじみ、JR中央線沿線。
東京在住でない方でも、「ああ、文化人というか、ちょっと変わった人たちが集まってるっぽいエリアでしょ?」って、思い当たるんじゃないかと。
そうです。青山・表参道がエッジなTOKYOカルチャー発信地(緊張感ある空間に加湿器の音だけが響く)だとすれば、中央線沿線はいまだにサイフォン式コーヒーやLPレコードが実働してそうな、「文化系自由人」という字面がぴったりな人々の生息エリアであります。
・・・・・・・・・・・・・
私は一度も中央線沿線に暮らしたことはないのですが、東京在住20年の私なりに抱いている「中央線な人びと」の脳内イメージを並べてみることにしました(まあ、たいていの東京住民にとっての中央線イメージはこんな感じですよきっと)。
さすがに今は↑こんな文士はおるまいですが。かつて太宰治(三鷹)、井伏鱒二・与謝野晶子(荻窪)、北原白秋(阿佐ヶ谷)など、多くの作家が暮らしていたことは有名。
音楽系はジャンルを問わず、高円寺周辺に集中。ちなみに現在「おたくの聖地」と呼ばれる中野駅前の「中野ブロードウェイ」上階には、かつて沢田研二(ザ・ピーナッツと離婚するまで)、青島幸男(東京都知事になるまで)も住んでいた。
両者ともに、間違っても「HANAKOに載ってたから」という理由では行く店を選ばないタイプ。いや・・・オーガニックさんのほうはむしろ「OL時代はHANAKOがバイブルだったけど率」が高いかもしれんなあ。

アカデミックおじさんのカバンには英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語あたりの本が入っているが、あくまでも参考文献であり、本来の専門はウズベク語・セルボクロアチア語・アラビア語(シリア方言)といったマイナー言語の文化圏。かつての文学青年が文学への興味と情熱をしぼませないまま大人になったようなケースで、翻訳・執筆・大学教授などが職業。「ドル固定360円時代に国費留学あるいは放浪した先」が第二の心のふるさと(以上妄想)。
白ダウンのお姉さんは中央沿線に住んでいるわけではなく、西武新宿線や青梅線方面から買い物目的で来ただけの可能性が高い。中央沿線はスタジオジブリ(東小金井)などのアニメ制作会社が点在するゆえ、海外のアニメ・ファンの間では聖地とあがめられております。
バラエティに富んでる。けど妙な一貫性がある中央線沿線。
………………
もちろん私が生まれ育った大阪にも、さまざまなカルチャーがありました。
しかし私はそれらと中央線沿線との間に、なにやら決定的な違いみたいなものを感じてしまうのです。
いわゆる関西(うどん)VS関東(そば)みたいな差異じゃなくて。
・・・・で、はたと思い当たったのが、「実家で親と暮らしてる率」の違いでございました。

玄関を出るときに親から「なんだその格好は?!」「どこ行くの?」「誰と会うの?」と言われるのと言われないのとの違い。家賃と生活費をやりくりしながら「好き」を追うのと、そうじゃないのとの違いは、やっぱりあるんじゃないかと。
(もちろん大阪にも九州や四国から仕事や勉強のために出てきた人がたくさん住んでいる。けど絶対数が違う。おそらく一人暮らしの目的も傾向が違う。「親元に住んでたら自分らしく生きられない」という意味ではなく、単純に「環境の違いがありますわな」という話ね)
・・・・・・・・・・・・
「東京で一人暮らしなんて、気ままでけっこうだね」「夢を追って上京なんてロマンチストだね、甘ちゃんだね」と、言う人がいます。
否定しません。だけどね。
じつは現実的でなければロマンや理想を抱き続けることなんてできないんじゃないかと思うのであります。
一人暮らしは気ままであると同時に、孤独でもある。家賃は高いし、さまざまな現実が切実に迫ってくる。
つまりつべこべ言われなくても、ちゃんと「現実」に淘汰されてゆくのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この沿線にかつて多くの作家が暮らしたのも、70年代のヒッピー・ムーブメントや学生運動の集会が夜な夜な開かれたのも、平日昼すぎにボサボサ髪+つっかけ履きで表を歩いても後ろ指をさされないような、呼吸しやすい開放的な土地柄だったからだそうです。
まだエスニックなんて言葉が日本語になかった時代に、ヨガも、チャイも、鼻ピアスも、アフリカの太鼓も、とりあえず存在できた場所。そんな土壌は東京ならではだと思うし、私が東京を好きなのはこういうところです。
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中央線な人びと。
「若気のいたり」を通り越し、なおそこで生きる人びと。
珍人ではあるけれど、意外と変人ではないんですよね(←微妙に違うの。数が少ないのが珍人、わけわからんのが変人)。ユニークな人たちが磁力にひかれるように集う。集うからビジネスも交流も成立する。だからきっと淘汰もされる。
中央線に暮らした人は、中央線沿線から離れられなくなるというのはよく聞く話。そんな中央線沿線独特の中央線っぽさに一歩距離を置いて「たまに行く場所」にしておきたい人種もいて、私もそんなひとりです。
いずれにせよ、日本中どこもかしこもスタバとビッグ・カメラとルミネばっかりーみたいな画一化が進んじゃった時代に、いまだに「絶対無二の中央線沿線っぽさ」が色あせず元気ってのがすごいなあと思うし、うれしいのであります。
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ところでなぜいきなり中央線を語ったのかというと、ええと、じつは先日約12年ぶりに下車した西荻窪(にしおぎくぼ)について書こうとしたら、序章だけでやたら長くなってしまったという次第でしてね。へへ。
というわけで、次回は、♪るんるん♪もりりんの西荻ぷちガイド♪ お楽しみに!(ほんまにプチですが)
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矢野顕子の名盤中の名盤、『Super folk song』(スーパー・フォーク・ソング)。この中に収録されてる一曲、その名もずばり『中央線』。-------- 走り出せ中央線 夜を越え僕を乗せて♪ 名曲中の名曲です!
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2010年2月14日
少なくとも私は、見たことがないのです。「これはたいしたことないな」という民族衣装を。
「民族衣装はどれも民族の誇りなんだから、素晴らしいに決まってるじゃん」といった感情論じゃなくて、単純にファッションとして見たときに。
だってね、中にはたいしたことないものがあってもおかしくないじゃないですか。服作りのセンスや技術がイマイチとか、装飾的なものへの価値観ゼロとか、日本人の目から見ると変だったり。なのにどれもこれもが息をのむほど美しいってのはどういうことか。
うーむ。これって、考えてみればけっこう不思議じゃありませんか?
これはもう、神さまがそれぞれの民族にわけへだてなく
↑って、授けたんじゃないかと思ってしまうほどです。
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写真は、中欧はセルビア共和国の「国立コロ民族音楽舞踊団」のステージ。代々木で見てきたんです。総勢45名の来日公演。
これがもう、最っ高にブラボーで。衣装も超かわいいでしょ? 南スラブの農村の収穫祭や結婚式――すなわち庶民のハレの場――で生まれ継承されてきた歌と踊りなんです。
コロは世界の伝統舞踊団の中でもはえぬきの、「フォークダンスはコロに始まりコロに終わる」と言われるほどの存在だそうで、ダンサーは一流の歌い手でもあり、こぶしきかせて歌うわ踊るわ。要するに最高のフォルクローレ・パフォーマンスを見たわけですな、私は。
何百年も前にも、ヨーロッパの農村でこんな格好でみんなで踊ってたんだと想像したら、なんだか愉快になってきました。
・・・・・・・・・
終演後、会場にいた顔見知りのセルビア人女性に声をかけ、「どうでしたか?」って聞いてみたら、こんな答えが返ってきました↓
「ああ、これだー!って思いましたね。自分の中にあるものが目覚めたり思い出されたり。自分の中にはこれが流れてるんだわってつくづく感じましたよ」
なるほどね。やっぱりそうなんやね。
私の中にわきあがったのは異文化に対するリスペクト。いっぽう、セルビア人の彼女にとってはすんなり魂と呼応するもの(私にとっての盆踊りの河内音頭か)であったわけです。当然と言えば当然だけど、素晴らしいと感じる気持ちは同じでも性質は微妙に異なるってことをあらためて確認したのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日前に新聞で読んだ、舞踊家の長嶺ヤス子さん(73歳)のコメントがとても印象的だったんです。
彼女が1980年代にニューヨークで『道成寺』を披露したとき。会場は大喝采に包まれたものの、なんと長嶺さんは踊りながら虚しさを感じていたというのです。あっ、観客に伝わってないなと。
道成寺はご存知、清姫という少女が僧・安珍に惚れたものの裏切られ、怒りのあまり大蛇に化身、鐘に逃げ込んだ安珍を焼き殺すという伝説。日本で上演したさいには観客が人間の情念や業の深さに反応したのに、『ひどい男とは別れたらいい』という感覚のアメリカ人にはそれが理解されないんだと、長嶺さんは肌で感じたというのです。じっさい、終演後のインタビュアーの質問は『何を食べたらそんなにエネルギッシュに踊れるのか?』―――たしか以上のような内容で。
・・・・・・・・・
これを読んだときに、溜飲がやっと下がった気がしたのです。
異なる民族の人と、にっこり笑って握手をするのは簡単でも、すぐにお互いの本質を理解しあえるわけではない。
「人類はみな兄弟、言葉がなくてもわかりあえる」というようなセリフは軽々しく口にできない。
そんな思いを、ずっと抱いてきたからです。
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じつはね。ディズニーランドの「イッツ・ア・スモール・ワールド」や、かつて宝塚ファミリーランドにあった「世界はひとつ」などの人形アトラクションを見ると、私は泣いてしまうんです。
ロシアのコサックダンス。韓国はチョゴリ姿でアニョハセヨ。オランダでは風車がまわり、アメリカでは頭に羽飾りをつけた先住民がずんどこ太鼓を鳴らす。
そして最後は、各民族の衣装を着た子どもたちが輪になって「世界はひとつ」を歌うのがお決まりですよね。それぞれが自分にいちばん似合う衣装を着て、にこにこ笑って隣の子どもと手をつなぐ。
「ほんまはこれがええなあ。これがええんやけどなあ」と思う。
だけど現実の世界はそうではない。
だから泣けてくる。

・・・・・・・・・・
家へ帰ると、新聞には「自爆テロで16人が死亡」というたった15行のベタ記事が当たり前のように掲載されている。イスラエル軍の爆撃で家を失った女の子が、「パレスチナは私たちの誇りだ!」と叫びながら、イスラエル国旗を焼き払う。中国のウイグル自治区で、漢民族の警官が乗ったパトカーのフロントガラスが叩き割られる。オリンピックの会場で、日本の選手団に罵声が浴びせられる。
それぞれにそれぞれの事情や主張や感情があって、すべてが丸くおさまる日なんて永遠にやってこないような気がしてしまいます。
・・・・・・・・・
だけど、あきらめるわけにはいかないじゃないですか。
お互いがしっかり理解して、許容して、尊重しあうのが理想ではあります。
でももういっそのこと、 理解せよ、理解すべきと叫ぶのはあとまわしにして、ひとまず「違う」を認めるところから始めたらどうだろう。そんなふうに考えたりしたのでした。
過去なんか水に流せとか、討論は無駄といった意味ではないです。あらゆる「違う」とともに生きている人がいることを認めなければ、話さえ始まらないということです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・











「われわれの民族衣装は世界一美しい」
世界のあちこちで聞く言葉です。
それは間違いだけど正しいな、と思うのであります。
世界一美しい民族衣装は、きっと世界中にあるんです。
世界には、世界一がたくさん。
世界は、世界一だらけ。
・・・・・・・・・・・・・
旧ユーゴスラビアという国家が解体して地図上から消滅しても、南スラブの各民族がそれぞれに育んできた歌やダンスは消えなかった。残そうとした人たちの尽力によるものだったとはいえ、ある意味、残ったのは必然だったんでしょう。国が消えても人が消えたわけではなかったから。
コロの極上パフォーマンスに手拍子を打ち鳴らしながら、とにかく嬉しかったのです。
残っててよかったあ。これが消えていいわけないじゃん。
コロのダンスは、いわゆる「チェーン・ダンス」が基本。手と手をつないで並んだり円になったりを繰り返す、マイム・マイムみたいな「みんなの踊り」。みなさんニコニコ笑いながらのどかに踊ってるように見えるんだけど、足さばきや速さがタダモノじゃない。
セルビア国立コロ民族音楽舞踊団の日本公演は、3月15日まで日本あちこちで行われています。団員じきじきに教えてもらえるワークショップもあるようですぞ。詳細はこちら↓

うーん。お世辞にも似合うとは言えんでしょう。民族衣装って現地の人がいちばん似合って、他民族が着るとコスプレになっちゃうのはなぜか。いっしょに写っているのはセルビア共和国の在日大使、ムルキッチ大使。コロの会場でお目にかかったとき名前を覚えてくださってました。
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2010年2月13日
なんだか健康ネタが続きますなあ。寄る年波のせいか。ま、ええか。
今回は、「はぶ茶」を紹介したいと思います。
はぶ茶。
[聞いたことあるけど、飲んだことあったっけ?]という感じではないでしょうか。
おなじみ爽健美茶のCMソングにも出てくるんですよね。
♪はと麦・玄米・月見草、ドクダミ・はぶ茶・プーアール、爽健美茶♪
でも「はぶ茶」自体は漢方薬や自然食品の専門店にしかないことが多いので、あまり飲む機会はないものと思われます。
それを飲み始めてかれこれ三年。ずばり、「口内炎対策」のためでございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
口内炎体質って、遺伝するんでしょうかね。
私は口内炎に縁のない人生を歩んできたのですが、夫が口内炎ができやすい家系らしく、
↑といった弊害が。それが娘にもしっかり遺伝してしまい、
↑要するに口内炎が家庭内に不協和音をもたらしかねず、なんとかしたいと思い続けてはいたのです。
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そんな折、私が酔っぱらった勢いで入った代々木上原の自然食品屋で発見し、「なんじゃこれ~?うひょひょ~面白そう~ヒック~~」と購入したのがこの本↓

『家庭でできる自然療法 誰でもできる食事と手当方』 東城百合子著/あなたと健康社/1680円(税込)。昭和53年初版でなんと860版!ぎょぎょぎょ!化け物!
要するに、薬による治療ではなく、食べ物や生活習慣による体質改善や手当ての知恵を満載した本。この中に、『口内炎には、はぶ茶がよい』と書かれていたというわけです。
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で、おかげさまで家族は効果を実感しているようなのです。
口内炎は、今でもたまにできてしまう。でもこれを飲んだら「治りが早い」と。
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ありがたいのは、わざわざ煮出す必要がなく、きゅうすで簡単にいれられるという点。
そして何より、「おいしい」ということです。麦茶やほうじ茶系の香ばしい味がみんな大好き。
午後5時過ぎにコーヒーや緑茶を飲むと眠れなくなる夫にとっては、ノンカフェインである点もありがたい。
だからわが家の夕食後のだんらんは、
ハーブ・ティーじゃないよ、はぶ・ティーだよ、というわけでございます。
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2010年2月9日
どのご家庭にも「これのおかげで調子がいい」「体調が改善された」と思えるような食べ物や習慣があるかと思いますが、わが家が
↑と、あがめる救世主は「明治プロビオヨーグルト LG21(宅配用)」であります。
数年前に夫が胃痛に悩まされ、胃潰瘍と診断されたのをきっかけに食べ始めたんです。ご存知でしょう。「リスクと戦う乳酸菌」として、スーパーでも売られてますもんね。
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なんでもLG21は、胃潰瘍や胃痛の要因となるピロリ菌の天敵のエリートなんだとか。
そしてね、本当にありがたいことに週に約4~5個ペースで食べ始めて以降、夫の胃潰瘍が再発してないんです。
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もし試すなら、できれば宅配ものがおすすめ。なぜなら、スーパーの市販品とは品質が異なるから。
宅配のほうはEXなんちゃらとかいう製法でじっくり熟成+培養されていて、要するにスーパーのものより味も品質も上なんだとか。そのぶんスーパー市販品より10~20円ほど高くて、一個130円。
どの町にもきっと、明治乳業の牛乳の宅配屋さんがありますよね。販売所へ行けば宅配契約しなくても小売してもらえるし、電話すればサンプルを持ってきてくれるはず( わたしは明治乳業のまわしものでは、ええ、断じてありませんとも。スポンサーとのしがらみがない場だからこそ、声高におすすめできるわけで)。
胃が弱い人や、家族が「胃が痛いんだよ」と言っても胃薬を常用させたくはないし、かといって胃痛の原因(ずばり社会的ストレス)を取り除いてあげることもできず・・・・と悩んでいる人なんかにも、ぜひ知ってもらいたくて。
明治乳業の宅配の詳細→http://takuhai.meinyu.jp/
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あっ、ちなみに私と娘は「おいしい嗜好品」として楽しんでます。
ついつい食べ過ぎて、夫が食べようとしたときに

↑となってしまうことも・・・・たまに・・・しばしば・・・だったりしますけどね。ははは。
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スイスで農家に泊まらせてもらったときの朝ごはんは、自家製できたてヨーグルト。こんなヨロレイホー♪な気分で毎日食べてたら、べつにLG21でなくても胃潰瘍なんてできっこありまへんな。
ヨーグルトのふるさとはブルガリアだと思ってるでしょう。ふふふ。じつはお隣のトルコが発祥なんです。誇り高きトルコ人に手っ取り早くケンカを売りたいときは「ヨーグルトといえばブルガリアだよねー」と言えばいいのです。イスタンブールのトルコ餃子モモにもヨーグルトをたっぷりかけていただきました。
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2010年2月6日






スイス在住の社会学者Yさんが毎年送ってくれる『スイスあほTシャツ』。最新作は、EU旗の真ん中にスイスをあしらった「Don’t disturb…邪魔しないで」。EUに加盟せず独自路線を貫くスイスをばっちり表現してますなあ。
以前、ここで『ヨーロッパの国名をいくつ言える?(三分間で)』という話を書きました(→http://mori-yuko.namaste.jp/blog/?p=308 )
娘の中学校で、社会科の先生が「三分間でヨーロッパの国名をできるだけたくさん書き出しなさい」と出題。多くのクラスメイトは7~20カ国、うちの娘は32カ国書き上げた(間違いも含む)、という話題でした。
でね。それを読んだスイス在住の社会学者Yさんが、たいへん興味深い指摘をしてくれたので、紹介したいと思います。
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「娘さんが三分間で32カ国も書いたのはすごいですね。でも・・・」
でも?
「『ヨーロッパの国名をいくつ言える?』というのは、ヨーロッパの学校の授業ではあり得ない出題ですよ」
えーっ!? そうなの? なんで?
「どこからどこまでをヨーロッパとするかの定義や、国家の定義が、民族や立場や個人によって異なるからです。少なくとも、多種多様な民族をルーツとする学生が集まる都会の学校ではぜったいに無理ですね。ケンカになっちゃいます」
へええ。目からウロコではありませんか。複雑な歴史や民族間感情など、ややこしそうだなーとは思ってはいたけど、こんな質問さえタブーとは・・・知らなかったぞ。
もし仮に、ロンドンの中学校でこれが出題されたとしたら、たとえば「スコットランドをひとつの国としてあげるのはおかしい」「いや、人口が500万人もいて独自の司法制度もあるんだから立派な国家だってパパが言ってた。たかだか人口3万人のサンマリノが国家と認められてるわけだし」といった国家の定義論に始まり、どこからどこまでをヨーロッパとすべきかの議論が火花を散らす。ようするに正解がない、ということなんでしょうね。
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でも、ヨーロッパとか、アジアっていう言葉はちゃんとあるわけでしょ。
一般的な[ヨーロッパの定義の基準]ってものはないのでしょうか?
しかしどうやら、いずれの分け方をしても、なんらかの不具合や論争が生じるようで。
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以下、森の勝手なイメージによる展開です。
誰かが↓このような意見を言ったとする。

すると地理的にはアジアとされるグルジアについて反論が・・・

宗教文化的にはグルジアはヨーロッパだと。
すると、「イスラム教国であるトルコはヨーロッパじゃないって? 聞き捨てならん」ということになって・・

いっぽう、こんな意見も・・・・
でもすぐに懸念がもちあがる。

こんな展開になりかねない。泥沼というわけですな(あくまでもイメージねイメージ)。
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うわあ、ややこし――――――っ!
ややこしすぎるぞ、ヨーロッパ!!
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ちなみに日本の社会科の副読本には、『ヨーロッパ=47カ国(2010年現在)』というふうに、はっきり区分と国数が記載されているけれど、それはあくまでも日本政府の解釈が基準であって、ヨーロッパの学生が使う副読本ではそんな記載さえあり得ないそうな。
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Yさんは言う。
「ぼくはですね。娘さんがたくさんの国名を書けたことより、むしろ間違えたことのほうが重要だと思うんです(注・娘があげた中には日本の教科書ではヨーロッパとされていないグルジアやアゼルバイジャンが含まれていた)」
というと?
「日本の受験偏重型の教育では、名称や年号や数などの知識が重視され、ロジック(論理)が抜け落ちてしまいがちです。もちろん知識も大事ですが、なぜその国をヨーロッパと定義するのか・しないのかを考えることが本来は重要だと思うんですよね」
なるほど。間違いと指摘されることで、娘は「なぜグルジアがヨーロッパじゃないのかなあ?」って考えるようになるってわけですな。
「そうです。ちなみにヨーロッパの学生はロジックばかりに偏って、肝心な基礎知識が入ってないことが多くて、それはそれで問題なんですけどね」
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『ヨーロッパの国名をいくつ書ける?三分間で』は、私はとても面白い有意義な課題だと思ったし、あくまでもヨーロッパの社会科の授業ではタブーという話なのですが。
いずれにせよ、この課題が出されて生徒同士でケンカにならないのも、保護者から苦情がでないのも、日本が平和ってことかもしれないね・・・・と話し合ったのであります。
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そう言われてみれば・・・
台湾は国か? 北朝鮮は? バチカン市国は?
即答できるかというと、あやしいもんです。
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さて、質問です。これはどこのおみやげでしょうか?(Yさんみやげのひとつ)
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2010年2月4日
夫が、仕事でお世話になった某協会の会合におじゃましてきまして。
その名も―――「日本ツバキ協会」。
昭和28年設立。2500名以上の会員を擁し、ツバキの品評会や情報交換、世界各地の愛好家との交流など活発に活動されているとのこと。
で、そのときの話。
会場の中華レストランに足を踏み入れた夫は、
思わず息を呑んだというのです

みなさんの髪があまりにも黒々と輝いていることに―――
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比較的年齢層が高く、70をゆうに越えている方も多いというのに、白髪率がむちゃくちゃ低い。「もう不自然なくらい黒々で、思わず『カツラですか?』って聞いちゃったぐらい」だそうで。
そして、特に黒々+ツヤツヤの方たちにインタビューして判明した共通項というのがね。
椿油(つばきあぶら)だったんですって。
若いときから、椿油を整髪料として愛用してきたと。
「ツバキの香りが好きで使い続けてきただけなんだけど」
へええ。へええええ。
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科学的な根拠はわかりません。
でも、「ツバキを愛する人々=髪9696」の事実を目の当たりにすると、椿油がなんらかの作用をもたらしていると思わずにはおれんかったよ、という話なのでした。
(ちなみに…毛の量はみなさんお年相応だった模様)
ちょっと聞き捨てならん話でしょ?

椿油。実は私もたまに使っております。頭皮が乾燥してフケっぽくなったとき、椿油+指の腹でマッサージしてからシャンプーすると、すっきり解消するからです。天然成分100パーセントの大島椿がお気に入り(60ml入りでたしか1300円ぐらい。なかなか減らず長持ち)。私も年齢の割に白髪が少ないと言われるけど、もしかすると無関係ではないんでしょうかね。
日本ツバキ協会 http://homepage2.nifty.com/camellia-jcs/index.html
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2010年2月1日
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はじめまして。
わたしのパパは日本人。ママはセルビア人。
今年1月1日の元旦に、東京で生まれたの。
セルビアって国、知ってる?
中欧の、北海道ほどの小さな国。むかしはユーゴスラビアっていう大きな国だったんだって。
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昨年結婚した友人夫婦に赤ちゃんが生まれ、会いに行ってきました。
ああ~(^^)/ もう孫を迎えた気分なんです。嬉しくて嬉しくて。
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そもそもは、一曲の歌との出会いが始まりだった。

ぎゃー マリヤちゃん!(↑ちなみに女/2007年当時22歳)
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セルビア共和国の歌手、マリヤ・シェリフォヴィッチMarija Serifovic。彼女の歌声に、
まんまとハートを撃ち抜かれ
CDを求めて一路セルビアへ(あほ・・・)

するとなぜか
マリヤちゃん本人に会えちゃったりして
あわあわしてる間に
現地の新聞にいっしょにのっちゃったりなんかして
そんなこんなで、なんと三度も訪れて、どんどんどんどん












とんでもなくたくさんの出会いの輪が、国内外で広がっていったのでした・・・。
愛しい、小さなあなた。ようこそ世界へ。
世界には、きれいなものがたくさんあるよ。
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一曲の歌、たった一人の歌声。
その出会いがなければ、こうしてこの小さな手を握ることもなかったんだと思うと、とってもとっても不思議なのです。
じつは隣町に住んでいた、この子の両親。近くにいても、永遠に出会わなかったかもしれないのに。人の縁ってつくづく不思議ですねえ・・・。
ああ―――それにしてもめでたいっ! うれしいっ!
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↓マリヤちゃんがユーロビジョン・ソング・コンテスト2007大会で優勝したときの映像。ぜひごらん下さい(デビューして5年間鳴かず飛ばずだったマリヤの、歌手生命をかけた命がけの熱唱。特に後半はすごい迫力よん)。仲本工事、ハリセンボン、綾小路きみまろ、もうなんとでもおっしゃって。とにかく、私たちの出会いはすべてここから始まったのです。
マリヤ・シェリフォビッチ『Molitva(モリトヴァ/祈る人)』

ヨーロッパの歌合戦で優勝し、英雄となったがゆえに大きく歯車が狂い始めたマリヤの人生。私のマリヤとの出会いから、コソボ独立問題にゆれるセルビア、華やかな歌の祭典を通して見え隠れしたヨーロッパの実情を追った渾身のルポ「翻弄された歌姫」(写真・文・森優子)全11ページが掲載されております。『旅行人』2009年上期号、ぜひお求め下さい。まだバックナンバー売ってます。
購入はこちらから↓
自著『買ってよかったモノ語り』(晶文社)の中のエッセイ、「160円の豆だるま」にもマリヤちゃんのことを書きました~♪
こちらもよろしく。ここから↓買えます。
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