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少なくとも私は、見たことがないのです。「これはたいしたことないな」という民族衣装を。

「民族衣装はどれも民族の誇りなんだから、素晴らしいに決まってるじゃん」といった感情論じゃなくて、単純にファッションとして見たときに。

だってね、中にはたいしたことないものがあってもおかしくないじゃないですか。服作りのセンスや技術がイマイチとか、装飾的なものへの価値観ゼロとか、日本人の目から見ると変だったり。なのにどれもこれもが息をのむほど美しいってのはどういうことか。

うーむ。これって、考えてみればけっこう不思議じゃありませんか?

 これはもう、神さまがそれぞれの民族にわけへだてなくfolkrore↑って、授けたんじゃないかと思ってしまうほどです。

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 写真は、中欧はセルビア共和国の「国立コロ民族音楽舞踊団」のステージ。代々木で見てきたんです。総勢45名の来日公演。

これがもう、最っ高にブラボーで。衣装も超かわいいでしょ? 南スラブの農村の収穫祭や結婚式――すなわち庶民のハレの場――で生まれ継承されてきた歌と踊りなんです。

コロは世界の伝統舞踊団の中でもはえぬきの、「フォークダンスはコロに始まりコロに終わる」と言われるほどの存在だそうで、ダンサーは一流の歌い手でもあり、こぶしきかせて歌うわ踊るわ。要するに最高のフォルクローレ・パフォーマンスを見たわけですな、私は。

何百年も前にも、ヨーロッパの農村でこんな格好でみんなで踊ってたんだと想像したら、なんだか愉快になってきました。

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終演後、会場にいた顔見知りのセルビア人女性に声をかけ、「どうでしたか?」って聞いてみたら、こんな答えが返ってきました↓

「ああ、これだー!って思いましたね。自分の中にあるものが目覚めたり思い出されたり。自分の中にはこれが流れてるんだわってつくづく感じましたよ」

 なるほどね。やっぱりそうなんやね。

私の中にわきあがったのは異文化に対するリスペクト。いっぽう、セルビア人の彼女にとってはすんなり魂と呼応するもの(私にとっての盆踊りの河内音頭か)であったわけです。当然と言えば当然だけど、素晴らしいと感じる気持ちは同じでも性質は微妙に異なるってことをあらためて確認したのでした。

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数日前に新聞で読んだ、舞踊家の長嶺ヤス子さん(73歳)のコメントがとても印象的だったんです。

 彼女が1980年代にニューヨークで『道成寺』を披露したとき。会場は大喝采に包まれたものの、なんと長嶺さんは踊りながら虚しさを感じていたというのです。あっ、観客に伝わってないなと。

道成寺はご存知、清姫という少女が僧・安珍に惚れたものの裏切られ、怒りのあまり大蛇に化身、鐘に逃げ込んだ安珍を焼き殺すという伝説。日本で上演したさいには観客が人間の情念や業の深さに反応したのに、『ひどい男とは別れたらいい』という感覚のアメリカ人にはそれが理解されないんだと、長嶺さんは肌で感じたというのです。じっさい、終演後のインタビュアーの質問は『何を食べたらそんなにエネルギッシュに踊れるのか?』―――たしか以上のような内容で。

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これを読んだときに、溜飲がやっと下がった気がしたのです。

異なる民族の人と、にっこり笑って握手をするのは簡単でも、すぐにお互いの本質を理解しあえるわけではない。

「人類はみな兄弟、言葉がなくてもわかりあえる」というようなセリフは軽々しく口にできない。

そんな思いを、ずっと抱いてきたからです。

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じつはね。ディズニーランドの「イッツ・ア・スモール・ワールド」や、かつて宝塚ファミリーランドにあった「世界はひとつ」などの人形アトラクションを見ると、私は泣いてしまうんです。

 ロシアのコサックダンス。韓国はチョゴリ姿でアニョハセヨ。オランダでは風車がまわり、アメリカでは頭に羽飾りをつけた先住民がずんどこ太鼓を鳴らす。

そして最後は、各民族の衣装を着た子どもたちが輪になって「世界はひとつ」を歌うのがお決まりですよね。それぞれが自分にいちばん似合う衣装を着て、にこにこ笑って隣の子どもと手をつなぐ。

「ほんまはこれがええなあ。これがええんやけどなあ」と思う。

だけど現実の世界はそうではない。

だから泣けてくる。

its a small world

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家へ帰ると、新聞には「自爆テロで16人が死亡」というたった15行のベタ記事が当たり前のように掲載されている。イスラエル軍の爆撃で家を失った女の子が、「パレスチナは私たちの誇りだ!」と叫びながら、イスラエル国旗を焼き払う。中国のウイグル自治区で、漢民族の警官が乗ったパトカーのフロントガラスが叩き割られる。オリンピックの会場で、日本の選手団に罵声が浴びせられる。

それぞれにそれぞれの事情や主張や感情があって、すべてが丸くおさまる日なんて永遠にやってこないような気がしてしまいます。

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だけど、あきらめるわけにはいかないじゃないですか。

お互いがしっかり理解して、許容して、尊重しあうのが理想ではあります。

でももういっそのこと、 理解せよ、理解すべきと叫ぶのはあとまわしにして、ひとまず「違う」を認めるところから始めたらどうだろう。そんなふうに考えたりしたのでした。

過去なんか水に流せとか、討論は無駄といった意味ではないです。あらゆる「違う」とともに生きている人がいることを認めなければ、話さえ始まらないということです。

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「われわれの民族衣装は世界一美しい」

世界のあちこちで聞く言葉です。

それは間違いだけど正しいな、と思うのであります。

世界一美しい民族衣装は、きっと世界中にあるんです。

世界には、世界一がたくさん。

世界は、世界一だらけ。

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旧ユーゴスラビアという国家が解体して地図上から消滅しても、南スラブの各民族がそれぞれに育んできた歌やダンスは消えなかった。残そうとした人たちの尽力によるものだったとはいえ、ある意味、残ったのは必然だったんでしょう。国が消えても人が消えたわけではなかったから。

コロの極上パフォーマンスに手拍子を打ち鳴らしながら、とにかく嬉しかったのです。

残っててよかったあ。これが消えていいわけないじゃん。

 

コロのダンスは、いわゆる「チェーン・ダンス」が基本。手と手をつないで並んだり円になったりを繰り返す、マイム・マイムみたいな「みんなの踊り」。みなさんニコニコ笑いながらのどかに踊ってるように見えるんだけど、足さばきや速さがタダモノじゃない。

コロのダンスは、いわゆる「チェーン・ダンス」が基本。手と手をつないで並んだり円になったりを繰り返す、マイム・マイムみたいな「みんなの踊り」。みなさんニコニコ笑いながらのどかに踊ってるように見えるんだけど、足さばきや速さがタダモノじゃない。

 セルビア国立コロ民族音楽舞踊団の日本公演は、3月15日まで日本あちこちで行われています。団員じきじきに教えてもらえるワークショップもあるようですぞ。詳細はこちら↓

http://www.folklor.com/

 

うーん。お世辞にも似合うとは言えんでしょう。民族衣装って現地の人がいちばん似合って、他民族が着るとコスプレになっちゃうのはなぜか。いっしょに写っているのはセルビア共和国の在日大使、ムルキッチ大使。親切でジェントルで、素晴らしい方です。コロの会場でお目にかかったときも名前を覚えてくださっていて感激!

うーん。お世辞にも似合うとは言えんでしょう。民族衣装って現地の人がいちばん似合って、他民族が着るとコスプレになっちゃうのはなぜか。いっしょに写っているのはセルビア共和国の在日大使、ムルキッチ大使。コロの会場でお目にかかったとき名前を覚えてくださってました。

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セルビアのこのダンスは前にテレビの旅番組で見た事があるけど、曲のフレーズや歌い方が妙に心に響いて記憶に残っとります。衣装ももちろん「カワイイーーーーッッ」だし。
ふむー。民族衣装。。
そんなに種類を知ってるわけじゃないけど、確かにどれもこれもかっこええですな。ジャングルに住んでる人達の入れ墨とか、アフリカの国は忘れたけど極太激重ピアスとか、痛々しいものも多いけど、やっぱりかっこいい。
ホントになんででしょうね?人類が感じる「かっこいい」というツボは共通という事でしょうか。地球上のいろんな場所で、人間達が知恵をしぼって「かっこいい」を追求してたんだなあ、と想像するとかなり楽しいですが。
環境や思想でこんなにバラエティに富んだ衣装を考えられる人間なのに、隣の人間が自分と違う事を考えてるだけで不満を感じる。
家族も含め「自分の隣に居てる人は宇宙人」と世界中の人が思えたら、いざこざが少しは減るかもしれません。

2010年2月15日 10:21 AM | 法皇

私は入場行進に涙腺が弱い人間なのですが、なぜそうなるかというと、世界から集まった人々が同じ目的に向かって集っている事に感激を覚えることが大きな要因だと思ってます。

つい先日もバンクーバー五輪開会式の入場行進を涙と共にテレビに見入りました。

人間って集団心理が大きく考え方を左右するように思うのです。
大きな価値観の違いとか色んな違った考え方はこの広い地球、人類の踏んできた歴史のうえではあって当たり前の事実。
それぞれの集団が「相互理解」という価値観のもとに成り立っていけばいいなあ、と考えます。

2010年2月15日 9:01 PM | かぶ

法皇さん
ほんまや。ほんまにそのとおりやと頷きながら読みました。
入れ墨とか、極太ピアスとか(←どっちも超痛そう)、なんで我々までもがやっぱり「かっこええ」と思うんでしょうねえ。
かっこよさを追求しただけじゃなくて、戦闘、威嚇、他民族へのアピールなど、精神的にじぶんを鼓舞するためにも「スタイル(外観)」は重要だったんでしょうけど、どっちにしてもなぜそれが私にもかっこよく見えるのかは謎です。

かぶさん

あっ、たしかにそうですね、集団心理ってのはきっと大きいですね。

イスラエルの爆撃を受けた女の子が「パレスチナは私たちの誇りだ」とイスラエル国旗を焼き払った映像は、わたしはものすごくショックでした。
その女の子に「希望のかけら」が見えなかったからです。絶望的だと思ってしまった。
うちの娘とほぼ同い年ぐらいに見える女の子に、一瞬でも絶望を感じて、おそろしくてかわいそうで。
「お前なんかにかわいそうだと言われたくない」
と言われるかもしれないけど、私はかわいそうだと思った。
彼女が自分の家や家族を失った物理的な痛手や精神的な傷から、彼女が「相互理解」へ辿り着くのは、一筋縄ではいかないはずだからです。
自分の娘が。
私が13歳のとき。
もし同じ境遇におかれて、はたして「イスラエル憎き」という怒りから開放されて、相互理解へと向かえるだろうか。
家や家族を失っただけでも苦しいのに、貧困、教育をまともに受けられない幼少期を、彼女は被りました。
せめて、教育を。
誰が悪くて、どんなことが素敵だと今後彼女が考えるのかは彼女の自由です。
少なくとも彼女が自由になるためには、翼となる教育が必要だと思います。
法皇さん、かぶさん、うれしいコメント、力づけられました。

2010年2月16日 2:05 AM | もりりん

こうやって民族衣装を見てみると、ヨーロッパの民族服はちゃんと洋服なんだね。 シャツとズボンとベルト。 民族服というと、体に巻くとか被るとか、前で合わせるとかっていうイメージだけれど、さすがヨーロッパは最先端をいっていたということなのかな。
民族服ひとつとってもこれだけの違い。
形が違う。色が違う。機能が違う。
布を織る技術や、刺繍の技術、縫製の技術も違う。
それぞれの民族服が生まれ育った風土が違う。
そのひとつひとつの素晴らしさを、まず認め合いたいと思います。
違うことこそが素晴らしいと思える世界ならいいのにね。

2010年2月16日 5:34 AM | 二枚刃

こんばんは。
コロの終演後にセルビアの女性が言ったことばを読んで
「ああ、私には歌舞伎や狂言などの日本の文化がながれているんだ・・・。」と考えたら、すごくうれしくなりました。
それにしても、国境という一本の境界線(一部は除きますが☆)を引いただけで、服装から始まり、
日本のようにゆっくりした動きのパフォーマンスをしたり、セルビアのように素早い足さばきをするパフォーマンスをしたりと、こんなにも文化は変わるものなんですね。
並べてあった12枚の民族衣装を着た笑顔の写真を見て、
みんながそれぞれ素敵な世界一をもっていて、それを自分の自慢にし、
大切にしているなあ、と思い  つくづく 「いいなあ」とおもったばかりです。

わたしももっと大切にしなくては

2010年2月16日 10:55 PM | モモカプール

二枚刃さん

おお、そうそう、洋服なんですよね、セルビアの民族衣装は。

私にとっては、布巻きスタイルがいまも日常着ってところが多いのが驚きです。
布一枚がちゃんと衣類の役割を果たすってのはミラクル。
でも子どもを背負ったり水を汲んだり料理をするのに、布ってヒラヒラして邪魔じゃないのかしら、TシャツとGパンなんかのほうが楽なのに、なんで廃れないのかと、よく思います。
「自分たちにとってはそれが着慣れたものだから」とか、「それを着るのが地域での常識(脱ぐには勇気がいる)」などの理由が考えられますけど。
じっさいは、Gパンにはきかえる人が加速度で増えているのが現状で、それは自然な流れとも思えますが、「民族衣装の着方がわからない」という人ばかりになったらちょっと寂しいな。
それにしても・・・民族衣装って世界的に「女はスカート」なんですねえ。

モモカプールさん

歌舞伎や狂言、そういえば見たことないんです。
うわー。やばい。てゆーか、もったいないですよね。
外国を見たくて外国に行くのに、外国に行くと、自分が日本人であることや、日本について考えさせられることが多いです。
日本のこともっと知らなきゃなあ、ですね。

2010年2月17日 12:58 AM | もりりん

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森優子 著者近影

森優子 もりゆうこ/Yuko Mori

旅行コラムニスト/イラスト・エッセイスト。1967年大阪生まれ。大阪芸術大学美術学科卒

学生時代、サハラ砂漠を歩いているときに出会った人物にスカウトされて上京、ガイドブックの編集事務所に就職。93年独立、イラストを含めた執筆活動をスタート。ユーモラスで地に足の着いた旅行術&生活術は、「そうそう」「あるある」「なるほど」という多くの共感を読者から得ている。現在は東京都内にて中学生の娘・夫との三人暮らし。訪れた国は約40カ国。

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