2010年2月21日
「次回は西荻について書きます」なんて予告しておきながら、先に書かずにいられなくなってオリンピックの話。
フィギュアスケートの高橋大輔選手の演技、ご覧になりましたか?
素晴らしかったですね~~~! 高橋さん、かっこよかった。そしてメダルが取れて本当によかった。
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「金を取りに行く」と宣言した高橋さんが、金は取れなかった。
だからこういう時は、果たしておめでとうと言っていいものかどうか。もしかするとご本人は言われて心苦しかったりしないのか。無責任な立場の人間が、メダルメダルとはしゃぐのは無神経じゃないのか。 そんなふうに躊躇したんですが、銅メダル獲得後の高橋さんのコメント―――「満足ではないが、メダルが取れてすごく嬉しい」―――を聞いて、この簡潔な言葉に高橋さんのいまの気持ちがすべて正直に集約されていると感じたので、安心して大声で言いたいと思います。
高橋さん、銅メダル獲得、本当におめでとう!!
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19日。昼に速報で知り、夜にNHKで見て、夜中にビデオ録画をあらためて鑑賞。
で、ひとりさめざめ泣いたのです。
リスクの高い四回転ジャンプに挑戦したこと。ケガを克服しての参戦だったこと。四回転には失敗したけど、あとの滑りがそれをカバーするパワーと集中力にあふれていたこと。だからよけいに感慨深かったし、それがちゃんと評価されてよかったと胸をなでおろす気持ちです。
やっぱりなんだかんだいって、ケガを克服しての参戦だったことは大きい。昨年、高橋選手が故障してリハビリに取り組んでいた期間のドキュメンタリーをテレビで見ていたものだから、よけいに胸にせまるものがありました。
そのドキュメンタリーに映し出されていた高橋選手は、足にはサポーターがぐるぐる巻きで、マッサージ師の前で苦しそうに横たわり、リハビリ内容はあまりにも地味で地道で、もうぼろぼろに見えた。この人がもう一度リンクで飛ぶなんてあり得ないと思ったほどで、だからオリンピック本番での滑りは、まるで奇跡を見るような思いでした。
彼にとってそれがどんな日々だったか。
テレビで垣間見えるものなんてきっとほんの一部に違いないから、想像するしかないんだけど、それを想像する機会もまた、彼が得たメダル、そして高橋選手が与えてくれたもののような気がしています。
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新聞によると、昨季に右足に大ケガをおったさい、高橋選手は出口の見えないリハビリ生活から逃げ出して2週間ほど行方をくらましたことがあったそうな。
二週間。
私には、この二週間という数字が強烈に印象に残りました。
たとえばそれが三日間だったとしても、けっこう長い。
たとえ一日でも社会との関係性を断ったり離れるのは怖いのに(ましてや彼はマスコミから動向が注目され、スポンサーやコーチや応援団との関係も崩壊しかねないわけだから)、それが二週間とは。その時点で彼の中に、スケートと決別する覚悟があったことを示す数字のように思えます。
いっぽう、二週間はとても短いようにも感じる。
自問自答のすえ、「やっぱり自分にはスケートしかない」という答えに行き着いて、リハビリを再開した高橋選手。「故障したから仕方ない」「もう十分やってきた」「これが自分の運命だ」という考え方や、周囲の慰めと理解も得られたはずなのに、スケーターとして前へ進む覚悟を決めた。苦悩の中、ふたたび動き出すまでが二週間というのは、とってもスピーディーだったと言えるんじゃなかろうか。
いろんな事情があって、動き出せないことが人生にはいろいろある。休んだり、止まったり、考え込む期間も必要なんだと思う。
でもいつまでもそこにすがらず、とどまらず、きちんと動き出すことの大切さを、私は高橋選手の「二週間」という数字から教えられたような気がしています。

金=ライサチェク(アメリカ)、銀=プルシェンコ(ロシア)ともに、彼らの演技はやっぱり圧巻でしたね。
でも私は高橋選手の滑りについては、「彼らより劣ってるから銅」「4位以下の人が失敗してくれたから3位」というふうには、そういえば一ミリも感じなかったんだよなあ。もちろん競技だから点なんかどうでもいいと見てたわけじゃなかったんだけど、高橋が滑ってる間は、彼が舞うパフォーマンスそのものに純粋にひきつけられておりました。
高橋大輔だから得られた銅メダル、最っ高でした。
高橋選手に、あらためて。ありがとう―――っ! おめでとう!


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ところで、この方↓
はいっ、今回は残念ながら銀だったけど、負けてなお王者の風格・ロシアのプルシェンコ王子でございます!
へへへ。わたしね、彼の滑りをナマで見たことがあるんですのよ~。
それについての詳細を、次回。
(ああ~~~西荻窪が先延ばしになってゆく・・・)。
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高橋選手のショート・プログラムで使われた『eye』という曲は、アコーディオン奏者として名高いcoba(コバ)さんの作曲。彼が自身のブログで高橋選手に向けて書いた文章、これがグッと来ましてねえ(特に、「本番を前にした彼に、楽しんで、などというつもりはない」というくだり)。ぜひご覧になってみてね。さっそく、昔買ったcobaさんのCD(写真。↑eyeは入ってないけど)を出してきて聴いてしまった。
http://coba.eplus2.jp/article/140707941.html
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15歳の高木美帆選手。うちの娘が13歳ってことは、娘が保育園のリス組だったときにゾウ組だったってことか~ひょえ~!と、庶民的なしょぼいスケールのモノサシですごさを実感。35位とはいえ、世界で35番目ですからな。応援するぞ!
金に輝いたアメリカのライサチェク選手のことを、娘は「CGで作ったみたいな顔だね」と言い、大阪の姉は「映画アバターに出てきそうやな」・・・も、もちろん男前ってことですとも
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こんにちは。
高橋選手が、けがでリハビリ中のことを前にニュースで見て
足をけがしたらフィギュアスケートはまだ続けることはできるのか、
できたとしても元の状態に完全に戻ることはできないのではないか、
そうおもっていましてたが、復帰できてしかも銅をとることができて、
本当によかったと思います。
また、「逃げた」というのを知って、世界規模の選手でも
ちゃんと人間なのだな・・・ と思い、嬉しく思いました。
二週間、
逃げて悩んで悩んで決めて
銅を獲った
私も時間の流れるままにするのではなく
「決める」ことをできるように努めたいです。
2010年2月21日 8:31 AM | モモカプール
挫折を知った人間は強い!!
経験は宝物ですね!!
プルシェンコが判定基準について疑問を投げかけていますが、
私は高橋君の4回転失敗は確かに減点だったかもしれないけど、
違うところで「挑戦」した意気込みへの評価は入っていると思うんだなあ~。「オリンピック」「スポーツマンシップ」に対して無粋な主張のように思ってます~。
プルシェンコの演技は「プルシェンコの範疇」では決して金ではなかったような。あれで金取っても嬉しかったのかなあ、とちょっくら考えてしまう今日この頃です。
2010年2月22日 8:26 PM | かぶ
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