2010年2月24日
それにしても、バンクーバーのフィギュア男子。
始まる前は、「金メダルはロシアのプルシェンコ選手が取るだろな」と予測してませんでしたか?
高橋大輔選手に期待してなかったってことじゃなくて、プルシェンコ選手があまりにも強くて揺るぎなくて、彼が登場するだけでパーッと華やいだかと思うと・・

って、金という金を竜巻のようにさらっていくイメージが強いもので。
・・・・・・・・・
スケート界の帝王、エフゲニー・プルシェンコ (Evgeni Viktorovich Plushenko)。ご存知のように、彼は2006年トリノ五輪で金を獲得したあといったん引退したんですよね。
ところが2009年に復帰してあちこちで金を総なめにして、「まだまだ滑れるじゃん、それどころかやっぱり怪物じゃん!」と世間を驚愕させたのは記憶に新しいところ。
現在、五輪の採点方法について抗議を表明したことで物議をかもしているようですが(四回転ジャンプを成功させたプルシェンコが銀で四回転を飛ばなかったアメリカのライサチェク選手が金を獲得したのはおかしいとロシア国内で反発の声があがっている模様)、そんな動向も含めて、常に注目を集めるスター選手であることは間違いありません。
・・・・・・・・・
いやいや。賛否両論はあれど、彼は本当にすごいと思う。
目の当たりにしてつくづく感じたんです。
そう。私は見たのです、生プルシェンコ王子のお姿を。
ほーれ↓ このとおり。

私が撮ったんですよ。会場の、私の席から。
ちょっと古い話だけど、そのときのことを少し。
・・・・・・・・・・
2008年5月、中欧はセルビアの首都ベオグラードで開催された「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」。このブログでも何度も話題にあげてるけど、テレビの視聴者の電話投票で優勝歌手が決まる、ヨーロッパの国対抗の歌謡曲オリンピックですよ。
私が熱愛するセルビアの歌姫―――マリヤ・シェリフォヴィッチMarija serifovic―――が優勝してセルビアが開催地となった大会で、あほミーハーな日本人ファンは、本戦オープニングで前年勝者として歌うマリヤの晴れ姿を拝みに行ったわけです(これが二回目のセルビア訪問。あほ。結局一年の間に3回行った)。
ま―――さかそこでプルシェンコを見られるとはね。

出た―――――――――って感じでしょ?
現役を引退し、アイス・ショーに出演するだけにとどまっていた2008年当時の貴重な国際的露出です。
・・・・・・・・・・・・・
歌の大会になぜ彼が登場したかというと、ロシア代表の歌手、ディマ・ビラン君のバックダンサーとして起用されたからなんです。
「こんな大物を起用したら、肝心の歌手がかすんじゃうんじゃ?」と思われるかもしれませんが、こうなったのには明快な理由がある——あくまでも森の憶測ってことにしておきますが—–ずばり、ロシアは2008年大会でどうしても優勝したかった。勝たないわけにはいかなかったからであります。
・・・・・・・
●どうしてもロシアが2008年大会で負けるわけにはいかなかった理由●
①まだ一回も優勝したことがなかったから

1994年の初参戦以来、毎回いい線まで行くのに白星なし。 優勝しないと開催国になれないってこともあり、「このままでは大国のメンツがたたない」って感じではありました、確かに。
②トップ・アイドルが歌手生命をかけた二度目の挑戦だったから
このときの代表歌手のディマ・ビラン君(Dima Bilan/ ジーマ・ビラン)、じつはユーロビジョンの出場は二度目だったのです。

↑2006年のディマ君。飛ぶわ跳ねるわ、ものすごい熱演だったのに、トップと僅差で惜しくも二位。
ただでさえ負けん気の強いディマ君が、ど根性で出場権をゲットした「リベンジ参戦」だったわけです。
③ロシアはこのタイミングを逃すわけにはいかなかった
テレビ視聴者の電話投票で勝者が決まるユーロビジョン。ただし自国の歌手には投票できないシステムです。
ロシアのみならず、スラブ文化圏(ロシア語文化圏)一帯で若い女の子からキャーキャー言われてるディマ君は、他国からの集票ものぞめるトップ・アイドルだから、ロシアにとっては願ったりかなったり。
開催国セルビアとロシアは関係性が兄弟的であり、ということは今大会は優勢になる可能性が高かった。「今年勝たなきゃいつ勝つねん」状態だったことはたしか。

↑ディマ君Tシャツを着て黄色い声をあげていたディマ君の熱狂的ファンのセルビア人の女の子。周囲のひんしゅくをかうかう。
・・・・・・・・・・
というわけで、ロシアが国のメンツをかけて総力あげて送り込んだのが・・・

↑このセットだった、というわけでございます。
・・・・・・・・・・・
この豪華っぷりは、明らかに特殊でしたなあ。
「ステージに上がれるのはその出場国の人間であること」……といった規定があるのですが、ロシアがチームに加えたバイオリニスト(エドウィン・マートンEdvin Marton)は、ハンガリー系の両親のもとウクライナで生まれ、現在はブタペスト在住。
要するに「ロシア人とちゃうやんか!」とつっこまれる人材だったわけですが、どうやらロシア側が「彼は過去にモスクワの音楽学校に在籍していた」「そもそもウクライナはソ連だったわけだし」といったなんらかの理由をこじつけたのでしょうかね。詳しくは知らんけど。
彼は二億円の名器・ストラディバリウスの生涯貸与をうけた新進気鋭のバイオリニスト。またプルシェンコ王子の伴奏曲の作曲家&共演者としても知られている。
なお、プルシェンコの奥さんはディマ君の敏腕プロデューサーだそうで、ディマの勝利に王子が一肌脱ぐのはある意味必然でもあったのでしょう(ロシアの芸能界とスポーツ界のキーパーソンのカップリング・・・松平健と大地真央が結婚したときよりはるかに強烈な「庶民との隔絶感」「黒幕感」というか、怖さを感じるのは私だけでしょうか・・・・?)

ステージ・セットの大きさにも規定があるので、いわゆる練習用の擬似リンク(氷ではなく樹脂)素材で作られた小さな円形台の上を、回って飛んで魅せまくったプルシェンコ王子―――ステージの小ささをまったく感じさせず。さすがでした。
・・・・・・・・・・・・
さて。プライドが高いことで有名なディマ君が、はたしてそんなお膳立てをされてプライドが傷つかないのか、純粋に歌だけで勝負したいと思わなかったのか・・・・と、じつは私は気になったのですが・・・。
だれもが「悪くないねえ」と言いそうな、わっかりやっすーいバラードを、ヨーロッパの実質共通言語である英語で歌い上げ(ディマ君ったら英語が話せないのに)、プルシェンコの見せ場ではちゃーんとうしろに引き下がるディマ君を見てわかりました。
話題と視線が二億円バイオリンやプルシェンコに注がれようと。
お子さま向けパフォーマンスと叩かれようと。
勝つことに意義があったのです。

んで、ちゃんと勝ったんだからすごい。

・・・・・・・・・・・・・・・・
ロシアの作戦は見事に成功し、ロシアは悲願の初優勝を飾ったわけですが、会場のユーロビジョン・ファンのブーイングは凄まじかったのなんのって。
会期中、毎日わたしの隣で観戦していた、イスラエルから来たユーロビジョンおたくのエラン君↓は・・・・

開票結果を真剣に凝視するエラン君
ロシアの優勝が確定するやいなや、

↑と、怒って帰ってしまった・・・・。
(半年後、彼はインターネット上で私を探しあてて「あの時はさっさと帰ってごめんね。ロシアが卑怯な勝ち方をしたことでカーッとなってしまって」と連絡してきた。ロシアの優勝がよっぽど不本意だったんやなあ…)。

ほかの観客も次々と席を立ち、表彰式ではもう席はガラガラ。
テレビ視聴者のウケはよくても、わざわざ外国から大会を見に来るほどのユーロビジョンファンにとっては「卑怯者!」「汚い手を使いやがって」な勝ち方だったというわけでしょうな。

おかまいなしに大はしゃぎのロシアチームと、プレゼンターを務めた前年勝者のマリヤ(当時23歳・女)。マリヤちゃんったら校長先生みたいだゾ~!
このとき、マイクを向けられたプルシェンコ王子は満面の笑みで言いました。
「私はスケートで数々の金メダルをとってきましたが、ここでも優勝を勝ち取れて、ロシアに優勝をもたらすことができて嬉しいです」
・・・・・・・・・

今すぐ戦争になってもおかしくないムードの会場。二万人の観客のうち、日本人はおそらく私一人だった。ちなみにこの大会のテレビ視聴者は10億人と言われております
・・・
テレビやDVDの映像では歓声に聞こえる客席の声が、現場ではそうとは限らない。
「負けろ」「失敗しろ」という負の念や、氷のような視線、同国人からの「何が何でも勝て」というプレッシャー。
それらが渦巻く中で選手たちが戦っているのが国際試合なんだということを、このとき体感で学んだ気がします。
試練はどの選手も平等だとはいえ、プルシェンコはロシアというでっかい国旗を背負ってそんな場所で勝ち続けてきたんですね。
・・・・・・・・・
王子の先日のショート・プログラムをいっしょにテレビ観戦した、私の師匠が言いました。
「彼は天才なんだろうね。天才だけど努力してる。だからすごいんですよ、彼は」
・・・・・・・
生後9ヶ月で走りまわり、4歳でスケートを始め、二ヵ月後にはもう試合に出されたというくらいだから、資質があったことは確かでしょう。
しかしもともとは体が弱く、わずか11歳で親元を離れ、孤独・貧困・劣悪な環境から這い上がってきた。
故障と手術を繰り返し、バンクーバーも注射で痛みを逃がしながらの参戦だった。
そう聞くと、「天性のスケーター、優雅な天才王子☆」なんてのどかに言ってられなくなるし、彼が勝利や採点方法にこだわるのは当然という気がするのです(「オリンピックの審査は四回転ジャンプに対する評価が低すぎる」という彼の主張は今に始まった話ではないようですし)。
今後も論争は続くんでしょうね。
・・・・・・・・・
まあ、展開がどうであろうと、バンクーバーの表彰式を見た娘がつぶやいた・・・・


↑これを聞いて、「ほんまやなあ~~~」と思ったのは確かです。
・・・・・・・・・・・
・・・・・
興味ある方はご覧になって。そのときのパフォーマンス。三分きっかり。
見どころは、
①1:52→じらしてじらして、やっとこさ登場するプルシェンコ王子の「出たっ!」感。
②2:21→くるっと王子がふりかえると、「バラ、バラ、バラ、白バラ、白バラ~~~っっ∞・・・画面に白バラがあふれる~っ」(娘の談)な感じ。
③ステージに向かって右方面の客席の暗闇の中に、わたくしがいる(はず)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ブログにコメントを書き込んでいただけるようになりました!ただし各回の題名(オレンジ色のタイトル部分)をクリックしてもらわねば投稿フォームがでないのです。すいません。追って改善します。どしどし書き込んで下さいね)
※ホームページに工事中の箇所が多くて申し訳ありません。執筆者への連絡は、出版社経由、あるいは下記へメールにてご連絡ください(個人的なご質問・お便りなどは申し訳ありませんがご遠慮ください)。
注↑上のアドレスからメールを送信する場合は@の前後のカッコをとってください。
もはや、ひとつの読み物としてこちらの更新を楽しみにしている
二枚刃です。
プルシェンコ王子との遭遇の一部始終を、とても楽しく読みました。
思い返せば1972年の札幌オリンピック
世間がジャネット・リンに熱狂した、あの大会であります。
まだ少女だった二枚刃は、ソビエト連邦からやってきたフィギュアのペア競技のチャンピオン、アレクセイ・ウラノフ元王子にハートを射抜かれてしまったのでした。
ソ連の選手というのは私にとってはすごく神秘的で、刃の鋭さを持つ、まさに鉄のカーテンを開けて吹いてくるシベリア寒気団。
夏も冬も、最強を誇った旧ソビエトが、ここのところ振るわないですからね。。。ユーロビジョン同様、オリンピックも必死なんですね。
昔遊んだサンダーバードのバージル・トレーシーを思わせるライサチェク選手も、私的には加藤和彦とジャッキー・チェンを合わせたみたいなプルシェンコ王子、そしてとにかくいじくりまわしたいくらいに可愛い日本の三人の男子たち。
時代も政治もとびこえて、
とにかく私のハートはドキュンバキュンでもうたいへんなのだ。
2010年2月25日 11:52 AM | 二枚刃
二枚刃さん
サンダーバードのバージル・トレーシー。
ジャネット・リンに、アレクセイ・ウラノフ元王子。
いいなあー 平成生まれにはわからんこのラインナップ!
そうだった。
ソ連の選手というのは、神秘的で怖い存在だった。
かつてソ連は、いわゆる「ソ連システム」で、国の代表となるエリートを育成するための独自のシステムをもちいて(要するに一大国家プロジェクトとして予算もけた外れ)、ロシアとなった現在は様子が異なる模様。
プルシェンコ王子は、ソ連システムで育った最後の選手と言われているそうですね。
2010年2月25日 1:31 PM | もりりん
こんにちは
この文を読んで、今回一番驚いたのは、
プルシェンコ王子が、実は体が弱い人だったということです。
私は今まで、
彼はお金持ちの家に生まれ
小さいころからスケートと共に
生まれ持つ能力を発揮し、
そのための努力もしてきた
本当に王子様のような人
というイメージを持っていました。
確かに彼は私の思っていた通り
能力も持っていたし
努力もしてきたようですが、
まさか体が弱く、貧困など大変な人生
を過ごしてきたとは思いませんでした。
その人自身が醸し出すイメージと、
自分がそうだろうと思ってきたイメージ
を合わせて
私は彼をそのように作られたイメージでみていたのだと
思いました。
ただ、人間はみんな、そう言う作ったイメージだけで
相手を見ていることが多いのではないかとも
思います。
だから相手と話したり身の上をしったら、
共感できたり反発できたりするのだと
思います。
2010年2月28日 12:35 PM | モモカプール
浅田真央ちゃんが銀メダルだった事に王子は自分の時と同じようにジャンプの評価の低さに抗議声明を出していましたね。
確かにフィギュアはスポーツなので、技の技術点は正当に評価はあるべき、とは思いますが・・・フィギュアは総合点のスポーツであるというルールなので、やはり真央ちゃんの銀は妥当だったと思ってしまう私です。。。。
ただ、そのルールの作り方については私も疑問に思うところはあるにはあるのですがね。。。
それにしても、ユーロビジョンに関しては、ロシアという国は、東西冷戦時代の考えはまだまだ引きずっているんだなあ、と思いました。
2010年3月1日 10:58 AM | かぶ
かぶさん
フィギュア・スケートは、芸術性を求められるという点では、ストップ・ウオッチや巻尺で計る競技とは明らかに異なる。難しいところですね。
芥川賞も、アカデミー賞も銀獅子賞も、考えてみれば「すべて評議会の審査による決定」ですから、審査方法に理不尽や疑問を感じて涙を呑んだ人が大勢いることを想像します。
そもそも、採点や順位付けなんかしていいのか?
でも、「勝っても負けてもがんばったから偉い」と拍手を送る小学校のなまぬるい運動会や学芸会なんかを見ると、「評価と順位をつけることの意義」を感じる。
オリンピックもユーロビジョンもアカデミー賞も、常に時代の流れに即した変化をし、ルールも審査方法もそのつど変わってきたことを考えれば、
プルシェンコ王子が審査方法や審査基準に意義を唱えること自体は、健全で自然ーーーむしろ必要なのかも。
2010年3月1日 3:27 PM | もりりん
こんばんは。森さん。
通りすがりのプルシェンコファンです。
こちらのページへは、プルシェンコのオフィシャルホームページのフォーラムからリンクをたどってきました。
こちらのユーロビジョンの写真が数枚紹介されています。
http://www.evgeni-plushenko.com/forum/viewtopic.php?f=12&t=112&start=10#p28603
あぁ、ユーロビジョン、生でごらんになったなんてすごいですね。私はもっぱら動画サイトばかりです。あの狭い空間で彼が踊りまくる様は、なんだかどうしようもなく笑いのツボを刺激してくるので、忍び笑いがこらえ切れません。
森さんの文章を読んで、会場はその無茶っぷりを笑うような状態でなかったことを知り、びっくりです。
ありがとうございました。
2010年5月20日 12:34 AM | あよ
コメントの投稿
トラックバックURL: http://mori-yuko.namaste.jp/blog/wp-trackback.php?p=1193