2010年6月30日
観たでしょう。観ましたね。やはりあなたも、ワールドカップ。
パラグアイvs日本戦。
ええもちろん、私も観ましたとも。今年の梅を漬けながら。
試合開始の約4時間前に、近所の写真家・柏原誠さんから「梅が来たよ」と電話をいただいて。奥様が那須のご友人の6000坪(!)の庭で収穫してこられた、そのおすそわけ。おすそといっても、どっしり7kgあるんだけど。
・・・・・・・
洗って拭いて、へそのぽっちり部分を取り除きながら、夜ジャスト11時に緊張と興奮のキックオフ!!
いやあ……つくづく、すごい試合でしたね。
ずーっと0対0。延長戦でも勝負が決まらず、PKの一球差でようやくパラグアイのベスト8進出が決定した「しんどい試合」。といってもイライラ鬱積という感じではなかったんですよね。両者の恐ろしいまでの集中力が発揮された120分間。心が高鳴りっぱなしの大接戦でした。
しびれる~
すごかった・・・・(どのシーンかわかりますか?)
・・・・
梅作業の終了とほぼ同時に、ゲーム・セット。
応援していた日本は敗退することになって、だからとうぜん残念で悔しい。けど爽快でもあった、そんな試合ってあるんですね。
両者ともに素晴らしかった!
日本チームの男たち、かっこよかったー!
やっぱりこの世で最上級の称号は「かっこいい」やなーと、思ったのです。
あああ
やっぱりせつない、けどね
・・・
というわけで、梅雨の夜長に漬け込まれたわが家の梅ドリンク。
むろん梅だから甘酸っぱいに決まってるんだけど、ネガティブな苦みは入ってはいないのです。
熱きサムライたちの雄姿が自動的に蘇るという特典がついたわが家の梅、飲み頃は梅サワーが10日後、梅酒が約1年後からです。
が、梅酒のほうはいっそ四年後に開けてみましょうかね。
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先日スポーツバーで試合観戦したとき、サッカーファンのM夫妻と「このままでは開催地であるアフリカのチームがすべて敗退してしまう」「うーむ、そろそろ妖術師による呪いが必要になるかもな」と冗談のつもりで話していたちょうどそのとき、スカパーの画面に本当に妖術師がじゃーんと登場したから、仰天したのなんの。「ドイツのポドルスキー選手を呪うようにと依頼されました♪」って、さらっと言い過ぎやがな。ええとね、みなさま、私もかつて見たのですよ。ケニヤやタンザニアの新聞に、妖術師の活躍により解決した事件の記事がさらりと掲載されているのを。それにしてもこの妖術師も、「呪いはワールドカップの閉幕まできくようにかけてあります」って、あっけらかんとしすぎ~~。と、そのとき、M夫妻のみゆきちゃんが鋭い指摘をつぶやいた。「・・・この呪い、誰が依頼したんでしょうね?」・・・・・え?もしかして・・・もしかすると・・・まさか・・・がばめん(ごにょごにょ)・・・
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2010年6月25日
勝ちましたね、サムライJAPAN! デンマーク相手に3点、お見事っ。
気持ちのいい試合で本当によかった。
というわけで、みなさん寝不足ではないかと思うんですけど。
私はね、ええ、はい、寝不足ですとも。
以前はW杯をわざわざ観戦したことってなかったんだけどなあ。
くどいようですが、セルビア・チームのこと。
今朝の日本vsデンマークの24時間前に、セルビアvsオーストラリア戦が行なわれていたんですよ。
観戦したんです。スポーツ・バーなる所へ出向いて。
そんな所へ行くなんて生まれて初めてだったけど、地上波では放送されない試合だったから、観る手段はそれしかなくてね。
・・・・・・
連れは前回の6月18日同様、熱烈セルビア・サッカーきちのM夫妻。
草木も眠る午前3時、万難を排して待ち合わせ場所に集合したのです。


ああ、ミーハーはかくも愚かで純真なり。
そしてたどり着いたスポーツ・バーで、我々はセルビアチームを見守ったのです。

ほかの試合の解説や歓声を聞きながら、視覚だけに集中して声援って、まるで何かの修行みたい(?)
・・・
だけど、セルビアは負けちゃったんですよね、今回は。
2対1。どひゃひゃーん。

・・・
残念だった。くやしーです、そりゃ。
けど、やっぱり観て良かった。
この結果をニュースだけで知るんじゃなくてよかった。
M夫妻と応援できてよかった。オーストラリアの選手団に敬意。それにセルビア・チームのサッカーもとても美しかったです。
あー、だけどやっぱり残念だよお。
・・・
こんな感じですっかり朝になった世間の中をそれぞれの帰路についたわけですが、帰宅するとね、セルビア人の友人たちからいくつものメッセージが届いていたのですよ。

日本にいるセルビア人から。現地セルビアから。これが嬉しくてねえ。
それらのメッセージには、「セルビアを応援してくれてありがとうね」という喜びと感謝、そして次の日本チームの健闘を祈る言葉が付け加えられていたからであります。
これらは彼等の素直で、そしておそらく誠の気持ちだと感じて。
応援したり、応援されたり。ささやかながらも、縁があるから。
たかがそれだけのことだけど、なんかいいでしょ。
・・・・・・・・・

そして24時間後、日本対デンマーク戦が行なわれていたとき、日本がゴールをきめたことを私は遠く離れたセルビアの友人から入ったチャット・メッセージで知たのだった・・・(いくつかのメールも入った)。ああ、なんか、21世紀ですなあ。
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2010年6月19日
ちょいと割り込んで、ワールドカップの話題をば。昨夜のセルビアvsドイツ戦。ご覧になりましたか?
行ってきたのです、参加してきたのです、この夜のために西麻布に出現した「セルビア・カフェ」
でね、贔屓目全開で応援したセルビア・チームが
おかげさまで
勝ったよ~~~~~~~~~~~~っっっ!!!
うっひゃー
ブラボー!!
ドイツ応援してた人、ごめーん!
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東京にぽつぽつ散らばるセルビア人と、
なんの因果かセルビア・チームに熱き思いを寄せることとなった日本人が集結


ともに祈り、
嘆き 手に汗にぎり
ピースサインもおそろい セルビア式指三本立てピ―――ス!!


・・・・
んで勝った、1対0!
嬉しかったあ
旧ユーゴ解体の波乱を経て 今年のワールドカップが「セルビア共和国」として初めての出場だった。 サッカー通に言わせれば、「正直なところセルビアに勝ち目はなかった強豪ドイツ」。
人はだから、サッカーから目が離せないのか。


はっきりいってマイノリティ 「ユーコ!」「ひさしぶり!」 なんだかセルビアがらみの集まりで顔見知りが増えてる
だけど 顔見知りであろうとなかろうと関係ないのがサッカーなのね



セルビア・ドイツ、選手&関係者各位。
そこにいた人たちも、家で応援してた人も、海の向こうもこっち側も。
Hvala puno,Volim teeeeeeee (おおきに、好っきやでええええ!)
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「ずっと胃が縮んで痛んで、手が震えてた」 試合終了後、ぐったり歓喜の放心状態・M夫妻。二年前にセルビアが縁で知り合い、今回いっしょに西麻布へ乗り込んだ。セルビア・サッカーの熱狂的ファン。かつて新婚旅行でセルビアくんだりまで足を運び(夫→初海外)、各地で練習場を見学、「ただそれだけで幸せだった」(本人たち談)のに、なななんとあのピクシー(ドラガン・ストイコビッチ=名古屋グランパス監督)と今大会の花形スタンコビッチらに対面できちゃった。あほミーハーの底ぢから。神様はやっぱ、こういう汗のにおいがお好きなんやね。
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2010年2月24日
それにしても、バンクーバーのフィギュア男子。
始まる前は、「金メダルはロシアのプルシェンコ選手が取るだろな」と予測してませんでしたか?
高橋大輔選手に期待してなかったってことじゃなくて、プルシェンコ選手があまりにも強くて揺るぎなくて、彼が登場するだけでパーッと華やいだかと思うと・・

って、金という金を竜巻のようにさらっていくイメージが強いもので。
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スケート界の帝王、エフゲニー・プルシェンコ (Evgeni Viktorovich Plushenko)。ご存知のように、彼は2006年トリノ五輪で金を獲得したあといったん引退したんですよね。
ところが2009年に復帰してあちこちで金を総なめにして、「まだまだ滑れるじゃん、それどころかやっぱり怪物じゃん!」と世間を驚愕させたのは記憶に新しいところ。
現在、五輪の採点方法について抗議を表明したことで物議をかもしているようですが(四回転ジャンプを成功させたプルシェンコが銀で四回転を飛ばなかったアメリカのライサチェク選手が金を獲得したのはおかしいとロシア国内で反発の声があがっている模様)、そんな動向も含めて、常に注目を集めるスター選手であることは間違いありません。
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いやいや。賛否両論はあれど、彼は本当にすごいと思う。
目の当たりにしてつくづく感じたんです。
そう。私は見たのです、生プルシェンコ王子のお姿を。
ほーれ↓ このとおり。

私が撮ったんですよ。会場の、私の席から。
ちょっと古い話だけど、そのときのことを少し。
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2008年5月、中欧はセルビアの首都ベオグラードで開催された「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」。このブログでも何度も話題にあげてるけど、テレビの視聴者の電話投票で優勝歌手が決まる、ヨーロッパの国対抗の歌謡曲オリンピックですよ。
私が熱愛するセルビアの歌姫―――マリヤ・シェリフォヴィッチMarija serifovic―――が優勝してセルビアが開催地となった大会で、あほミーハーな日本人ファンは、本戦オープニングで前年勝者として歌うマリヤの晴れ姿を拝みに行ったわけです(これが二回目のセルビア訪問。あほ。結局一年の間に3回行った)。
ま―――さかそこでプルシェンコを見られるとはね。

出た―――――――――って感じでしょ?
現役を引退し、アイス・ショーに出演するだけにとどまっていた2008年当時の貴重な国際的露出です。
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歌の大会になぜ彼が登場したかというと、ロシア代表の歌手、ディマ・ビラン君のバックダンサーとして起用されたからなんです。
「こんな大物を起用したら、肝心の歌手がかすんじゃうんじゃ?」と思われるかもしれませんが、こうなったのには明快な理由がある——あくまでも森の憶測ってことにしておきますが—–ずばり、ロシアは2008年大会でどうしても優勝したかった。勝たないわけにはいかなかったからであります。
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●どうしてもロシアが2008年大会で負けるわけにはいかなかった理由●
①まだ一回も優勝したことがなかったから

1994年の初参戦以来、毎回いい線まで行くのに白星なし。 優勝しないと開催国になれないってこともあり、「このままでは大国のメンツがたたない」って感じではありました、確かに。
②トップ・アイドルが歌手生命をかけた二度目の挑戦だったから
このときの代表歌手のディマ・ビラン君(Dima Bilan/ ジーマ・ビラン)、じつはユーロビジョンの出場は二度目だったのです。

↑2006年のディマ君。飛ぶわ跳ねるわ、ものすごい熱演だったのに、トップと僅差で惜しくも二位。
ただでさえ負けん気の強いディマ君が、ど根性で出場権をゲットした「リベンジ参戦」だったわけです。
③ロシアはこのタイミングを逃すわけにはいかなかった
テレビ視聴者の電話投票で勝者が決まるユーロビジョン。ただし自国の歌手には投票できないシステムです。
ロシアのみならず、スラブ文化圏(ロシア語文化圏)一帯で若い女の子からキャーキャー言われてるディマ君は、他国からの集票ものぞめるトップ・アイドルだから、ロシアにとっては願ったりかなったり。
開催国セルビアとロシアは関係性が兄弟的であり、ということは今大会は優勢になる可能性が高かった。「今年勝たなきゃいつ勝つねん」状態だったことはたしか。

↑ディマ君Tシャツを着て黄色い声をあげていたディマ君の熱狂的ファンのセルビア人の女の子。周囲のひんしゅくをかうかう。
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というわけで、ロシアが国のメンツをかけて総力あげて送り込んだのが・・・

↑このセットだった、というわけでございます。
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この豪華っぷりは、明らかに特殊でしたなあ。
「ステージに上がれるのはその出場国の人間であること」……といった規定があるのですが、ロシアがチームに加えたバイオリニスト(エドウィン・マートンEdvin Marton)は、ハンガリー系の両親のもとウクライナで生まれ、現在はブタペスト在住。
要するに「ロシア人とちゃうやんか!」とつっこまれる人材だったわけですが、どうやらロシア側が「彼は過去にモスクワの音楽学校に在籍していた」「そもそもウクライナはソ連だったわけだし」といったなんらかの理由をこじつけたのでしょうかね。詳しくは知らんけど。
彼は二億円の名器・ストラディバリウスの生涯貸与をうけた新進気鋭のバイオリニスト。またプルシェンコ王子の伴奏曲の作曲家&共演者としても知られている。
なお、プルシェンコの奥さんはディマ君の敏腕プロデューサーだそうで、ディマの勝利に王子が一肌脱ぐのはある意味必然でもあったのでしょう(ロシアの芸能界とスポーツ界のキーパーソンのカップリング・・・松平健と大地真央が結婚したときよりはるかに強烈な「庶民との隔絶感」「黒幕感」というか、怖さを感じるのは私だけでしょうか・・・・?)

ステージ・セットの大きさにも規定があるので、いわゆる練習用の擬似リンク(氷ではなく樹脂)素材で作られた小さな円形台の上を、回って飛んで魅せまくったプルシェンコ王子―――ステージの小ささをまったく感じさせず。さすがでした。
・・・・・・・・・・・・
さて。プライドが高いことで有名なディマ君が、はたしてそんなお膳立てをされてプライドが傷つかないのか、純粋に歌だけで勝負したいと思わなかったのか・・・・と、じつは私は気になったのですが・・・。
だれもが「悪くないねえ」と言いそうな、わっかりやっすーいバラードを、ヨーロッパの実質共通言語である英語で歌い上げ(ディマ君ったら英語が話せないのに)、プルシェンコの見せ場ではちゃーんとうしろに引き下がるディマ君を見てわかりました。
話題と視線が二億円バイオリンやプルシェンコに注がれようと。
お子さま向けパフォーマンスと叩かれようと。
勝つことに意義があったのです。

んで、ちゃんと勝ったんだからすごい。

・・・・・・・・・・・・・・・・
ロシアの作戦は見事に成功し、ロシアは悲願の初優勝を飾ったわけですが、会場のユーロビジョン・ファンのブーイングは凄まじかったのなんのって。
会期中、毎日わたしの隣で観戦していた、イスラエルから来たユーロビジョンおたくのエラン君↓は・・・・

開票結果を真剣に凝視するエラン君
ロシアの優勝が確定するやいなや、

↑と、怒って帰ってしまった・・・・。
(半年後、彼はインターネット上で私を探しあてて「あの時はさっさと帰ってごめんね。ロシアが卑怯な勝ち方をしたことでカーッとなってしまって」と連絡してきた。ロシアの優勝がよっぽど不本意だったんやなあ…)。

ほかの観客も次々と席を立ち、表彰式ではもう席はガラガラ。
テレビ視聴者のウケはよくても、わざわざ外国から大会を見に来るほどのユーロビジョンファンにとっては「卑怯者!」「汚い手を使いやがって」な勝ち方だったというわけでしょうな。

おかまいなしに大はしゃぎのロシアチームと、プレゼンターを務めた前年勝者のマリヤ(当時23歳・女)。マリヤちゃんったら校長先生みたいだゾ~!
このとき、マイクを向けられたプルシェンコ王子は満面の笑みで言いました。
「私はスケートで数々の金メダルをとってきましたが、ここでも優勝を勝ち取れて、ロシアに優勝をもたらすことができて嬉しいです」
・・・・・・・・・

今すぐ戦争になってもおかしくないムードの会場。二万人の観客のうち、日本人はおそらく私一人だった。ちなみにこの大会のテレビ視聴者は10億人と言われております
・・・
テレビやDVDの映像では歓声に聞こえる客席の声が、現場ではそうとは限らない。
「負けろ」「失敗しろ」という負の念や、氷のような視線、同国人からの「何が何でも勝て」というプレッシャー。
それらが渦巻く中で選手たちが戦っているのが国際試合なんだということを、このとき体感で学んだ気がします。
試練はどの選手も平等だとはいえ、プルシェンコはロシアというでっかい国旗を背負ってそんな場所で勝ち続けてきたんですね。
・・・・・・・・・
王子の先日のショート・プログラムをいっしょにテレビ観戦した、私の師匠が言いました。
「彼は天才なんだろうね。天才だけど努力してる。だからすごいんですよ、彼は」
・・・・・・・
生後9ヶ月で走りまわり、4歳でスケートを始め、二ヵ月後にはもう試合に出されたというくらいだから、資質があったことは確かでしょう。
しかしもともとは体が弱く、わずか11歳で親元を離れ、孤独・貧困・劣悪な環境から這い上がってきた。
故障と手術を繰り返し、バンクーバーも注射で痛みを逃がしながらの参戦だった。
そう聞くと、「天性のスケーター、優雅な天才王子☆」なんてのどかに言ってられなくなるし、彼が勝利や採点方法にこだわるのは当然という気がするのです(「オリンピックの審査は四回転ジャンプに対する評価が低すぎる」という彼の主張は今に始まった話ではないようですし)。
今後も論争は続くんでしょうね。
・・・・・・・・・
まあ、展開がどうであろうと、バンクーバーの表彰式を見た娘がつぶやいた・・・・


↑これを聞いて、「ほんまやなあ~~~」と思ったのは確かです。
・・・・・・・・・・・
・・・・・
興味ある方はご覧になって。そのときのパフォーマンス。三分きっかり。
見どころは、
①1:52→じらしてじらして、やっとこさ登場するプルシェンコ王子の「出たっ!」感。
②2:21→くるっと王子がふりかえると、「バラ、バラ、バラ、白バラ、白バラ~~~っっ∞・・・画面に白バラがあふれる~っ」(娘の談)な感じ。
③ステージに向かって右方面の客席の暗闇の中に、わたくしがいる(はず)
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2010年2月21日
「次回は西荻について書きます」なんて予告しておきながら、先に書かずにいられなくなってオリンピックの話。
フィギュアスケートの高橋大輔選手の演技、ご覧になりましたか?
素晴らしかったですね~~~! 高橋さん、かっこよかった。そしてメダルが取れて本当によかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「金を取りに行く」と宣言した高橋さんが、金は取れなかった。
だからこういう時は、果たしておめでとうと言っていいものかどうか。もしかするとご本人は言われて心苦しかったりしないのか。無責任な立場の人間が、メダルメダルとはしゃぐのは無神経じゃないのか。 そんなふうに躊躇したんですが、銅メダル獲得後の高橋さんのコメント―――「満足ではないが、メダルが取れてすごく嬉しい」―――を聞いて、この簡潔な言葉に高橋さんのいまの気持ちがすべて正直に集約されていると感じたので、安心して大声で言いたいと思います。
高橋さん、銅メダル獲得、本当におめでとう!!
・・・・・・・・・・・・・・・・
19日。昼に速報で知り、夜にNHKで見て、夜中にビデオ録画をあらためて鑑賞。
で、ひとりさめざめ泣いたのです。
リスクの高い四回転ジャンプに挑戦したこと。ケガを克服しての参戦だったこと。四回転には失敗したけど、あとの滑りがそれをカバーするパワーと集中力にあふれていたこと。だからよけいに感慨深かったし、それがちゃんと評価されてよかったと胸をなでおろす気持ちです。
やっぱりなんだかんだいって、ケガを克服しての参戦だったことは大きい。昨年、高橋選手が故障してリハビリに取り組んでいた期間のドキュメンタリーをテレビで見ていたものだから、よけいに胸にせまるものがありました。
そのドキュメンタリーに映し出されていた高橋選手は、足にはサポーターがぐるぐる巻きで、マッサージ師の前で苦しそうに横たわり、リハビリ内容はあまりにも地味で地道で、もうぼろぼろに見えた。この人がもう一度リンクで飛ぶなんてあり得ないと思ったほどで、だからオリンピック本番での滑りは、まるで奇跡を見るような思いでした。
彼にとってそれがどんな日々だったか。
テレビで垣間見えるものなんてきっとほんの一部に違いないから、想像するしかないんだけど、それを想像する機会もまた、彼が得たメダル、そして高橋選手が与えてくれたもののような気がしています。
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新聞によると、昨季に右足に大ケガをおったさい、高橋選手は出口の見えないリハビリ生活から逃げ出して2週間ほど行方をくらましたことがあったそうな。
二週間。
私には、この二週間という数字が強烈に印象に残りました。
たとえばそれが三日間だったとしても、けっこう長い。
たとえ一日でも社会との関係性を断ったり離れるのは怖いのに(ましてや彼はマスコミから動向が注目され、スポンサーやコーチや応援団との関係も崩壊しかねないわけだから)、それが二週間とは。その時点で彼の中に、スケートと決別する覚悟があったことを示す数字のように思えます。
いっぽう、二週間はとても短いようにも感じる。
自問自答のすえ、「やっぱり自分にはスケートしかない」という答えに行き着いて、リハビリを再開した高橋選手。「故障したから仕方ない」「もう十分やってきた」「これが自分の運命だ」という考え方や、周囲の慰めと理解も得られたはずなのに、スケーターとして前へ進む覚悟を決めた。苦悩の中、ふたたび動き出すまでが二週間というのは、とってもスピーディーだったと言えるんじゃなかろうか。
いろんな事情があって、動き出せないことが人生にはいろいろある。休んだり、止まったり、考え込む期間も必要なんだと思う。
でもいつまでもそこにすがらず、とどまらず、きちんと動き出すことの大切さを、私は高橋選手の「二週間」という数字から教えられたような気がしています。

金=ライサチェク(アメリカ)、銀=プルシェンコ(ロシア)ともに、彼らの演技はやっぱり圧巻でしたね。
でも私は高橋選手の滑りについては、「彼らより劣ってるから銅」「4位以下の人が失敗してくれたから3位」というふうには、そういえば一ミリも感じなかったんだよなあ。もちろん競技だから点なんかどうでもいいと見てたわけじゃなかったんだけど、高橋が滑ってる間は、彼が舞うパフォーマンスそのものに純粋にひきつけられておりました。
高橋大輔だから得られた銅メダル、最っ高でした。
高橋選手に、あらためて。ありがとう―――っ! おめでとう!


・・・・・・・・・
ところで、この方↓
はいっ、今回は残念ながら銀だったけど、負けてなお王者の風格・ロシアのプルシェンコ王子でございます!
へへへ。わたしね、彼の滑りをナマで見たことがあるんですのよ~。
それについての詳細を、次回。
(ああ~~~西荻窪が先延ばしになってゆく・・・)。
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高橋選手のショート・プログラムで使われた『eye』という曲は、アコーディオン奏者として名高いcoba(コバ)さんの作曲。彼が自身のブログで高橋選手に向けて書いた文章、これがグッと来ましてねえ(特に、「本番を前にした彼に、楽しんで、などというつもりはない」というくだり)。ぜひご覧になってみてね。さっそく、昔買ったcobaさんのCD(写真。↑eyeは入ってないけど)を出してきて聴いてしまった。
http://coba.eplus2.jp/article/140707941.html
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15歳の高木美帆選手。うちの娘が13歳ってことは、娘が保育園のリス組だったときにゾウ組だったってことか~ひょえ~!と、庶民的なしょぼいスケールのモノサシですごさを実感。35位とはいえ、世界で35番目ですからな。応援するぞ!
金に輝いたアメリカのライサチェク選手のことを、娘は「CGで作ったみたいな顔だね」と言い、大阪の姉は「映画アバターに出てきそうやな」・・・も、もちろん男前ってことですとも
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