2010年1月13日
ほほほほほほ~
今年もできあがりましたの、東京キムチ。
だから今うちの玄関をあけると・・・・
さながら「大阪JR環状線の鶴橋駅で電車の扉がひらいた瞬間」
・・・・・そんなソウルフルな芳香が満ち溢れてますの。
手作り、自家製なんですよ。これがもう、激ウマでして。

げそ、あみ、松の実、昆布、いろいろいろいろ入ってるの~♪
といっても私はあくまでも名人にちゃっかり便乗するだけで、漬け込みの準備がおおかた整えられたところへ出向いてちょろちょろっと手伝いもどきするだけなんですが(しかも今年は都合があわず結局完成品をいただいてしまった。カメだけ預けて)。
われらがキムチ隊長は、写真家で、ギャラリー・オーナーの柏原誠さん。ひょんなことからご縁をいただいて約6年、私の著書[買ってよかったモノがたり]の表紙カバー写真(きもの姿+家族の写真)も撮っていただきました。


隊長はもう20年以上も前から、ああでもない、こうでもないと、奥様とともに試行錯誤を重ねてこられたらしい。冬がめぐり来るたびに。
塩かげん 気温 白菜の塩の抜き具合 どの店で唐辛子を買うべきか 昆布の産地
何を足す、何を引く・・・・・どう寝かす・・・エトセトラ、エトセトラ
どうやらキムチ作りって、一筋縄じゃいかないようです。
つまり我々は、柏原家のキムチ作りが数十年を経て「まあまあいい感じになってきたかな」となってからの便乗組。一昨年から、まぜてもらってるのです。

東京タワーや六本木ヒルズをのぞむ柏原亭屋上で、うまみを増す増す、東京キムチ。なお、キムチ作りとはたいへん「寒い」ってことも学習しました
写真家をはじめとするアーティスト、ことに男性はうまいものを探求するエネルギーと手を惜しまない方が多いと思うんですが、いかがでしょう。
なぜだろう。
共通項はなんだろう。
モノ作りにこだわる人は、なんにでもこだわるものなのか?
でもある日、キムチとはぜんぜん関係ない話をしていたときに隊長の口から出たひとこと、そこにすべてが集約されてるような気がしたのでした。
[感動でしょう、なによりも大切なことは]
ああ、これがすべてのおおもとなんだと思ったのです。
写真をとるのも、うまいキムチを追求するのも。
うーん、やばい。すでにまっ白髪のおっちゃんに、負けてたらあかんわと思ったのでした。
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でもね、キムチに関してはさっさと降参しておくのです。はっきりいって隊長のキムチにかける情熱は真似できない。てゆーか、真似しようとは思わない。
だって我々は、もはや安泰なんだから。このキムチが食べられるポジションを手に入れたのだから。
それをたぐり寄せ、つかんだのは自分。私の手柄。
というわけで隊長、どうか長生きしてください。
めぐり来る冬のキムチのために。私のために。
![P1000918 柏原氏は70~80年代を中心に広告写真、ことに車の写真で一時代を築いた大御所。なんと私が高校生だった頃、雑誌から切り抜いて部屋の壁にはっていた日産スカイラインの写真も氏の作品だった(テールランプの光が流れて線を描いたような、ほかの車広告と一線を画した斬新さにしびれた)。数十年後に撮ったご本人に出会えるとは。上は[買ってよかった]カバー写真を撮影中の様子。まんまと巻き込まれてくれた。しめしめ。](http://mori-yuko.namaste.jp/blog/wp-content/upload/2010/01/P10009182-300x199.jpg)
柏原氏は70~80年代を中心に広告写真、ことに車の写真で一時代を築いた大御所。なんと私が高校生だった頃に壁にはってた日産スカイラインの写真も氏の作品だった(テールランプの光が流れて線を描いたような斬新さにしびれた)。数十年後にご本人に出会えるとは。上はカバー撮影中の柏原氏。まんまと巻き込まれてくれた。しめしめ。

「今年のもうまかったですね~」と告げたら柏原氏、「いや、甘みが足りない。漬け汁に砂糖水加えてみてよ。分量は・・・」とレクチャー開始。あかん。やっぱり負けてる。
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